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悪魔の言葉 「玉砕」

「新右翼」の代表・鈴木邦男氏が、次のサイトに「玉砕」論を書いています。

悪魔の言葉 ~ 鈴木邦男コラム

「玉砕」という言葉が太平洋戦争で最初に使われたのは、1943年5月29日、アリューシャン列島アッツ島の日本軍守備隊約2600名が全滅した時です。「全滅」という言葉が国民に与える動揺を少しでも軽くし“玉の如くに清く砕け散った”と印象付けようと、大本営によって生み出された。いわば婉曲表現です。

<大本営発表。アッツ島守備部隊は5月12日以来極めて困難なる状況下に寡兵よく優勢なる敵兵に対し血戦継続中のところ、5月29日夜、敵主力部隊に対し最後の鉄槌を下し皇軍の神髄を発揮せんと決し、全力を挙げて壮烈なる攻撃を敢行せり。爾後通信は全く途絶、全員玉砕せるものと認む。傷病者にして攻撃に参加し得ざる者は、之に先立ち悉く自決せり。>

こういう発表を聞いて、当時の軍国少年は大いに感動したものです。よく考えれば、負け戦なのですが、子供心にはそういう感じがありませんでした。

最近は「美しい言葉」が新聞紙上を賑わしているようですが、とかく美辞麗句には気をつけるべきでしょう。

「悪魔の言葉」の全文は、以下でお読みください。

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戦時下の育児生活

ご承知のように、インターネットには実に数多くの戦争体験記がありますが、意外に少ないのが、当時主婦であった人たちの体験記です。食糧難など、戦時下の国民の生活の実態をもっともご存知なのは、そういう高年齢の女性ですが、残念ながらこのMLのメンバーにもほとんどおられません。

そうした戦時中の生活の実態を知るメディアの一つに、当時の婦人雑誌があります。そこでその一例として、当時赤ちゃんのミルクにいかに苦労していたかをご紹介しましょう。

「代用乳(無乳栄養)の作り方と与へ方」(主婦之友昭和19年10月号)

<「代用乳」とは、炒った米・小麦・大豆などの粉に鰹節・魚・イナゴ・サナギなどのタンパク質と乾燥野菜、砂糖、塩をお湯で溶いたもの。>

当時、米に代わる主食、たとえばサツマイモなどを「代用食」と呼び、われわれはもっぱらそれを食べていましたが、乳児用ミルクにも「代用乳」があったとは、知りませんでした。

緒戦のころは、「空襲からいかに赤ちゃんを守るか」という記事が多かったようですが、空襲の激化とともに、次のような勇ましい記事も現れるようになりました。

<子供を被害から逃れさすことばかりが防空ではありません。戦場に育った子供でなければ経験し得ない、生々しい戦ひの体験を、将来国の強兵として戦場に立つときの基礎に、立派に活かしてゆかうではありませんか。戦争を恐がらしてはならない、盲目的な平和思想を抱いてはさらにならない。空襲をも戦時下の精神鍛錬の鉄床(かなとこ)として活用する、この母の心構へこそ、『子供の防空』の根底をなすものであると信じます> 
(主婦之友昭和19年8月号)

号泣!『戦ふ育児生活』」

Kさんがよく、「戦場に往きし者しか、戦争のことは分からぬ」とおっしゃいますが、これはまさにそうした戦場体験を物心つかないうちから原体験として植え付け、将来の立派な戦士として育てようというわけです。

現在育児中のママさん方のご感想をお待ちしています。

安倍政権と盧武鉉政権との対比

昨日の朝鮮日報は、東京発の【特派員コラム】で、今回の内閣補佐官の新設などで強化された安倍内閣の首相官邸は、4年前の盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権発足時の大統領府とよく似ていると書いています。


< 安倍内閣の発足により、日本権力の中心に浮上した首相官邸は、4年前の韓国大統領府とよく似ている。下村博文、山谷えり子、根本匠。ともに世間に知れ渡った「全国区の人物」ではない。そうかといって、実務に通じた官僚の出身でもない。「政権有力者」に登用された名分は、安倍総理を支えてきたという泥臭い人脈的要素しかない。

