スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

戦争遺留品の日章旗、遺族へ返還へ

武庫川女子大(兵庫県西宮市)の学生が、米国留学中にアメリカ人か
ら託された、旧日本兵の遺留品である日章旗の元の持ち主を探してい
たところ、このほど新潟の遺族が名乗り出て、近く返還されることに
なりました。

持ち主だった兵士は、1943年1月8日、ガダルカナル島で戦死されてい
ましたが、89歳の未亡人がご健在で、たいへん喜んでおられるとのこ
とです。

日章旗:女子大生の持ち主探しに、新潟の家族が名乗り出」(毎日、
30日)

拙サイト「旧日本軍人の遺留品」にも、まだ元の持ち主の所在が不明
な日章旗が多数残っています。このように無事お返しできるよう祈っ
ています。 
スポンサーサイト

日中歴史研究 事実に語らせることだ

ご承知のように、日中の専門家による歴史共同研究が今月から始まり
ましたが、今朝の朝日新聞の社説は、まず事実の確認、重ね合わせが
重要と述べています。

日中歴史研究 事実に語らせることだ
< 要は、協力してできるだけ多くの事実を重ね合わせることだ。持
ち寄った事実が多いほど、的はずれの解釈が顔を出す余地は小さくな
る。
 すでに両国の歴史研究者の間ではさまざまな交流や共同研究が行わ
れ、成果は出版もされている。
 事実をして語らしむ。冷静に、実証主義の姿勢で一歩一歩進むべき
だ。>

日中歴史共同研究の初会合

10月の日中首脳会談での合意に基づき、日本と中国の歴史共同研究の
第1回会合が26,27日の両日、北京で開かれましたが、日中双方は「歴
史問題は、政治の重荷になって日中協力関係を妨げるべきではない」、
「日中双方の歴史認識ギャップは誇張されており縮小・整理するべき
だ」などの認識で一致したとのことです。

日本側座長の北岡伸一・東大教授は記者会見で、初会合の印象を「全
体の雰囲気は非常に真剣、率直、友好的で、大変良いスタートを切っ
た」と語っています。

「『歴史認識のギャップは誇張』…日中研究初会合が終了」(読売、
28日)


この研究については、その問題点など北京からの詳しいレポートを昨
日の毎日が掲載していますので、ご紹介します。

日中歴史共同研究:相互理解へ向けようやく一歩

舞鶴で引揚終了50年記念し集会

戦後、旧ソ連によってシベリアに抑留されていた日本人捕虜のうち、最後まで残された人たち計1025人を乗せた引き揚げ船「興安丸が舞鶴港に着いてから、昨26日でちょうど半世紀になります。舞鶴市ではこの日、抑留体験者や抑留中に亡くなった人の遺族らが集まり、記念集会や追悼式がが開かれました。

この行事を伝える各紙の記事をご紹介します。

シベリア抑留、引き揚げ船『興安丸』帰港から半世紀」(読売、24日)

シベリア抑留者らが船上追悼式 京都・舞鶴湾」(朝日、26日)

シベリア抑留、風化させない 舞鶴で引揚終了50年記念し集会」(京都、27日)


硫黄島の戦い

今映画「硫黄島からの手紙」が人気を呼んでいるようです。私は残念ながら観にいけないのですが、観にいった人の感想によれば、栗林中将を美化しすぎているのではないかとの意見もあります。

硫黄島で生き残った方がこの映画を観に行ったが、「何だか紙芝居を見ているようで、途中で出て帰った」という話もあるようです。

やはり戦争の実態は、実際に体験した人に聞かないと分かりません。硫黄島の戦闘で生き残られた方は極めて少ないのですが、次の二つはその方たちの体験談が読める貴重なサイトです。

