スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

番組改編訴訟の判決に関する各紙社説(続)

NHK番組改編訴訟の判決について各紙社説について、いろいろなご
意見をいただき、ありがとうございました。昨日に引き続き、今朝の
その他の新聞でも社説で採りあげていますので、ご紹介します。

昨日の各紙と併せて読んでみますと、総じて全国紙は“期待権”によ
る取材・編集の制約への懸念に力点を置いているのに対し、地方紙は
報道への政治介入の問題を中心に論じているように思われます。

NHK 取材制約招く判決を導いた」(毎日)
NHK判決の『期待権』に懸念」(日経)
NHK訴訟判決 『期待権』判断はおかしい」(産経)
この判決には両刃がある NHK番組改編」(西日本)
報道・編集の自律堅持せよ」(沖縄タイムス)
スポンサーサイト

元日本兵の日章旗、62年ぶりに故郷に

F048


昨年2月、「戦争遺留品(フィリピン・パナイ島)」で、戦争遺留品である日章
旗の持ち主探しのご協力をお願いしましたが、このほどやっと大分県のご遺族
にお返しすることができました。

これはアメリカ・カリフォルニア州の バーバラ・ドレスラーさんか
ら遺族探しを依頼されていたものです。バーバラさんの父フランク・
ドレスラーさんが戦争中フィリピンのパナイ島で入手されましたが、
ぜひご遺族にお返ししたいと願っておられました。

旗には元の持ち主を想定できるものとしては、「徳本君」という姓だ
けしか書かれていず、はたして特定できるか問題でしたが、厚生労働
省に調査を依頼したところ、戦死の場所と、寄せ書きに書かれていた
弟さんのフルネームが決め手になって、ご遺族の所在が判明したとい
う、きわめてラッキーなケースです。

兵士の名は徳本義男様ですが、ご子息はじめご兄妹の皆さんはたいへ
ん感激され、6月15日の命日には皆さん集まって「お帰り会」を開か
れるとのことです。

一方バーバラさんも、もう30年も前に日本の高知県でホームステイを
された経験があるという親日家で、まだご健在のご両親ともども、長
年の宿願がかなって、たいへん喜んでおられます。

そして日米の両家族の間で、電話やメールによる交流が始まっている
のも、たいへん嬉しいことです。


旧連合国には、まだまだこういう戦争遺留品を返還したいと思ってい
る人たちが多いと思います。お知り合いがおられましたら、ぜひ次の
サイトをご紹介ください。

Let War Memorabilia Come Home

蓋山西とその姉妹たち

今日のインターネット新聞“JANJAN”は、近く公開される映画
「蓋山西とその姉妹たち」を紹介しています。この映画は、日中戦争
時、日本軍に性的暴力を受けた、蓋山西(ガイサンシー:中国山西省
で“一番の美人”の意味)と呼ばれた女性をを主人公として、日本で
制作されたものです。

日中の歴史認識ギャップ映す~映画『蓋山西とその姉妹たち』」

この物語は本にもなっています。

班忠義著「ガイサンシーとその姉妹たち」(梨の木舎)

映画の監督でもある著者のあとがきより:

全文を表示 »

番組改編訴訟の判決に関する各紙社説

先にお伝えしました NHK番組改編訴訟の判決についての、今朝の
各紙の社説をご紹介します。

NHK 裁かれた政治への弱さ」(朝日)
< 取材される側が報道に抱く期待権と編集の自由との関係について
判決が指摘したことにも注目したい。判決は編集の自由の大切さを指
摘したうえで、政治家の意図をおしはかった今回のケースは「編集権
を自ら放棄したものに等しい」と述べ、期待権の侵害を認めた。
 編集の自由や報道の自由は民主主義社会の基本だ。取材される側の
期待権の拡大解釈を避けるためにも、メディア側の権力からの自立が
求められる。>

「[NHK番組訴訟]報道現場への影響が懸念される」(読売)
< メディアが委縮してしまわないか心配だ。東京地裁に続いて東京
高裁が示した報道への「期待権」という新しい考え方に、戸惑わざる
を得ない。>

< この訴訟では、もう一つの焦点があった。番組制作に政治家の
“圧力”があったのかどうかだ。朝日新聞が繰り返し介入を報じ、
NHKが否定したことで、大きな論争に発展していた。
 これについて、今回の判決は「政治家らが具体的な話や示唆をした
とは認められない」との見方を明確に示した。>

