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「聖断」虚構と昭和天皇

纐纈厚著「『聖断』虚構と昭和天皇」(新日本出版社、2006年12月)
を読みました。

この書は、重臣たちによる東条内閣打倒工作に始まり終戦の「聖断」
に到るまでの、主戦派の軍部と、和平派の重臣・宮中グループとの、
戦争継続をめぐってのせめぎあいの過程を詳しく描いています。

そして、当初東条英機を信頼して軍部派に軸足を置いていた昭和天皇
が、戦況の悪化とともにしだいに和平派の方に軸足を移し、重臣・宮
中グループのシナリオに従って「聖断」を下すに到ったことを明らか
にしています。

その間終始、昭和天皇の頭の中にあったのは、国民を救うことではな
く、国体の維持=皇室の存続であって、それが「聖断」を下すのをた
めらわせたのでした。

これらの史実は、すでに多くの書物に書かれており、とくに真新しい
事実はありませんが、この「聖断」が戦後「聖断神話」となって、
「平和天皇」のイメージを増幅させ、昭和天皇の戦争責任を回避させ
るとともに、今日におけるナショナリズム昂揚の因ともなっている、
と著者は分析しています。

最終章の「おわりに」の一節を引用します。
-------------------------------------------------------------
 その後、私はこの「聖断」に至る昭和天皇周辺の動向を追究すると
同時に、戦後日本社会における「聖断神話」や「聖断礼賛論」が昭和
天皇と日本人の戦争責任の棚上げに極めて大きな役割を担っているこ
と、しかもそれが今日におけるナショナリズムの昂揚と軌を一つにし
ながら、再生産される潮流が創り出されていること、などを自覚する
ようになった。

ここで言うナショナリズムの昂揚とは、敗戦体験のなかで国際社会
に向かって開かれた市民社会の形成により、自らが主体的な価値判断
を大切にし、相互に尊重しながら共生への道を切り開こうとする精神
や意識が後退し、他者や他民族あるいは諸国民との過剰な競争主義の
なかで、差別意識や拝外意識を露わにしていくことを意味する。

今日、日本の社会は、アジア諸国の発展と民主化の進展のなかで、
それへの対応が後手に回り、あわせて経済格差ゆえに存在した優越主
義が清算を迫られることも手伝って、ある種の閉塞感が漂っている。
それはある種の孤立感や焦燥感とでも言いうる。そのような時に、日
本国民は、自らの伝統や歴史に自らのアイデンティティー(帰属意識)
を必要以上に求め、失われつつある自信の取り戻しに奔走する。

そのような時代背景のなかで、日本人としての「誇り」の証明とし
て再び天皇及び天皇制への憧憬の念が深まりつつある現状にある。そ
れが、繰り返しになるが、「聖断神話」や「聖断礼賛論」の再登場と
いう問題である。
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プロフィール

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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