祖父の硫黄島体験記
 
朝風 南方編

Re: 遊就館の歴史記述、一部変更へ

遊就館の展示の一部修正については、今朝の朝日新聞も、アメリカ関
連だけでなく、中国関連の歴史記述を修正する計画と報じています。

靖国神社、中国関連の展示も修正 遊就館の歴史パネル

<展示見直しを担当する永江太郎・元防衛庁防衛研究所主任研究官は
「誤解を与えないよう、史料をもって語らせるようにした」という。

 中国記述の変更点については、同神社広報課は「公開までは明らか
にできない」。関係者は「遊就館の展示は、自虐史観に対抗する狙い
があったものの、行き過ぎて他国に対して攻撃的な表現もあった。そ
の点を和らげたい」と説明する。ただ、「侵略戦争」とは認めない方
針だ。>

赦しの花

敗戦後、旧ソ連によってシベリアに5年間抑留された捕虜のうち、約
1000人の元日本軍将兵が戦犯として中国に引き渡され、「撫順戦犯管
理所」に6年間収容されました。

彼らはソ連とはまったく対照的な厚遇に驚くとともに、しだいに人間
性を取り戻し、自分たちの罪を認めるようになりました。そしてごく
一部を除き、大半の人が「起訴免除」として赦されて帰国しました。

その別れの時に、ある戦犯が看守の1人から「もう武器を持って2度
と大陸に来ないで下さい。日本へ帰ったら、きれいな花を咲かせて幸
せな家庭を築いて下さい」、と数粒の朝顔の種を手渡されました。

その朝顔が、今「平和と友好」のシンボルとして全国に広まっていま
すすが、福岡の小学校教師らが、その戦犯から聴取った実話を元に、
このほど「赦しの花」という本を作成し、出版しました。

戦犯に託された『朝顔の種』」(JANJAN、25日)

全文を表示 »

二つの悲劇の島

今朝の北海道新聞のコラム「卓上四季」は、アッツ島の玉砕を目の当
たりにした米国の日本研究者ドナルド・キーン氏が、日本兵は理解不
能な狂信者に思えたと述べているのに対し、クリント・イーストウッ
ド監督が映画「硫黄島からの手紙」で描く指揮官と兵士は、戦場で家
族を思う平凡な市民の顔であって、狂信者のそれではないと書いてい
ます。

平凡な市民が、狂信者に変貌するところに、軍国主義の非人間性、戦
争の恐ろしさを感ぜざるを得ません。

卓上四季:悲劇の島

チック・パーソンズ米海軍中佐と日本人

今年の1月、「旧日本兵の手紙、61年ぶりに配達へ」と「太平洋における秘密の戦い」で、戦争中フィリピンに残された旧日本兵の手紙を何とかご遺族に返したいと願っている、アメリカ人、ピーター・パーソンズ氏と、その父のチック・パーソンズ氏のことをご紹介しました。

このほど、そのピーター・パーソンズ氏が、父の太平洋戦争中の米海軍における活躍ぶりを描いた一文を、「捕虜 日米の対話」のサイトに寄せられましたので、ご紹介します。

チック・パーソンズ米海軍中佐と日本人

角栄が残した「いいもの」

昨日の毎日新聞のコラム「近聞遠見」で、筆者の岩見隆夫氏は、田中
角栄元首相の言葉を紹介して、彼には功罪両面いろいろあるが、その
庶民感覚と非戦への執念は、今なお重要であると述べています。

近聞遠見:角栄が残した「いいもの」=岩見隆夫

< また、前回も紹介したが、民主党の藤井裕久前代表代行(元蔵相)
は、田中政権の官房長官秘書官を務めていたとき、田中が、
「戦争を知っているやつが世の中の中心である限り、日本は安全だ。
戦争を知らないやつが出てきて、日本の中核になったとき、怖いなあ」
 と言ったのを思い出すという。藤井は、
<初の戦後生まれの安倍晋三首相が誕生したいま、私も同じように
感じています。ただし、田中さんはその後に、「しかし、勉強しても
らえばいいやな」と言われたんです>
と書いた。>