番組改変 NHKは政治と距離を」(東京)
< NHKと政治家の日常の関係に照らせば、政治家の発言はもっと
具体的で事実上の介入だっただろうことは容易に推察できる。だが、
判決通りだとしてもNHK側が無視できなかった事実は重い。政治の
側も報道機関との距離を保つべきことを物語っている。
 NHK側も政治家も、昨年春に制定した新放送ガイドラインの「放
送の自主自律の堅持が信頼の生命線」という条項を肝に銘じるべきだ。


NHK判決*指弾された番組の改編」(北海道)
< NHKは、報道の自由を守る立場にある。そもそも番組内容を事
前に政治家に説明するような行為は、放送に携わる者が行うべきでは
ないだろう。
 不祥事が続き、国民がNHKに向ける目はただでさえ厳しい。信頼
を失う前に襟を正して出直す必要がある。>

NHK番組改編訴訟の判決

従軍慰安婦問題をテーマとしたNHKの改変問題について、取材を受
けた市民団体がNHKなどに総額400万円の賠償を求めた訴訟を起こ
していましたが、その控訴審判決が昨日東京高裁であり、NHKに
200万円の支払いが命じられました。

番組改編訴訟、NHKの賠償責任も認める…東京高裁」(読売、30
日)

当事者であるNHKのニュースです。

NHKに賠償を命じる判決

これについて、今朝の朝日新聞は詳しく解説しています。

「『政治への自己規制』認定 NHK番組改変訴訟
< 「NHKが否定してきたにもかかわらず、政治家に弱いと認定さ
れたのは、相当厳しい」
あるNHK幹部は、判決を深刻に受け止める。
「視聴者からの信頼を損ないかねない」>

< ある報道局プロデューサーは「訴訟になった番組は、他の番組と
比べて政治家とのかかわりが極めて突出したケースだった」と、敗訴
を当然と受け止めた。「当時、局内に閉塞(へいそく)感があったの
は確かで、(国会担当幹部の)関与はあってもおかしくないと思って
いた」>

NHK番組改変訴訟 判決理由の要旨

門ごとに日章旗の翻るのが美しい日本?

昨1月27日は国旗制定の日だったそうです。今朝の産経新聞の主張
(社説)は、「いまや日本人の多くが忘れてしまっている日」と言っ
ていますが、戦前生まれの皆さんはご存じだったでしょうか?

国旗掲揚 軽視する風潮に終止符を
< ところが戦後、いつしか元日はじめ国民の祝日にも国旗を掲揚し
ない家庭が増えていった。家々から日の丸は消え、平成11年8月1
3日、国旗国歌法が制定、施行された以降も、その状況にあまり変わ
りがないようにみえる。>

< 門ごとに日章旗の翻る光景が日常化していけば、それこそ美しい
日本の光景となるであろうし、国旗を軽んじてきた風潮にもいつしか
終止符が打たれよう。>

戦前、戦中は、そういう「美しい日本の光景」が見られました。国旗
を掲げていないと、“非国民”といわれた時代でした。

しかし各戸がすべて国旗を掲げている国が、世界にあるでしょうか?
あるとすれば、その国は全体主義の国でしょう。

9:11の直後、アメリカでは星条旗が町にあふれました。その熱気が
イラク戦争に結びつきましたが、その結果は今どうなったでしょう?

産経新聞の論説委員の皆さんは、元日に自宅に日の丸を掲げたのでし
ょうか?

新規リンクのお知らせ

「戦争を語り継ごう -リンク集-」に新しく次の2サイトを追加し
ましたので、ご覧ください。

伝えたい 60年前の戦争
北陸中日新聞富山支局の、05年8月の連載記事 

従軍看護婦
ビルマにおける元従軍看護婦の体験記

戦艦大和元乗組員へのインタビュー記事

毎日新聞大阪本社版の夕刊に、昨年11月20日から12月16日まで、戦艦大和の元
乗組員と遺族にインタビューした記事が連載されました。この記事は下記サイト
で読むことができます。

戦艦大和--生還者たちの平和希求

ただここには、問題の「手首斬り」(第14回)の部分が抜けています。それは
下記で読むことができます。

戦艦大和・生還者たちの平和希求/14 読み継がれる名著

この記事を取材した記者の感想です。

◇美談より悲惨さ、伝えたい--残された時間は少ない

この「戦艦大和・生還者たちの平和希求」は、「戦争を語り継ごう 
-リンク集-」にも掲載したいと思います。

愛国心「ある」が78% 朝日世論調査

今朝の朝日新聞は、先月実施した“愛国心”に関する世論調査の結果
を発表しています。

愛国心『ある』が78% 本社世論調査
< 国民の8割が自分に愛国心が「ある」と思い、そのうち9割は先
の戦争で日本がアジア諸国におこなった侵略や植民地支配を「反省す
る必要がある」と考えていることが、朝日新聞社の世論調査(面接)
で分かった。歴史問題をめぐり、中国、韓国と日本の摩擦が取りざた
されるが、日本人の多くは、愛国心をもちつつ、日本の過去の歴史も
冷静に見つめているといえそうだ。>