 4年前、386世代の運動家人脈で埋め尽くされた大統領府を見たときの違和感、その奇妙な感覚が、安倍内閣の顔触れを見てよみがえった。>

<盧武鉉大統領がそうであったように、そうした戦いを通じて勢力を伸ばした政治家は、周囲に多くの狂信的、理念的な側近グループを形成する。安倍もやはり理念型の側近が非常に多い政治家だ。盧大統領がそうだったように、安倍もやはり彼らを権力の中枢に据えた。

 「理念型側近」は「秘書型側近」とは違う。「韓国の386勢力」が盧武鉉をあがめるように、「日本の386勢力」も安倍という媒介を通じて「強い日本」 「保守再構築」が実現する夢を見ているのだろう。>

<安倍首相の選択がどのような結果をもたらすかは、まだわからない。安保・歴史・教育問題で彼らが主張する理念の実現に先を急ぐ場合、安倍政権は早い段階で力を失う可能性もある。

 だが日本はいつでも政権交替、首相交替が可能な内閣制をとっている。5年間も指をくわえてみている必要はないのだ。

 韓国にも、もうすぐ変化の機会が回ってくる。左、もしくは右に向かって、闇雲に疾走する理念先行型の理想主義では何も成し遂げられないのは、韓国も日本も同じだ。>

安倍首相と『日本の386勢力』」


靖国参拝しない方法を(英タイムズ社説)

NYタイムズと並ぶ、世界のクオリティ・ペーパーである英タイムズ紙も、27日の社説で、

<「過去をごまかさず、毎年の靖国神社参拝で中国を愚弄(ぐろう)せずに」戦争の犠牲者へ哀悼の意を示す方法はあるとして、安倍晋三首相は東アジア諸国との関係を悪化させない方法を見つけなければならない。>

と強調しています。

靖国参拝しない方法を=安倍首相に歴史問題でチャンス-英紙社説」(27日、時事通信)


社説の全文(英文)は、

Honest Abe?」

安倍新首相、対中関係改善が課題(NYタイムズ社説)

ニューヨーク27日発時事通信は次のように伝えています。

<27日付のニューヨーク・タイムズは「安倍晋三のアジアにおける課題」と題する社説を掲載し、安倍新首相は日本の繁栄と安全保障にとって最重要である中国との外交関係を再構築すべきだと主張した。

 同紙は「前首相と同様の支持と成功を得たいなら、過去の失政を大胆に捨て去る必要がある」として、「小泉純一郎氏(前首相)が挑発的に繰り返した靖国神社参拝をやめると宣言することが第一歩だ」と指摘した。>

原文(英文)は以下で読むことができます。

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安倍内閣の支持率

今朝の朝日、読売、毎日の各紙は、いっせいに新内閣に関する世論調査の結果を発表しています.。それによりますと、安倍内閣の支持率は、読売:70・3%、毎日:67%、朝日:63%と、いずれも発足直後の支持率としては、歴代3位の高率となっています。

以下、「戦争を語り継ごう」に関連した調査項目の結果をご紹介します。

(1)在任中の靖国参拝 
反対48%、賛成39%(毎日)

(2)中国や韓国との関係改善
「できる」44%、「そうは思わない」42%(読売)
「積極的に取り組んでほしい」83%(朝日)

(3)安倍首相が自らの歴史認識を示していないことについて
「評価する」24%、「評価しない」52%(朝日)

(4)臨時国会での教育基本法改正
「今の国会にこだわらず、議論を続けるべきだ」66%、「今の国会で成立を目指すべきだ」21%、「改正する必要はない」は6%

懲罰召集

>> 日本帝国軍の場合にも 「お偉いさん」の息子たちの兵役逃れがあったと聞いて
>> いますが 詳細は知りません もしどなたかご存知でしたら 教えてください 

その例は具体的には知りませんが、大いにありえたことだと思います。

その反対の例として、気に食わない人物を、懲罰的、報復的に召集して、戦地に送るというのは、当時の東条英機首相の“お家芸”であったことは有名ですね。以下その具体的な数例です。