< 田中に象徴される<古い自民党>の負の部分は当然、切除したほ
うがいい。だが、田中が残した庶民感覚、非戦への執念までひっくる
めて、<古い>と片づけるのだとすれば、政治はおかしくなる。>

震洋特攻隊員だった田英夫参議院議員、沖縄戦で鉄血勤皇隊員だった
大田昌秀参議院議員は、いずれも今期限りで議員の引退を表明してい
ます。いまや国会の大半を占める、戦争を知らない議員たちには、も
っと勉強をしてもらいたいものです。

気になる『愛国教育』

MLにおいて愛国心について、いろいろ熱心な議論が交わされていま
すが、今朝の東京新聞の社説は、<さまざまな危うさを感じます。「い
つか来た道」にならないか。ことし一番心配になったことです。>
と、この問題を論じています。

気になる『愛国教育』」
< 本来、政治家がやるべき仕事は、国民に国を愛せよと言うことで
はなく、国民が愛するに値する国づくりに心血を注ぐことでしょう。


「国民学校」という、国を愛し、国家のために命を捧げよという教育
を受けた者にとっても、ことし一番心配になったことです。

自民有志が従軍慰安婦問題の検証を開始へ

先に安倍首相は「河野談話」を認めましたが、このほど自民党の「日
本の前途と歴史教育を考える議員の会」は、従軍慰安婦問題を検証を
開始することになったと、今朝の朝日新聞は報じています。


「自民有志が従軍慰安婦問題の検証を開始へ」
http://www.asahi.com/politics/update/1222/006.html


この問題については、上記の議員の会の顧問をしている、自民党の中
川昭一政調会長も19日産経新聞のインタビューに答え、「河野談話」
について早期に見直しを検討すべきだとの考えを示しました。


「中川政調会長に聞く 国会『非核5原則』横行 『河野談話』是正
検討を」
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/politicsit/32192/


これに対し、韓国の政府当局者は21日、慰安婦被害者を再度侮辱する
行為だとして遺憾の意を表明したと、韓国の聨合ニュースが伝えてい
ます。


 「『河野談話』見直し主張に、政府当局者が遺憾の意」
http://japanese.yna.co.kr/service/article_view.asp?News_id=432006122101500

真珠湾攻撃はやはり不意打ち

1941年12月8日の真珠湾攻撃は、日本軍の「騙し討ち」であったかど
うかがよく問題になりますが、今朝の産経新聞のコラム「正論」に、
現代史家の秦郁彦氏が、当時の新聞記事の分析からあれはやはり宣戦
布告通告前の不意打ちであったと書いています。

現代史家・秦郁彦 通告前の真珠湾攻撃 記事が“証言”」

愛国心教育

昨日の「愛国心のトリック」について、二人の方からコメントをいた
だきました。下記はそれへのレスです。

Aさん:
> > 日本ヨイ国 キヨイ国
> > 世界ニ一ツノ神ノ国
> > 日本ヨイ国 強イ国
> > 世界ニカガヤクエライ国
>  何度読んでもマジ泣けてきます。

これは私たちが国民学校初等科(小学校)2年生のとき習った修身の
教科書「ヨイコドモ 下」の「日本ノ国」という章の一節です。当時
の皇国民練成教育の神髄を表すものとして、よく引用しています。

Bさん:
> <国家は、自分の家族といふ如き自然的愛情の直接の対象ではなく、
> 実は人間の感覚や経験を越えた抽象的なものであって、
> 想像力に頼らなければ、これを具体的に掴むことはできない>
> (清水幾太郎「愛国心」)

上記教科書の「日本ノ国」は、まさに具体的な美しい風土のイメージ
を利用して、抽象的な「大日本帝国」のイメージを、小2の子供の幼
い頭に植え付けるものでした。

今年8月15日の神戸新聞に、私と同学年だった、林田国民学校(現姫
路市立林田小学校)の卒業生たち6人に聞いた記事が掲載されていま
すが、この中でもこの一節に触れられています。