日本が過去に起こした戦争は正しかったとして、アジアへの戦争責任
を否定する見方が、一部のマスメディアやインターネットなどにあり
ますが、この世論調査の結果は、過去の戦争への反省を、「あまり必
要ない」9%、「全く必要ない」2%となっており、そういう見方はご
く少数であることが分かります。

戦争遺留品の返還

ちょうど1年前、「旧日本兵の手紙、61年ぶりに配達へ」でお話しま
したフィリピン在住の米人、ピーター・パーソンズ氏が保管していま
す戦争遺留品のうち、「検便証明書」の名義人・野崎守三氏のご遺族
の所在が厚生労働省の調査により判明し、このほど福井県在住の兄上
に返還されました。

兄上はもう90歳を超えておられるそうですが、たいへんお元気なご様
子で、丁重な礼状を頂戴しました。それによりますと、守三様は戦争
初期からフィリピンに出動され、その後レイテ島に転進、そこで戦死
されたとのことです。

一片の「検便証明書」ということで、はたして喜んでいただけるか案
じていましたが、血の通った遺品などは何もなかったので、「早速仏
前に供え、在りし日を偲び、感激を新たにいたしました」とのことで
安堵しました。

遺留品をまた一つ返還できたパーソンズ氏もまた、「半世紀以上も経
っているのに、ちょっとした奇蹟のようだ」と感激してくれました。

彼が保管しています遺留品はまだ数点残っています。次のサイトの
「手帳・日記・手紙」のページにT009として掲載していますので、
ご協力をお願いします。

旧日本軍人の遺留品

戦時標語

戦争中は、国民を戦争に駆り立てるため、数多くの標語が作られまし
た。中でも、「欲しがりません勝つまでは」というのは、当時の子供
たちがもっとも身に沁みて感じた標語です。今思うと切ないですね。

その他、子供心に覚えている戦時標語を列挙します。

「撃ちてし止まむ」
「鬼畜米英」
「一億一心」
「進め一億火の玉だ」
「贅沢は敵だ」
「生めよ殖やせよ」
「一億玉砕」
「神州不滅」

MLでは、当時国営であった日本製鉄(現新日鉄)の給料袋にも標語
が印刷されていたとの報告がありました。ネットで検索してみますと、
次のような例もありました。

おもちゃの紙風船や、教科書のブックカバーに書かれた標語
http://www13.ocn.ne.jp/~seiroku/kodomo.html

駅弁の包み紙に書かれた標語
http://ekibento.jp/nos-okazaki1.htm

婦人雑誌に掲載された「米鬼絶滅を期する一億の合言葉」
http://tadanorih.hp.infoseek.co.jp/tondemo/tondemo01.htm

遊就館の展示修正に関する二人の意見

先にご報告しましたように、靖国神社の遊就館では展示の説明の一部
を今月から修正しましたが、今朝の毎日新聞は、この修正についての、
二人の意見を紹介しています。

●書き換えを監修した軍事史家・元防衛研究所・主任研究官、永江太郎氏
< 変更の特色は、米議会の「真珠湾査問委員会聴聞記録」、中国
軍事科学院軍事史研究部の「中国抗日戦争史」、防衛研修所戦史室
の「戦史叢書」など公的史料を展示した点だ。日米開戦を米国が望
んでいたことは米側の史料で説明した。根拠史料を示して正確を期
したが、内容をソフトにしようとか、迎合しようということは一切
ない。ただし、誤解を与える部分は謙虚に改めた。>

●問題は解消していないと主張する昭和史専門の作家、保阪正康氏
< 展示の論旨は、昭和17年に陸軍が作成した「皇軍史」と似て
いる。日本の謀略は書かれておらず、日本は東亜の新秩序のために
やったが、中国は理解していないという内容だ。この史実では、米
中英などと付き合うことはできないのではないか。遊就館を訪れる
者は心構えを持つべきだ。歴史を知らない人が読んだら、「日本は
悪くない。我々は立ち上がらないといけない」と思ってしまう。>

闘論:靖国・遊就館の展示 永江太郎氏/保阪正康氏

修正の内容を説明する記事です。
靖国神社:遊就館が記述変更 『自衛戦争』の史観は変えず

翼賛級長選挙

戦前・戦中の小学校・国民学校では、級長、副級長という制度があり
ました。戦後もかなり続いていましたが、今では一般には学級委員と
なっていると思います。

さてその選び方ですが、私の記憶では、1、2年生は担任の先生が任命
しましたが、3年生からは民主的な選挙だったと思います。当時の大
人の選挙は、まだ女性の参政権が認められていませんでしたが、子供
の世界では男女同権でした。