(1)「竹槍では勝てない、飛行機だ」と自分に批判的な記事を書いた毎日新聞記者を37 歳という高齢で二等兵召集し、硫黄島へ送ろうとした。

(2)逓信省工務局長の松前重義が、東条反対派の東久邇宮に接近したために、報復措置として彼を召集し、43歳という高齢にもかかわらず、南方戦線に送った。

(3)東條政府打倒のために重臣グループなどと接触を続けた衆議院議員・中野正剛に対して、いちゃもんを付けて強引に検挙。中野は釈放後、陸軍に入隊していた子息の「安全」と引きかえに、憲兵隊の監視下で自殺に追い込まれたが、中野を容疑不十分で釈放した43歳の中村登音担当検事には、その報復として召集令状が届いた。

(4)陸軍内の反東条派だった前田利為を、報復措置として南方戦線に送った。彼は、搭乗機を撃墜されて死亡したが、東條はわざわざこれを戦死ではなく戦傷病死扱いにして遺族の年金を減額した。

(注)前田利為については、その後国会でも問題になり、“戦死”扱いに変更された。その経緯は、下記をご覧ください。

酒井美意子 「父 ─ 悲劇の将軍 」

日中首脳会談は開けるか?

昨日、麻生外相は記者会見で「日中の首脳会議を早急に開きたい。そのため外務次官による会談で打ち合わせている」と述べましたが、その数次にわたる会談も結局物別れに終わりました。

首脳会談再開合意できず終了 日中次官の総合政策対話 」(産経、27日)

結局やはり靖国神社参拝がネックになったようです。日本側は、いわゆる「村山談話」を黙認する代わりに、安倍首相の参拝を明言しない「あいまい戦術」を認めさせようとの交渉だったと思われますが、結局それは中国側にとって認められるものでなかったのでしょう。

閣内でも、公明党の冬柴国交相が「総理や官房長官や外務大臣は少なくとも靖国神社にA級戦犯が合祀されている期間は参らない方がベターであろう」と述べているのに対し、当の塩崎官房長官も麻生外相も「適切に判断する」と首相同様の「あいまい戦術」で、また一部閣僚が参拝を明言しているような状況では、日中首脳会談のハードルは高いといわざるを得ません。

安倍内閣の課題である、アジア外交も拉致問題も、まず日中(日韓)首脳会談を開かなければ、進展は見込めず、アジア外交、拉致問題、歴史認識=靖国参拝の連立方程式を、安倍首相ははたしてどう解くのでしょうか?

なお今問題に対し、英紙タイムズも今日の社説で次のように安倍首相にアドバイスを送っています。

靖国参拝しない方法を=安倍首相に歴史問題でチャンス-英紙社説
<27日付の英紙タイムズは社説で、安倍内閣発足を受け「過去をごまかさず、毎年の靖国神社参拝で中国を愚弄(ぐろう)せずに」戦争の犠牲者へ哀悼の意を示す方法はあるとして、安倍晋三首相は東アジア諸国との関係を悪化させない方法を見つけなければならないと強調した。>(時事通信、27日)


安倍内閣と歴史認識

安倍内閣が発足しました。「論功行賞内閣」、「仲良し内閣」などといった論評が多いようですが、その中からこのブログの主旨に関連する、安倍内閣の閣僚の歴史認識を問題にした、今朝の朝日新聞の社説をご紹介しましょう。

新内閣の政策のひとつに「アジア外交の推進」がありますが、そこで問題になるのが先の大戦についての歴史認識です。

1997年、日本の歴史教科書を“自虐的”として批判する「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」が立ち上げられましたが、そのとき会長になったのが、このたび自民党の政調会長になった中川昭一氏で、事務局長が安倍新首相でした。そして内閣の中には、高市早苗・沖縄・北方相、下村博文・官房副長官に、山谷えり子・教育再生担当首相補佐官と当時のメンバーが入りました。