林田国民学校 -ある校長の戦中戦後 3.愛国一色
< 教科書は礼儀作法やあいさつの大切さに加えて、天皇の赤子(せ
きし)としての心構え、兵隊への感謝を説く。後ろから二番目、「日
本ノ国」という章の結びの言葉。

 「日本ヨイ国、キヨイ国。世界ニ一ツノ神ノ国」

 「日本ヨイ国、強イ国。世界ニカガヤク、エライ国」

 幼い心に響くよう、やさしい言葉で愛国を鼓舞する。国民学校は、未
来の兵隊を養成することが求められた。>

Re: 遊就館の歴史記述、一部変更へ

一昨日の「遊就館の歴史記述、一部変更へ」について、靖国ガイドの
ベテランHさんから、靖国神社社務所の機関紙「靖国」の1月1日号に
遊就館展示見直しの記事が掲載されているとの情報をいただきました。
全文を下記にご紹介します。

なお遊就館の展示については、Hさんら東京の戦争遺跡を歩く会が編
集された「フィールドワーク靖国神社・遊就館―学び・調べ・考えよ
」が参考になります。


全文を表示 »

愛国心のトリック

MLで「愛国心のトリック」というテーマについて議論になっていま
すが、それを読んでいて、よく愛国心の議論で問題になる、「国」とは
何か、英語でいう"State"か"country"かという命題を思い出しました。

"State"はまさに「国家」ですが、"country"には「国家」のほか「郷
里」「田舎」といった幅広い訳があります。日本語の「クニ」という
言葉も、"country"とよく似ていますね。

「おらがクニ」と言った場合は、「XX村」であったり、「信濃の国」
であったりしますし、海外で「おらがクニ」と言えば「日本国」のこ
とでしょうし、そこにはまた「母国」とか「祖国」といったニュアン
スも含まれているでしょう。

すなわち「country=クニ」は郷土から国家までを含んだ広い概念で、
それは自然発生的なもの、古い社会学の用語で言えば「ゲマインシャ
フト(共同社会)」でしょう。したがってそれを愛する心は、自然発
生的に生まれるものです。

一方「State=国家」は、Hさんの言われる“人工的な社会組織”
であり、「ゲゼルシャフト(利益社会)」といわれるものです。それ
を愛する心は、得てして為政者に都合のいい人為的なものになること
が多いと思います。

Oさん:
> 私は良い(本当の)愛国心と悪い(偽の)愛国心という論法がよ
> くわかりません。

私は、その二つの愛国心を、上記のように考えています。

毎度恐縮ですが、私たちが国民学校で習った修身の教科書の次のよう
な一節を、また引用させてください。「クニ」と「国家」の境目をあ
いまいにして、幼な心に、“素朴な”愛国心をベースに“偏狭な”愛
国心を植えつける、まさに「愛国心のトリック」のいい例だと思いま
す。

日本ハ春夏秋冬ノナガメノ美シイ国デス
山ヤ川ヤ海ノキレイナ国デス
コノヨイ国ニ私タチハ生マレマシタ
オトウサンモ オカアサンモ コノ国ニオ生マレニナリマシタ
オヂイサンモ オバアサンモ コノ国ニオ生マレニナリマシタ

日本ヨイ国 キヨイ国
世界ニ一ツノ神ノ国
日本ヨイ国 強イ国
世界ニカガヤクエライ国

遊就館の歴史記述、一部変更へ

前の投稿にもありました、自民党の加藤紘一代議士の近著「テロル
の真犯人」の中で、同氏は靖国神社の遊就館の展示について、「歴史
の解釈としてはあまりにも偏りがあるのではないか」と指摘していま
すが、このように最近国の内外から遊就館に対しての批判が高まって
います。

それを受けて、靖国神社は遊就館の展示の歴史記述について、一部表
現を変える方針を決めたと、今朝の毎日新聞が報じています。

靖国神社:『遊就館』の展示 一部表現を変える方針

戦争は実体験よりもフィクションへ

今朝の朝日新聞のコラム「天声人語」は、自民党の加藤紘一代議士の
近著「テロルの真犯人」の中から引用し、今や戦争は実体験よりもフ
ィクション化されつつあるとして、次のように書いています。