その大人の選挙ですが、太平洋戦争下で唯一行われた国政選挙である
昭和17年(1942年)4月30日の衆議院議員総選挙は、挙国一致の名目
の下、各政党が解散して大同団結した「大政翼賛会」が推薦する候補
が有利になるようにした、後世に悪名高いいわゆる「翼賛選挙」でし
た。

驚いたことに、当時この翼賛選挙を真似して級長選挙を行った国民学
校があったのですね。下記サイトで、それを報じる「写真週報」昭和
17年5月6日号
が紹介されています。

<奈良市立済美国民学校では時局に応じて一歩を進め、翼賛級長選挙
を行つて大きな効果を上げてゐます。この選挙では先生が推薦候補者
5名を出して学童に投票をそれぞれ級長、副級長に当選させるという
仕組みで朗らかな学園新体制を確立してゐます。>

この写真を見ますと、児童たちはこざっぱりした服装をしており、女
の子は皆スカートをはいています。まだ太平洋戦争が始まって半年ほ
ど、銃後の生活にもまだ余裕があったことがうかがえます。

皆さんの場合は、級長選挙はどのように行われたのでしょうか?

横浜事件訴訟の再審判決に関する各紙社説

戦時下最大の言論弾圧事件とされる横浜事件の再審控訴審で、昨日
東京高裁は「無罪」ではなく、一審どおりの「免訴」の判決を下しま
した。これについての、今朝の各紙の社説をご紹介します。

「[横浜事件再審]法律や判例を重視した判決だ」(読売)
< ただ、治安維持法は戦後廃止され、元被告らには大赦があった。
法律ではそうした場合、免訴を言い渡さなければならない。1審の横
浜地裁も、その決まりを曲げる訳にはいかなかった。>

横浜事件 元被告の無念胸に刻み」(東京)
< 教育現場で日の丸・君が代に対する敬意を強制され、教育基本法
改正で愛国心養成が導入されようとしている。国民の内心に対する公
権力の介入が強まりそうなだけに、人権を守る最後の砦としての役割
はますます重要だ。
 法の運用、執行を担う人たち、とりわけ最終関門である司法の関係
者は、冤罪の被害者の無念を胸に刻み込んでほしい。>

横浜事件控訴棄却 司法の過去を忘れるな}(中国)
< 現在の日本には、言論規制を強めようとの動きが、陰に陽にうか
がえる。〇四年には、元都立高校教諭が卒業式に招かれ、君が代斉唱
の時に、保護者に席から立たないよう訴え、退場を求められて怒鳴っ
たとして威力業務妨害罪で起訴された。イラク派遣への反対ビラを自
衛隊官舎に配った市民団体員が住居侵入罪に問われた。思想的な面へ
の警察力行使が目につく。犯罪を実行しなくても相談しただけで罪に
問われる「共謀罪」も国会成立へ動いている。
 「今も日本は古い時代のしっぽを引きずっている。いつまでも真相を
はっきりさせないのは許せない」と横浜事件の元被告の妻が語っている。
この言葉の重みをじっくりかみしめたい。>

開けた『扉』をなぜ閉じる 横浜事件」(西日本)
< 再審制度には、冤罪(えんざい)による人権侵害を司法が自ら防
ぐ堤防としての役割があるはずだ。しかし横浜地裁と東京高裁は、市
民感覚では形式的とも感じられる法解釈を示しただけで、いったん開
けた再審の扉を自ら再び閉じた。
 裁判員制度の実施が近づくなど司法制度改革の大切な時期にあって、
横浜事件の再審をめぐる司法の「180度のぶれ」は、市民と司法の
距離を引き離す結果にしかなるまい。>

アジア歴史資料センター

ご存知の方もおられと思いますが、国立公文書館の中に「アジア歴史
資料センター(アジ歴)」という組織があります。以下は、その公式サ
イトに書かれている説明です。

< アジア歴史資料センター(アジ歴)は、近現代の日本とアジア近
隣諸国などとの関係について、当時の内閣、外務省、陸軍、海軍の公
文書等の原本画像を世界でも類を見ない規模でデータベース化し、こ
のサイトで公開することで歴史事実を共有しようとするデジタルアー
カイブです。>