「安倍内閣発足 果たしてどこへ行く 」(朝日、27日)
< 下村氏は最近、安倍氏が官邸主導で設置を検討している教育再生会議のテーマのひとつとして「自虐史観の歴史教科書はやめさせる」と語った。

 山谷氏は歴史教科書について「いまだにレーニンの言葉を守っているんでしょうか、自虐的な内容の教科書をつくっている」と述べている。 >


安倍内閣がまず最初に行おうとしている「教育再生」の中身とは、歴史教科書から“自虐史観”を一掃することでしょうか?

今日中間で首脳会議の就任に向けての根回しが行われていますが、そこでやはり歴史認識、靖国参拝が問題になっているようですが、こういう内閣の性格で果たしてうまくいくのでしょうか?

安倍氏は歴史の直視を=米有力紙が社説で警告

ワシントン発25日の時事通信は、、次のように伝えています。

<25日付の米有力紙ワシントン・ポストは「日本の将来と過去」と題した社説を掲載した。同紙は、小泉純一郎首相の後継者となる自民党の安倍晋三総裁について「新首相は歴史に誠実でなければならない」と主張。第2次世界大戦をめぐる歴史観を変えないなら、「近隣諸国との緊張を高め、地域の安定に貢献するどころか損なうだろう」と警告した。

 同紙は、戦後日本は旧日本軍の行為を陳謝する一方で、国際平和への貢献には慎重だった左翼とその逆の右翼という「2つの誤りの間で揺れ動いてきた」と指摘。小泉首相は右翼的な過ちを犯しがちだったが、「安倍氏はより劇的に同じ間違いを犯す恐れがある」と懸念を表明した。>

http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2006092500654

WP紙の社説の全文(英文)は:

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安倍首相 祖父とチャーチルに何を見る

今朝の朝日新聞のコラム「風考計」は、安倍次期首相が尊敬する二人の政治家、祖父・岸信介とチャーチルに対する言動の対比から、過去の戦争にに対する安倍氏の歴史認識を論じています。

戦後A級戦犯に問われた岸信介は、自ら関わった戦争に対する気持ちを次のように詠いました。

<名にかへてこのみいくさの正しさを 来世までも語り伝へん>

安倍氏はこの歌に託された祖父の気持ちを強く受け継いでいるようです。

< 今度の総裁選では谷垣禎一氏も麻生太郎氏も、あの戦争の多面性を認めつつ、中国に対しては「侵略戦争」だったと明言した。安倍氏だけが「侵略」と言わず、「歴史認識は歴史家に任せるべきだ」の繰り返しだった。

 「侵略」や「植民地支配」をわびた村山首相談話について、あるいはA級戦犯を裁いた東京裁判についても言葉が煮え切らないのは、本音ではそれを認めたくないからに見える。「歴史を単純に善悪の二元論でかたづけられるのか」と、著書で強調している。 >

一方チャーチルについては、

< 実は彼が「古今東西の政治家で最も決断力に富んでいた」と言うのは、ナチスと真っ向から戦った英国のチャーチル首相なのだ。著書では、チェンバレン内閣の「宥和(ゆうわ)政策」が「結果的にナチスドイツの侵略を招いた」とし、断固たる信念で勝利に導いたチャーチルを高くたたえている。

 何やら北朝鮮に強硬姿勢をとる自分を重ね合わせているようでもあるが、おやっと思ったのは、安倍氏もナチスの行為については「侵略」と、こだわりなく断定していることだ。「歴史家に任せる」とか「善悪二元論はとらない」などとは書いていない。 >

< だが、これを侵略だと言うのなら、満州支配に飽き足らず、上海へ南京へと次々に進撃し、膨大な被害を与えた日本の戦争は、なぜ侵略だとすっきり言えないのか。

 チャーチルの警告を無視し、ヒトラーと手を結んで米英と戦った日本の是非も、やはり「歴史家に任せる」というのだろうか。シュピーゲルが問いたいのは、そういうことではないか。

