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童謡「たき火」も放送禁止

「♪垣根の垣根の 曲がり角♪」で始まる童謡「たき火」をご存じの
方は多いと思います。しかしこの曲が、1941(昭和16)年12月9日、
すなわち日米開戦の翌日、初めてラジオで放送されたのをご存じの方
は少ないでしょう。

ところが、この曲は3日続けて放送されるところが、戦争が始まった
ため、軍部から禁止令が出て、僅か1日の放送で打ち切られ、戦時中
はついに放送されることはなかったそうです。

禁止の理由は、「落ち葉は貴重な資源だ。風呂くらい沸かせる。たき
火は敵機の目標になる」というものでした。

今朝の北海道新聞のコラム「卓上四季」は、このことを紹介し、作詞
者の巽聖歌の師、北原白秋の「この道はいつか来た道」になるのだろ
うかと書いています。

たき火
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NHKテレビ「その時歴史が動いた 真珠湾への道」

明日12月8日は日米開戦65周年にあたりますが、昨夜のNHKテレビ
「その時歴史が動いた」は、「シリーズ真珠湾への道 <前編>
~山本五十六 苦渋の作戦立案~」を放映していました。

これは昨年11月放映のアンコールですので、ご覧になった方も多いと
思いますが、見逃された方は、次のように再放送されますので、ご覧
ください。

・12月8日 ( 金 )  0:00~ 0:43 ( ※今日の深夜です )
総合 ただし近畿地方のみ
・12月11日 ( 月 ) 17:15~17:58  BS-2

番組の詳しい内容は下記をご参照ください。
http://www.nhk.or.jp/sonotoki/2006_12.html

また「シリーズ真珠湾への道 <後編> ~山本五十六 運命の作戦
決行~ 」は、次のように放映されます。

12月13日 ( 水 ) 22:00~22:43 総合
http://www.nhk.or.jp/sonotoki/sonotoki_yotei.html

泰緬鉄道をめぐるタイ人家族と元日本兵のエピソード

戦時中、旧日本軍はタイとビルマ(現ミャンマー)を結ぶ泰緬鉄道を
建設しましたが、その建設に当たっては、多数の連合国軍捕虜や東南
アジアの労務者を酷使し、多くの犠牲者を出したことから「死の鉄道」
と呼ばれていました。

しかしこの鉄道をめぐって、当時一日本兵とタイ人家族との間に交流
があり、このほどその家族の子孫であるタイ人のビジネスマン、ビク
ロム・クロマディットさん(53)と元鉄道第9連隊第6中隊の大塚高
二さん(91)との対面が実現したと、今朝の産経新聞のコラム「産経
」が伝えています。

このエピソードについては、先に8月10日の「産経抄」でも採り上げ
られています。

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プロフィール

西羽 潔

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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