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真珠湾への道 日米開戦65年(1)

来る8日は、日米開戦から65周年にあたりますが、産経新聞のコラム
「正論」では、「真珠湾への道 日米開戦65年」というシリーズの
連載が始まりました。とりあえず第3回までの記事をご紹介します。

(1)「4つの『跳躍』が導いた戦い」 京都大学教授・中西寛

<65年前の12月に行われた日本軍による真珠湾攻撃は、日本にと
って何重かの意味で「跳躍」であった。>

<まず、真珠湾は「軍事的跳躍」、ないし飛躍であった。>
<しかし第2に、真珠湾は日本の政治的選択としては「死への跳躍」
であった。>
<第3に、真珠湾攻撃は日本の「アジアからの跳躍」を意味してい
た。>
<最後に、真珠湾攻撃は「アメリカへの跳躍」であった。>

http://www.sankei.co.jp/ronsetsu/seiron/061201/srn061201058.htm

(2)「非凡な2人が切った片道切符」 元駐タイ大使・岡崎久彦

<この真珠湾奇襲も周囲の反対を押し切って山本五十六が決したもの
である。通常の提督が決断し得るものではなかった。幣原喜重郎と山
本五十六、この2人は昭和史で最も傑出した人物であり、私の最も好
きな人である。また当時としてはアメリカというものを最も良く理解
していた人物である。

 その2人が、他の凡百の人々にはない個人的能力を発揮したことが、
日本をあの悲劇的な戦争に導き、しかも国民が徹底的な惨禍を受ける
まで終わらせる方法をなくしてしまったのである。その後近衛文麿、
東条英機たちのやったことなどは、時流に押し流されて、その場その
場で、平凡人ならそれしかできない判断を積み重ねただけである。>

http://www.sankei.co.jp/ronsetsu/seiron/061202/srn061202000.htm

(3)「三国同盟の熱狂と罪」 防衛大学校名誉教授・佐瀬昌盛

< 私は日米開戦時は「国民学校」1年生、敗戦時は5年生の「少国
民」だった。それが嬉(うれ)しかった。後年、ベルリン留学時にド
イツ人学友から「集団責罪否定論」を聴かされた。罪があるのはナチ
ス指導者たちで、国民は基本的には受難者だというその論理には、な
じめなかった。いまだにそうだ。地位により責任の軽重には差があろ
う。だが、一般国民完全無罪論は私見ではおかしい。国民のナチス熱
狂は不問でよいのか。

 数年前、「先の大戦」についての寄稿を、私は「僕たちの、私たち
の戦争だった」と題した。今も変わりない。戦争に共感した「少国民」
の苦い記憶を消せないものだから。>

http://www.sankei.co.jp/ronsetsu/seiron/061203/srn061203000.htm

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プロフィール

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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