 そもそも、いまさら「歴史家に任せる」もなかろう。満州事変からの中国進攻はどう見ても侵略であり、見通しなき米英との開戦も愚かな選択だったというのが、まっとうな歴史家のほぼ一致した見方だからだ。「任せる」のなら、これに逆らうことはない。 >

< おじいさんの強さ、したたかさは見習うのがよい。同時に、その負の部分はクールに見てほしい。

 明日はいよいよ内閣総理大臣への就任だ。安倍さん、ここは新たな見識を示して、シュピーゲルを見返していただけないか。 >

安倍首相 祖父とチャーチルに何を見る

石破茂氏の愛国心-声高に言う人間は信用しない-

毎日新聞鳥取版では、「愛国心:どうなる日本」という特集を連載中ですが、
昨23日は自民党の石破茂氏が登場しました。

石破氏といえば防衛オタクが大臣になったといわれた防衛庁長官時代、あ
のギョロッと眼をむいて、皮肉っぽい言い方をする風貌から、何となくタカ派
的イメージを描いていましたが、このインタービュー記事を読んで、見直した
しだいです。彼の愛国心論を要約すると、

< 男女の愛情と同じで、「愛国心」にも良い面も悪い面も正面から見据える
理性と勇気が必要だろう。ただ、内面で密かに思うものなので、声高に言う人
間は信用しない。教育基本法に定めても、日本が検定教科書である限り思想
信条の自由を侵す心配は少ないが、かといって定めてどうなるものでもない。>

ということのようです。

<そもそも、育てようとして育つものでなく、元々あるものだ。私は国民の祝日
には必ず、門前に国旗を掲げる。我が家では、それが子どもの仕事だった。今
では鳥取の自宅周辺でも少なく、国旗が風呂敷売り場で売られているのを知
らない人も多いだろう。>

そういえば、私も子供のころ祝日には門前に国旗を掲げるのが仕事でした。誇
りを持って、喜んでしていました。しかし国旗を掲げないと、町内会長の怖いお
じさんに叱られたり、特高さんのブラックリストに載るようなことは、子供でしたか
ら知りませんでした。ところで安倍さんが子供のころは、国旗を掲げていたので
しょうか?

< 教育の効果はすごい。防衛を専門にやるようになったのは、北朝鮮の現状
を視察したのがきっかけだった。当時の指導者は金日成で、子どもから高齢者
までが「素晴らしい!」と徹底的に教えられ、信じている。中国や韓国の歴史教
育も見てほしい。愛国心を作るのは簡単だ。>

まさにそういう愛国心教育を、私たち軍国少年OB・Gは生れ落ちたときから叩き
込まれて、育ったのです。今の中国や韓国の愛国心教育なんてものの比ではあり
ません。たぶん北朝鮮にほとんど近いものだったと思えます。石破氏は戦後生ま
れで、もちろん皇国民教育の体験はありませんが、北朝鮮の教育を見て、それを
理解しうる珍しい戦後世代と思います。

< だから、教育目的に愛国心を規定するのは難しい。かの国のようになりたくは
ないし、今のように自分の国を何となく嫌いになる教え方もよくない。さまざまな見
方を教えて議論できる教育が望ましいが、国の良い面だけ教えることにつながりか
ねず、国家主義的な教育をされる危険性がある。>

今後の“教育改革”にぜひ一家言を期待したいと思います。

< 最近は、自民党内の若い議員を見ても、怖い。過去の戦争を「すべて正しかった」
と考えていて、頭は大丈夫かと疑いたくなる。日中戦争は明らかに侵略戦争だし、韓国
併合は植民地化で、自衛戦争の面がある太平洋戦争でも、インドネシアの人を日本人
化しようとしたのは間違っていた。