アジア歴史資料センター(アジ歴)」

「戦争を語り継ごう」に役立つ資料も数多く含まれていると思います
が、以下はその一例です。皆さんももし参考になる資料を検出されま
したら、お教えください。

南京虐殺:ニューヨーク、タイムス『日本軍の蛮行』を誣ふ

日米交渉::●『帝国政府ノ対米通牒覚書』(いわゆる『最後通牒』)
関連資料


lなおこれらの資料は次世代型画像フォーマットであるDjVu形式でデー
タベース化されているため、閲覧するためには、予めDjVu形式ファイ
ルを見ることができるDjVuビューアー(プラグイン)をダウンロード
しておく必要があります。 DjVuビューアーは無料で、下記URLから
ダウンロードできます。

http://www.celartem.com/download/djvu.asp

731部隊に関する機密文書を米が公開

今日の産経新聞電子版は、旧日本軍が当時の満州(現中国東北部)で
行った細菌戦研究などに関する米情報機関の対日機密文書10万ページ
分を、米国立公文書館が公開したと報じています。

< 文書目録によれば、石井四郎軍医中将を含む731部隊(関東軍防
疫給水部)関係者の個別尋問記録が、今回の公開分に含まれている。
また、細菌戦研究の成果を米軍に引き渡したとされる石井中将が、米
側に提出する文書を1947年(昭和22年)6月ごろ執筆していたことを
裏付ける最高機密文書も今回明らかになった。>

< 石井中将は自らと部下の保身と引き換えに、細菌戦研究の成果を
米側に引き渡したとされてきたが、47年6月20日付の米軍最高機密文
書は、こうした説に沿う内容を含んでいる。>

旧日本軍『細菌戦研究』 米が機密文書公開

古い兵隊さん・多田清さんのご逝去を悼む

「戦争を語り継ごうML」の最高齢メンバーである多田清さんが、一
昨15日老衰のため逝去されました。享年93歳でした。

このMLの発足直後、ご参加をお願いしましたところ、即座に「お役
に立ちたい」と参加していただいたのが多田さんでした。それ以来4
年余、昭和8年以降12年間の軍隊生活のお話をMLに時おりご投稿い
ただき、また東京オフ会にはご不自由なお体を押して、昨年を除き毎
回かならずお顔を出していただきました。

しばらくメールをいただけませんでしたので、心配していましたが、
年明けの1月2日に年賀のメールをいただき、昨年重病を患われたも
のの、お元気になられたとのことで、安心していたところでした。

「戦争を語り継ごう」に寄せられました、多田さんのご熱意を体し、
私たちもさらにいっそうこの活動に注力していきたいと思います。
          
下記サイトで多田さんが戦争体験を語っておられますので、ぜひお聴
きください。

戦場からの生き残り証言ビデオ (世論力テレビ)」

恐ろしいのは過去を美化し賛美すること

いつもご紹介しています、海軍兵学校出身の元特攻隊員で、現在キリ
スト教牧師の宗像基氏が、教会の機関紙「バベル」の1月号に、「大
切な事は、過去の歴史をどのように解釈し、総括するかということだ。
日本の政治家たちのしている事は、まず、忘却である。・・・しかし、
忘却はまだよい。恐ろしいのは過去を美化し賛美する事だ」として、
自身の海軍時代を振り返り、次のように書いています。

<私はその回天発射訓練の目標艦の艦長をしたことがあるが、その時
の光景を今も忘れない。潜望鏡を立てて、波を切って走ってくる回天
に絶望を感じたのだ。これではその本体である九三魚雷、自分の使っ
ていた九二魚雷とは違って、航跡の出ない隠密性の高いあの魚雷の特
性は丸つぶれだ、どうしてこんなことを!しかも当たっても当たらな
くても、絶対に助からないという、こんなものは「兵器」ではないと、
空しく見つめていた事を思い出す。このようなことを命じ、若者を死
に追いやるこの軍部の構造とは何なのだ?と。

こうした過去を、あの若者たちを評価するのに便乗して賛美し、正当化
してはならないのだ。確かにあの若者たちは純粋であったし、無欲であ
った、しかし私も含めて、無知であったことも批判せねばならない。>

背中から入ってゆこう

朝鮮半島に有事は起こるか?

昨日あるテレビのニュースで、朝鮮半島有事の際は、韓国にいる民間
のアメリカ人を日本に待避させられるよう、アメリカが日本政府に要
求する、と報道されたそうです。それを見た人から、はたして朝鮮半
島に有事は起こるのかという質問がありました。

朝鮮半島に有事が起こるとすれば、アメリカが北朝鮮に対しイラクの
ように先制攻撃する場合でしょうが、中間選挙での敗北もあり、ブッ
シュ政権がそういう強硬戦略をとる可能性はまったく消えてしまいま
した。

北朝鮮の脅威をことさらに強調する一部の勢力がありますが、それは
日本の軍事力強化、ひいては核武装を実現せんがためではないでしょ
うか?

