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「遊就館」の展示変更

既報のように、靖国神社は「遊就館」の展示パネルの歴史記述を修正し、1月1日
から新しい展示に切り替えましたが、早速それをチェックした報告がありました。そ
の中でとくにポイントになる、15年戦争のきっかけ、太平洋戦争のきっかけの部分
をご紹介します。


(1)「満州事変」の部分
【旧】
『満州事変は昭和6年9月18日、奉天郊外柳条溝(ママ)付近の鉄道爆破事件をきっ
かけに、関東軍が満洲全域の軍事占領を図った事変で、昭和8年5月31日の塘沽停戦
協定によって事実上終結した。日本は、日露の戦勝で満州に権益を有していたが、
「滅満興清」を旗印に新国家中華民国を建国した熱気は、既存の条約を無視した過激
な国権回復運動となって満洲に波及した。この反日行動を武力で制圧した関東軍の行
動は、国民に支持されたが、列国はこれに強く反発し、日本は国際連盟から脱退して、
国際的孤立を深めるに至った。』

【新】
『昭和6年9月18日、奉天郊外柳条溝付近の鉄道爆破事件をきっかけに関東軍によ
って引き起こされた事変で、昭和8年5月31日の塘沽停戦協定によって事実上終結
した。我が国は日露の戦勝で満洲に権益を有していたが、中国のナショナリズムは現
行条約にかかわらず外国権益の回収を求め、在留邦人の生命財産を脅かした。このた
め関東軍は武力を行使し、その結果、満洲国が樹立された。関東軍の行動は国民に支
持されたが、列国はこれに強く反発し、我が国は国際連盟から脱退した。』

(2)「ルーズベルト」についての記述
【旧】
『大不況下のアメリカ大統領に就任したルーズベルトは、昭和15年11月3選されても
復興しないアメリカ経済に苦慮していた。早くから大戦の勃発を予期していたルーズ
ベルトは、昭和14年には、米英連合の対独参戦を決断していたが、米国民の反戦意志
に行き詰まっていた。米国の戦争準備「勝利の計画」と英国・中国への軍事援助を粛
々と推進していたルーズベルトに残された道は、資源に乏しい日本を、禁輸で追い詰
めて開戦を強要することであった。そして、参戦によってアメリカ経済は完全に復興
した』

【新】
『最大の潜在的国力を有していたアメリカは孤立主義に陥っていた。米国議会は、1
935年から1937年にかけて三つの中立法を制定した。欧州及びアジアの事態を
重大視していたルーズベルトは、支那事変勃発三ヶ月後の1937年10月5日、い
わゆる「隔離演説」を行い、国際社会の無法に対抗する必要を説いて暗に我が国を非
難し、その後も世論の誘導に努めた。そして米国の世論、議会も日米通商航海条約破
棄など対日制裁の強化を支持し、ついには戦争の直接原因となる石油禁輸に至る。』

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プロフィール

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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