 なぜ戦争を始め、途中で止められず、負けたのか--。そこから目をそらし、責任の
所在を不明瞭にするのは愛国心ではない。戦争を語ることがタブーとされてきた反動で、
「戦争に負けた」と教わった昭和40年代前半までとそれ以降の世代の分水嶺が消え、
社会が左から右に大きく振れている。

 この2~3年、大っぴらにナショナリズムが叫ばれ、不快だ。国は戦中、言論統制により
新聞など批判勢力を排除し、従わなければ「非国民」と斬り捨てた。なぜ同じことを繰り返
すのか。そんなやり方では、国を誤っても幸せにすることはあり得ない。愛国心をあおって
戦争し、負けたのが日本だ。>

このインタービュー記事と同じような内容の投稿をMLにすれば、「左より」といわれる時代
になってきました。このような記事を、御用新聞化しつつある全国版にもぜひ掲載してほし
いものです。


[「愛国心:どうなる日本-私の視点/11 声高に言う人間は信用しない」(毎日鳥取版、23日)


http://www.mainichi-msn.co.jp/chihou/tottori/news/20060923ddlk31040198000c.html



東京地裁の判決に関する各紙の社説(続)

国旗・国歌の強制は違憲とする東京地裁の判決に対する各紙の社説を、昨日に引
き続きご紹介します。これを見ますと、昨日の読売、産経以外はすべてこの判決を
支持しています。これ以外にも、割愛しましたが、教育現場いにより近い地方紙は
すべて支持です。


「国旗国歌判決『強制は違憲』明確に断」(中国、22日)
< 特に広島県内では九八年の「是正指導」を受けて国旗掲揚や国歌斉唱の徹
底が叫ばれ、〇一年から斉唱の声量報告も求められた経緯がある。指導の二年
後から国歌斉唱の実施率は100%になった。
 しかし、こうした姿勢が「学校管理や統制を強める手段になる」との指摘があった
のも事実だ。本来、子どもの能力や心を育てるはずの学校運営が教員らへの過度
の「監視」になってはいけまい。>
http://www.chugoku-np.co.jp/Syasetu/Sh200609220108.html

「やはり強制は行き過ぎだ 国旗国歌判決」(西日本、22日)
< 国民に広く定着したとしても、国旗掲揚や国歌斉唱に反対する人も少なからず
いる。「こうした人の思想良心の自由も公共の福祉に反しない限り、憲法上保護に
値する」とした今回の判決は、少なくとも当時の政府見解の延長線上にあるという
見方もできるだろう。
 判決はまた、「国旗・国歌に対する正しい認識を持たせ、それらを尊重する態度を
育てるのは重要」と指摘する一方で、都教委の通達や指導は教育基本法が規定す
る「不当な支配」に該当し違法?と認めた。>
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/column/syasetu/

「国旗・国歌 「心の自由」を侵害するな」(毎日、23日)
<「国旗、国歌は国民に強制するのでなく、自然のうちに国民の間に定着させるとい
うのが国旗・国歌法の制度趣旨である」。判決はそうも説いている。同法成立当時の
小渕恵三首相は「内心にまで立ち至って強制するものではない」と、「心の自由」を尊
重する国会答弁をした。教育関係者は原点に立ち返る必要がある。>
http://www.mainichi-msn.co.jp/eye/shasetsu/news/20060923k0000m070164000c.html

「国旗国歌*違憲判決が鳴らす警鐘」(北海道、23日)
<「日の丸、君が代」には、国民の間で多様な意見があるのも事実だ。五輪などで、日
の丸を振り、君が代を口ずさむのは、だれに強制されたものでもない。判決が、自然な
形で「国民への定着」を図るべきであると指摘しているのもうなずける。
 「国旗国歌法」が制定された一九九九年、政府は「強制しない」という国会答弁を繰り
返した。それなのに、東京都では逆の動きが加速した。
 道内では美唄市で今春、卒業式で教職員を起立させるためにいすを置かない小学校
も出た。道教委や市町村教委は、学校現場への高圧的な押し付けを慎むべきであろう。>
http://www.hokkaido-np.co.jp/Php/kiji.php3?j=0032