これに関して、アメリカの事情に詳しいフリージャーナリストの中岡
望氏の分析をご紹介しましょう。

<もうひとつは、アメリカの北朝鮮に対する認識です。バーンズ国務
次官補が「北朝鮮は直接的な軍事的脅威になっていない」と発言して
いるように、アメリカ政府の北朝鮮に対する姿勢は、イラクやイラン
に対するものとは明らかに異なります。アメリカ政府は「北朝鮮の体
制変換を求めない」と繰り返し発言しています。ですから、イラク問
題と北朝鮮問題の枠組みにはかなりの違いがあるわけです。こうした
点を意識しながら、今後の対応を見極める必要があります。>

<現在、アメリカが真に恐れているのは北朝鮮の核兵器の直接的な軍
事的脅威ではなく、北朝鮮からの核流出によって国際的な“核独占体
制”が崩れることです。また、北朝鮮も核を外交的な切り札として利
用しようとしています。朝鮮半島の非核化、北朝鮮の核開発中止は最
大の優先課題ですが、軍事的脅威を必要以上に強調すべきではないと
思います。>

<アメリカの外交官と話をしたとき、「6カ国協議の場で日本の影響
力はまったくない」と語っていました。安倍政権は拉致問題を最優先
に掲げています。安部政権の誕生の経緯から考えれば仕方のないこと
かもしれません。しかし、そのことによって「圧力と対話」のうち、
「対話」のチャネルを失ってしまったことは間違いありません。交渉
しようにも窓口がないのです。>

<また、日本の対北朝鮮政策の問題は、北朝鮮の脅威ばかりを強調し、
その脅威にどの程度の「蓋然性(プロバビリティ)」があるかを冷静
に分析していないような気がします。脅威論を過剰に煽るのは、メデ
ィアにも問題があります。北朝鮮の国内情勢をもっと戦略的に分析す
ることが必要でしょう。情報の大部分を脱北者の証言に頼っているよ
うでは、正確な分析と政策を打ち出すのは困難でしょう。>

北朝鮮問題を問う:一橋大学学生新聞『一橋新聞』のインタビュー

世界の情勢を冷静に分析せず、マスコミにも煽られて、情緒的なムー
ドに流された結果、亡国への道を突き進んだかつての轍を踏んではな
りません。


新規リンクのお知らせ

引き続き、「戦争を語り継ごう -リンク集-」に新しく次の2サイ
トを追加しましたので、ご覧ください。

戦争体験記・平和への思いの作文寄稿集
東京都羽村市が戦後60周年にあたり募集した市民の戦争体験記

市民が語る戦争体験記集
神奈川県綾瀬市が戦後60周年にあたり発刊した市民の戦争体験記

なお、「戦争を語り継ごう -リンク集-」に掲載すべきサイトがあ
りましたら、お知らせください。ただし、体験記や一次的な資料でな
く、単なる評論や解説だけのものは除かせていただきます。

新規リンクのお知らせ

昨日に引き続き、「戦争を語り継ごう -リンク集-」に新しく次の
2サイトを追加しましたので、ご覧ください。

林田国民学校 ―ある校長の戦中戦後
戦時中のある国民学校の校長に焦点を当て、当時の国民学校の教育
を紹介する。神戸新聞の06年8月の連載記事

インターネット戦争資料展
愛知県と名古屋市が共同で設置した「戦争に関する資料館調査会」
が収集した戦争資料を公開

新規リンクのお知らせ

「戦争を語り継ごう -リンク集-」に新しく次の2サイトを追加し
ましたので、ご覧ください。

南京戦に参加した父
父から聞いた日中戦争の体験。南京で三日三晩中国人を虐殺したこ
となど

写真で見た戦中の県民生活(岡山県)」
15年戦争中の岡山県民の生活を写真で見る。岡山県のサイトより

防衛省昇格についての韓国紙社説

防衛省昇格については、賛否いろいろな論議がされていますが、今朝
の韓国・中央日報はその社説で次のように書いて、日本の軍事大国化
に懸念を表明しています。

<経済力にふさわしい軍事強国にならなければならないという日本保
守右翼の念願のうちの1つが実現したのだ。過去、周辺国侵略に対し
て反省をしていない日本が、軍事大国化の動きを本格化しており、非
常に懸念される。>