< 直接には戦場を体験しなくとも、こうした実体験や鮮烈な記憶の
伝達が確実に続けば、戦争の実相を次の世代に伝えられる。しかし加
藤氏は懸念する。「戦争の記憶がほぼ完全に失われようとしているい
ま、フィクションがリアルにとってかわりつつあるように感じる」

 安倍晋三氏は、戦後生まれで初めての首相となった。前首相の小泉氏
も戦場の体験は無い。政治のリーダーも国民も戦争を知らない世代で占
められてゆく。そんな時代には、実体験よりもフィクション化された戦
争の方が現実味を帯びて受け入れられかねない。>

新しい戦争遺留品(F055)

旧日本軍人の遺留品」にまた新しく戦争遺留品を掲載しました。
「日章旗」のページのF055です。

元の持ち主は「平勢義价」、南方の島で落下傘で降下した際に戦死さ
れたとのことです。

大勢の署名者の中に、「目白商業校長 中村正文」とありますので、
あるいは目白商業(現目白学園)の卒業生かも知れません。その他、
「大日本麦酒会社 永峰寛」、「日本大学々生 安達勝道」等の署名
があります。

どんな些細なことでも結構ですから、何か情報がありましたら、お知
らせください。

ひとたばの手紙から

映画「硫黄島からの手紙」はたいへん好評のようですが、今朝の毎日
新聞のコラム「余録」は、この映画に触れるとともに、先月末刊行さ
れた「ひとたばの手紙から」(宇多喜代子著、角川ソフィア文庫)に
書かれたエピソードを紹介しています。

アメリカ人の女性歌手が戦後、慰問公演で硫黄島を訪れた際、洞窟内
で日本兵が書いた一束の手紙を見つけ、持ち帰ります。そして半世紀
近くたった1992年、宇多さんに託され、やがて遺族の手に届けられる
メドがついたとき、元歌手は「ようやく自分から『戦争』が消えた」
と語り、半年後がんで亡くなったそうです。

旧日本軍人の遺留品」の「手帳・日記・手紙」ページにT009として
掲載しています「比島からの手紙」も同じようなケースですが、ま
だ宛先のご遺族が見つかっていません。ご遺族はもとより、現在の保
管者・パーソンズさん、そして私にとっても、まだ「戦争」は消えて
いません。

余録:硫黄島からの手紙

シベリア抑留者への補償見送り

 シベリアなどに戦後抑留された旧日本兵の補償問題に関し、特別給付金を支給する野党提出法案は今国会で採決は行われず、廃案になることが決まりました。

一方「平和祈念事業特別基金」を解散させ、積立金の一部から10万円の旅行券などの慰労品を贈る与党提出法案が15日可決、成立しました。

<シベリア抑留者>「特別給付」廃案へ 補償は絶望的に」(毎日、15日)

今度の国会は教育基本法の問題で騒がれましたが、その陰に隠れて、この問題はメディアでも小さく報じられただけでした。やっと今朝の東京新聞のコラム「筆洗」が採りあげています。

<▼抑留経験者らが国に求めているのは人間の尊厳の証し。金額の多寡ではない。旅行券や食事券という慰労品では意味がない▼総務委はたった一日の審議で与党案を可決し、特別給付金を国が支払う野党三党の提案を否決。与党議員は戦後補償問題の「最終決着」まで宣言した。傍聴した抑留経験者の一人が「本当に情けない」と声を震わせた▼抑留経験者の平均年齢は八十四、五歳。一個の人間として思う。こんな戦後処理で許されるはずがない。>