「国旗国歌訴訟/「行き過ぎ」が指弾された」(神戸、23日)
< オリンピックやサッカーW杯で私たちは日の丸を振り、君が代を唱和する。だれかに強
制されて、あの光景は生まれない。「自然のうちに定着させるのが国旗国歌法の趣旨で
あり、学習指導要領の理念」という指摘は、多くの国民の思いと重なる。
 同法が成立した時、政府が「義務づけは考えていない」と強調したのも、そうした認識が
あったからではないか。>
http://www.kobe-np.co.jp/shasetsu/0000119256.shtml

東京地裁の判決に関する各紙の社説

昨日の「国旗・国歌の強制は違憲とする東京地裁の判決に対し、いろいろなご意見
が出ていますが、例によって今朝の各紙の社説をご紹介します。

「国旗・国歌 「強制は違憲」の重み 」(朝日)

<日の丸や君が代はかつて軍国主義の精神的支柱として利用された。いまだにだれ
もが素直に受け入れられるものにはなっていない。教職員は式を妨害したりするのは
許されないが、自らの思想や良心の自由に基づいて国旗掲揚や国歌斉唱を拒む自
由を持っている。判決はこのように指摘した。>
http://www.asahi.com/paper/editorial.html

<[国旗・国歌訴訟]「認識も論理もおかしな地裁判決」(読売)
どの国の国旗・国歌であれ、セレモニーなどの場では自国、他国を問わず敬意を表す
るのは当然の国際的マナーだ。
 「入学式や卒業式は、生徒に厳粛で清新な気分を味わわせ、集団への所属感を深
めさせる貴重な機会だ」。判決は結論部分でこう述べている。
 それにもかかわらず、こうした判決に至ったのは、「少数者の思想・良心の自由」を
過大評価したせいだろう。>
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20060921ig90.htm

「君が代訴訟 公教育が成り立たぬ判決」(産経)
裁判長は「日の丸、君が代は、第二次大戦が終わるまで、軍国主義思想の精神的支
柱だった」とも述べ、それに反対する権利は公共の福祉に反しない限り保護されるべ
きだとした。これは一部の過激な教師集団が国旗・国歌に反対してきた理由とほとん
ど同じだ。裁判所がここまで国旗・国歌を冒涜(ぼうとく)していいのか、極めて疑問
である。
http://www.sankei.co.jp/news/060922/edi000.htm

「国旗国歌判決 『押しつけ』への戒めだ」(東京)
 問題とされたのは一律の「押しつけ」だ。一九九九年の国旗国歌法の成立時に、小
渕恵三首相もわざわざ「新たに義務を課すものではない」という談話を発表していた。
 それにもかかわらず、都教委が「強制」を繰り返すことへ、司法がストップをかけたの
である。都教委は判決を厳粛に受け止め、これまでの高圧的な姿勢を改めるべきだ。
http://www.tokyo-np.co.jp/00/sha/20060922/col_____sha_____002.shtml

今日は何の日

12月8日が何の日か知らない若者がいると、嘆く大人でも、今日9月18
日が何の日か憶えている人は少ないでしょう。今日は満州事変勃発75
周年記念日なのです。


75年目に柳条湖で起こった事件をきっかけに、日本軍は、満州事変、
日中戦争、太平洋戦争という、いわゆる15年戦争に突入します。です
から日本の戦争を語る場合は、この長いスパンで考えなければなりま
せん。


大東亜戦争はアジア解放の戦争だった、アメリカの謀略に乗せら開戦
下などと言う人は、まずこの1931年9月18日に遡って勉強する必要が
あると思います。


しかし日本のマスメディアは、9:11の5周年は大きく採りあげても、
9:18の75周年のことはほとんど採りあげません。一方被害国の中国
では、瀋陽市柳条湖近くにある「918歴史博物館」には、開館から7年
で日本人約8万人を含む計700万人以上が来館し、「勿忘国恥」と若い
人たちにも語り継いでいます。ここにも日中の歴史認識の差が生まれ
る原因があります。