<韓国としては本当に注視しなければならない大きな課題だ。特に日
本の軍事力膨脹で不幸な歴史を経験したという点からなおそうである。
しかし我々の対応を見れば情けないといわざるを得ない。日本は軍事
大国化を緻密な計画を持って執拗に推進してきた。日本は中国を牽制
しようとする米国の意図を把握して米国との同盟強化に尽くした。>

日本の防衛省昇格に対する対策あるのか

陸軍大臣の謝罪

< 「いまだかつてない劇的シーン」と新聞は伝えた。昭和二十年夏
の敗戦から三カ月後の衆院本会議での光景だ▼満州事変以来陸軍が暴
走した責任を追及する声に、陸軍大臣の下村定(さだむ)氏は「陸軍
を代表し全国民に衷心(ちゅうしん)よりお詫(わ)び申し上げます」
と答えた。そして「国を思い身を投げ出した英霊にはなにとぞ同情を
賜らんことを」。真摯(しんし)な謝罪と戦没者への思いに議場は粛
然となり、すすり泣きがもれたという。>

と、今朝の中日新聞のコラム「中日春秋」は書き出しています。

そして次のように結んでいます。

<▼首相は式典で「戦後レジーム(体制)からの脱却」を語った。脱
却すべきものはあるかもしれないが、陸軍大臣の謝罪が示すように、
忘却してはいけない戦争の記憶と教訓はあまたある。>

全文は下記でお読みください。
http://www.chunichi.co.jp/chn/index.shtml

また社説でも、防衛省発足の記念式典における安倍首相の「『美しい
国、日本』をつくっていくためには、『戦後体制は普遍不易』とのド
グマ(固定観念)から決別し、二十一世紀にふさわしい日本の姿、新
たな理想を追求し、形にしていくことこそが求められている」との訓
示は、久間防衛相の「防衛政策の基本などは省移行後も変えてはなら
ない」という訓示とは対照的で、首相の前のめりの姿勢が気になると
書いています。

前のめりが気になる

議会における下村陸相の謝罪の答弁については、下記をぜひお読みく
ださい。

最後の陸軍大臣 下村定の国会答弁

旧満州・中国人捕虜強制労働、関東軍が賃金不払い明文化

日中戦争で旧日本軍(関東軍)が捕虜になった中国人兵士らを旧満
州国に連行し、建設現場で「特種工人」として働かせましたが、その
賃金を本人に支払わないことを明文化した極秘の取扱規定がこのほど
見つかったと、昨日の朝日新聞が伝えています。

< 日本が1911年に批准した「ハーグ陸戦条約」は、捕虜を使役
した場合は自国の陸軍軍人と同じ基準で賃金を支払うことなどを義務
付けるとともに、捕虜の賃金から必要経費は控除できるとしている。
関東軍の取扱規程は、「特種工人」が諸外国から国際法上の捕虜と認
定された場合でも、同条約を順守していると主張できる形を取りつつ、
現場で強制労働を可能にする狙いがあったと見られる。>

旧満州・中国人捕虜強制労働、関東軍が賃金不払い明文化

十七歳の硫黄島

秋草鶴次著「十七歳の硫黄島」(文春新書、06年12月)という本を読
みました。

著者の秋草氏は、1927年生まれ、15歳で志願して海兵団に入団し、そ
の後通信兵としての教育を受けた後、1944年、17歳で硫黄島に赴任し
ます。この本は、その6か月後の米軍上陸から、負傷して米軍の捕虜
になるまでの体験を克明に描写したものです。

玉砕の島“硫黄島”で戦った日本兵2万1千人余のうち生還者は僅か
1,023人、しかもその多くは戦時捕虜という負い目を持っているため
か、積極的にその体験を語ろうとしません。そういう意味で、この本
はきわめて稀重な価値をを持っていると思います。

著者は通信部隊に所属していたため、戦況に関する情報に接すること
も多く、また自身で敵の動向を偵察し司令部に報告するという任務も
帯びていましたので、下級兵士でありながら、全体の戦闘状況もよく
把握できる立場にありました。

その体験に戦後のいろいろな資料や自らの調査などの情報を加えて書
かれていますので、単なる主観的な体験記というより、硫黄島の攻防
戦の経緯を客観的に記述した戦記となっており、そういう意味でも、
たいへん貴重な史料といえましょう。

例の映画の主題になった「摺鉢山の星条旗」についても、米兵の喚声
や口笛とともにそれが掲げられた時の様子が臨場的に書かれています
が、驚いたことに最初に掲げられた星条旗は、その後夜陰に乗じて2
度も日章旗に取り替えられたとのことです。

硫黄島は、本土防衛のための文字通りの捨石とされたわけですが、兵
士たちもまったくの使い捨て。水も食糧も、武器も医薬品も尽き果て
て、後は死を待つばかり。この本に描かれている壕内の様子はまさに
生き地獄そのものです。