この補償問題に長年取り組んでこられました元抑留者の皆さんによる「カマキリ会」のウェブサイトです。

老いたる蟷螂の言い分

新規の戦争遺留品

旧日本軍人の遺留品」に新しく戦争遺留品を掲載しました。「日章
旗」のページのF054です。

元の持ち主は、「塩見」さんと思われますが、フルネームは不明です。
50人ほどの署名者の筆頭に、開戦時の聨合艦隊・第三戦隊の機関参謀
だった「海軍中佐竹内由太郎」の名がありますが、それ以外の手がか
りはありません。

皆さんのご協力をお願いします。

「授乳する被爆の母」死去

長崎原爆の惨状を伝える写真「治療の順番を待つ母子」の被写体とし
て知られる田中キヲさんが去る9日、91歳で亡くなりましたが、今朝
の朝日新聞のコラム「天声人語」は、このキヲさんを偲んで書いてい
ます。

http://www.asahi.com/paper/column.html

この写真は、次のサイトでご覧になれます。

http://www.peace-museum.org/galleryJPM/gallery_yamahata/visual-73.htm

「脱亜」から「入亜」へ (岡本厚氏講演)

インターネット新聞JANJANに、「日中韓平和共同体をどのよう
にして作っていくのか?」という演題で、雑誌「世界」編集長の岡本
厚氏が行った講演の内容が掲載されています。

今後の日中韓の関係を考えるのに、たいへん示唆に富んだ内容と思い
ますので、ご紹介します。

この中で岡本氏は、「日中韓の平和共同体作り」の前提のポジティブ
な状況として経済関係の深まり等を挙げ、逆にネガティブな要素とし
て、靖国問題などの歴史認識の問題を指摘しています。

そして、「しかし東北アジアにはEUとはまた違ったアジア的な共同体
作りが可能である。私たちは『共通の課題としての平和構築』を認識
し、私たちには戦争をする理由などない、『戦争』という選択肢はな
いということをまず共有したい」と述べています。

詳しくは下記をお読みください。

「『脱亜』から『入亜』へ 雑誌『世界』岡本厚編集長の講演」

「満鉄創業」100年、「満州引き揚げ」60年

先月下旬、東京で「満鉄創業百周年記念大会」および「引揚60周年記念
の集い」が開かれましたが、この二つの会合に出席した、毎日新聞の岩
見隆夫氏が、サンデー毎日12月17日号の「サンデー時評」にその感
想を書いていますので、ご紹介します。

なお岩見氏は自身が満州からの引揚者で、「集い」にはパネラーとし
て参加しています。

サンデー時評:『満鉄創業』一〇〇年、『満州引き揚げ』六〇年

「戦争を語り継ごう -リンク集-」100万アクセス突破!

先ほど、「戦争を語り継ごう -リンク集-」のアクセス・カウンタ
が 1,000,000を記録しました。

アクセス・カウンタの数字はかならずしも正確なものはありませんが、
私なりに百万を一応の目標としてきましただけに、01年1月1日カウン
ト開始以後、ほぼ6年間で目標を達成できましたことは、まことに感
慨深いものがあります。

これは多くの皆さんの「戦争を語り継ごう」というご熱意の賜物に他な
らず、改めて日ごろの皆さんのご支援とご協力にお礼申し上げるしだい
です。

これを励みに、今後とも余生の続く限り、「戦争を語り継ごう」に尽
力したいと思いますので、相変わらぬご支援とご協力をお願いします。

♪僕は軍人大好きよ♪

MLでこんな昔の歌が披露されました。

僕は軍人大好きよ
今に大きくなったなら
勲章つけて剣さげて
お馬にのってハイドウドウ

そういえばこんな歌があったなと思い出しました。ぼくたちはやっと
物心つくころから、「はいどうどう」とお父さんの背中にまたがり、
こんな歌を聞かされて育ったのです。

ネットで調べてみますと、この歌は日露戦争の前に作られた軍歌「日
本海軍」(作詞:大和田建樹、作曲:小山作之助)の替え歌なのですね。
原曲は次のサイトで聞くことができます。

http://www.d1.dion.ne.jp/~j_kihira/band/midi/nihonkaigun.html

こういう替え歌もありました。戦後の作でしょうか?