帯封に、「クリント・イーストウッド監督にも是非読んでもらいたい」
とありますが、「硫黄島からの手紙」のように将軍が主人公でなく、
秋草氏のような一兵士を主人公にしたら、また違った映画ができるか
もしれません。

この本については、下記のサイトも参考になります。

秋草さんと二宮和也くんの『硫黄島』」(文藝春秋|本の話より)
< 本書は、硫黄島の地下壕から、六十一年の時を超えてわたしたち
に送られてきた手紙である。
 硫黄島のあの時と、わたしたちのいま現在は、暗く長い地下壕でつ
ながっている。遠い昔の過ぎ去った出来事ではない。>

硫黄島の真実 当時17歳通信兵が語る」(東京、12月29日)
< 米軍からの攻撃に加え、飢えと渇き、負傷で極限まで追い込まれ
た日本兵同士の殺し合いも起きた。手りゅう弾で自決する兵士も相次
いだ。軍の階級や指揮系統はまったく機能せず、「弱肉強食」の世界
になった。>

戦争を語り継ぐ俳句

日中戦争が始まって以降、厭戦、反戦的な文学や芸術は、しだいに弾圧
の対象になったいきますが、俳句の世界も例外ではありませんでした。

保守的な「ホトトギス」に反発して生まれた新興俳句運動においては、
積極的に戦争が詠まれますが、その内容は厭戦、反戦色の濃いものがほ
とんどで、これに脅威を感じた国家権力によって昭和15,16年、弾圧
を受けました。

そういう時代を反映する俳句の中からいくつかをご紹介します。

征く人の母は埋れぬ日の丸に 井上白文地
戛々〈かつかつ〉とゆき戛々と征くばかり 富澤赤黄男
墓標立ち戦場つかのまに移る 石橋辰之助
ものいはぬ馬らも召され死ぬるはや 小澤青柚子
倦怠や戦場に鳴く無慮の蝿 鈴木六林男
十二月八日の霜の屋根幾万 加藤楸邨
戦争が廊下の奥に立つてゐた 渡邊白泉
戦争身近に拳闘を叱咤する 三谷昭
路地ふかく英霊還り冬の霧 大野林火
大戦起るこの日のために獄をたまはる 橋本夢道
戦争と畳の上の団扇かな 三橋敏雄

次のサイトに詳しい解説がありますので、お読みください。

よもやま句歌栞草 Vol.28 戦争

またいわゆる「大陸の花嫁」としての経験を詠った井筒紀久枝さんの
句集 望郷」も、戦争の悲惨さを語り継ぐ名句としてお読みいただき
たいものです。

日本の原爆 終戦直前開発断念の記録発見

戦時中、日本も旧理化学研究所の仁科芳雄博士の研究室で、原子爆弾
の開発を進めていたことはよく知られています。その開発は終戦直前
に不成功に終わりますが、そのときの貴重な資料がこのほど発見され
たと昨日の毎日新聞電子版が伝えています。

原爆日記:旧理研研究者が残す 終戦直前開発断念の記録」 

日本の原爆開発については:
日本の原子爆弾開発 (ウィキペディア)」

「遊就館」の展示変更(続)

靖国神社・遊就館に展示一部修正については、去る2日早々にお伝えし
ましたが、3日の産経、昨夜の時事通信もそれを伝えています。

靖国・遊就館 中国関係も見直し 日本の立場主張は維持」(産経、
3日)

遊就館の展示内容修正=『ルーズベルトが開戦強要』削除-靖国神
」(時事、4日)

親の綴る戦争体験

「戦争を語り継ごう -リンク集-」に、新しく次のサイトを掲載しま
したので、ご覧ください。

親の綴る戦争体験
長野市立川田小学校2年竹組の学級文集(1975年)より、父母の子
ども時代の戦争体験

«  | HOME |  »

最近の記事

カテゴリー

カレンダー

12 | 2007/01 | 02
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

月別アーカイブ

最近のトラックバック

ブログ内検索

リンク

このブログをリンクに追加する

「戦争を語り継ごうML」ご案内

このブログの記事は、主としてメーリングリスト「戦争を語り継ごうML」へ投稿したものです。このメーリングリストは、世代間の交流を通じて戦争を正しく語り継いでいく場として、設けたもので、10代から90代まで、多数の人が参加しています。

参加を希望される方は、上の「リンク」の「戦争を語り継ごうML」をクリックしてください。

コメントをどうぞ

このブログについてのコメントは、下記へお寄せください。

名前:
メール:
件名:
本文:

プロフィール

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。