ぼくは軍人大きらい
今に小さくなったなら
おっ母ちゃんに抱かれて乳のんで
オナカの中へ 消えちゃうよ

また、北朝鮮では「朝鮮人民革命軍」という同じメロディーの替え歌
が歌われている(ただし、金日成作曲と偽っている)とのことです。
北朝鮮の子供たちも、かつてのぼくたちのように、同じメロディを歌
っているのでしょう。

真珠湾攻撃の戦闘機を見上げた日本人

真珠湾攻撃の当時5歳でハワイに住んでいた日本人が、すぐ真上に日
の丸が付いた飛行機を見上げた記憶があると、昨日の毎日新聞広島版
は伝えています。

真珠湾攻撃の際は、日本軍機はもっぱら海上を飛んでいたのかと思っ
ていましたが、こういう住宅街の真上を飛んでもいたのですね。

ハワイ島に住んでいた松浦さん、65年前の真珠湾攻撃振り返る

今朝の各紙の社説・コラムから(続)

開戦の1日から日遅れで、今朝の朝日新聞が社説に採り上げました。

開戦65年 狂気が国を滅ぼした
< 冷静に考えれば、勝ち目がないことぐらい分かりそうなものだ。
だが、体を張って「待った」をかける政治家も軍首脳もいなかった。
 「欧州でドイツが勝てば、日本も有利な講和に持ち込めるだろう」。
最後はそんな期待もあって開戦に踏み切った。無責任というほかはな
い。
 指導者だけではない。昭和史に詳しい作家の半藤一利さんは、真珠
湾の日に人々が何を語り、書いたかを調べたことがある。「マスコミ
は戦争をあおり、国民も『やった、やった』と熱狂した」
日本中を「狂気」が覆っていたといえよう。>

真珠湾への道 日米開戦65年(3)

引き続き、産経新聞のコラム「正論」連載の「真珠湾への道 日米開
戦65年」の最終回(7日掲載)と、8日掲載の「決定的瞬間・真珠湾
攻撃を見る」をご紹介します。

(7)「時代の趨勢と全体主義の“快感”」ノンフィクション作家・
上坂冬子

< 戦争の最大責任は時の趨勢(すうせい)だ。時の趨勢に度を超
した全体主義の快感が加わったとき、抜きさしならぬ状況となって多
大な犠牲者がでる。65年前の、両親の何とも名状すべからざるあの
表情を思い出しながら、私はあらためて素朴な逡巡をけっ飛ばした全
体主義の罪を感じている。>

決定的瞬間・真珠湾攻撃を見る」 都留文科大学教授 新保祐司

< 「劇的に凝縮されたこうした時間、運命をはらんでいるこうした
時間のなかでは、時代を越えて生きつづける決定が、ただひとつの日
付、ただひとつの時間、またしばしばただの1分間をめがけて圧縮さ
れているわけだが、こうした運命的な時間は、個人の生活においても
稀(まれ)であり、歴史の流れにおいても稀なものである」
 昭和16年12月8日は、まさに日本の近代の宿命が「劇的に凝縮
された」時間であり、日本の近代の「歴史の決定的瞬間」であった>

«  | HOME |  »

最近の記事

カテゴリー

カレンダー

11 | 2006/12 | 01
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -

月別アーカイブ

最近のトラックバック

ブログ内検索

リンク

このブログをリンクに追加する

「戦争を語り継ごうML」ご案内

このブログの記事は、主としてメーリングリスト「戦争を語り継ごうML」へ投稿したものです。このメーリングリストは、世代間の交流を通じて戦争を正しく語り継いでいく場として、設けたもので、10代から90代まで、多数の人が参加しています。

参加を希望される方は、上の「リンク」の「戦争を語り継ごうML」をクリックしてください。

コメントをどうぞ

このブログについてのコメントは、下記へお寄せください。

名前:
メール:
件名:
本文:

プロフィール

西羽 潔

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。