「918歴史博物館」 7年で700万人以上が来館
http://j.peopledaily.com.cn/2006/09/18/jp20060918_63128.html

靖国批判 米国からの問いかけ

先にアメリカ議会で、首相の靖国参拝や遊就館の展示に批判が出てい
ることをご紹介しましたが、今朝の朝日新聞の社説はこれについて論
評しています。


「靖国批判 米国からの問いかけ」
< 日中関係の冷え込みは米国のアジア戦略に好ましくない、という
分析的な判断からだけではない。「自存自衛の戦争であり、侵略では
ない」「東京裁判は認めない」といった主張が首相の靖国参拝で勢い
づいたことに対し、あの戦争の当事者である米国に困惑と反発が生ま
れているのだ。問われているのは、やはり日本の歴史認識である。


 小泉首相は靖国参拝を批判するのは中国と韓国だけだと言い続けてき
たが、それは政府の公式発言に限っての話だ。首相の参拝を批判するシ
ンガポールのゴー・チョクトン上級相(前首相)は「この件に関して日
本は外交的に孤立している」と明言している。


 「内政干渉」と退けるのは筋違いだろう。彼らが問題にしているのは、
彼らも戦い、あるいは巻き込まれた戦争についての歴史認識だからだ。


 日本は、戦前の軍国主義を否定し、米占領下で民主主義に生まれ変わ
った。そんな日米同盟の原点をなおざりにするのは看過できない。米議
会の論議はそう問いかけているのではないか。


 「自由と民主主義」の連帯を次の政権も掲げるのなら、米国からの問
いかけをきちんと受け止めるべきである。 >
http://www.asahi.com/paper/editorial.html

安倍晋三氏と「階級史観」

昨日の「安倍晋三氏と周恩来発言」に対し、経済学者のNさんからコメントをいただきましたが、その中の次のような一節がありました。


<安倍候補は、なぜ、なじみが薄く、わかりにくい階級史観という表現を使ったのか。自分で考えたのか、入れ智恵されたのか。
どちらにせよ、この表現の背後には、現在の中国に対する反感・侮蔑感があると思います。>

専門家のNさんにもなじみが薄いというということですから、”階級史観”というは、社会科学では正式に使われない用語でしょうね。どうも「つくる会」やその同調者が使う言葉のように思われます。

安倍氏の思想や歴史観は、いわゆる5人組といわれるブレーンに影響されていることが多いと思います。5人組というのは、下記新聞記事に詳しく紹介されています。

「安倍人脈:次期政権像を探る/1 ブレーン政治」(毎日、8月29日)
http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/seitou/news/20060829ddm005010075000c.html

「 『安倍氏ブレーン』どんな人?」(東京、9月9日)
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20060909/mng_____tokuho__000.shtml

この記事にありますように、このメンバーは、従軍慰安婦の強制連行を認め、謝罪した「河野談話」を修正すべきと安倍氏に要請しています。「村山談話」はしぶしぶ認めそうな安倍氏ですが、もし安倍政権で「河野談話」を修正したら、中韓はもとよりアジア外交は破綻することでしょう。

次期首相に参拝中止要請 米大物議員の抗議相次ぐ

今日のワシントン発共同によれば、米下院外交委員会の重鎮、ラントス議員
(民主党)は、日本の次期首相の靖国参拝中止を要請したとのことです。また
同委員会のハイド委員長(共和党)も同神社内の展示施設「遊就館」の太平
洋戦争に関する説明内容を修正すべきだと主張しています。

「次期首相に参拝中止要請 米大物議員の抗議相次ぐ」
http://flash24.kyodo.co.jp/?MID=RANDOM&PG=STORY&NGID=intl&NWID=2006091501001131


「遊就館の説明修正要求 米下院委員長」http://flash24.kyodo.co.jp/?MID=DLT&PG=STORY&NGID=intl&NWID=2006091401005483

「遊就館」が、太平洋戦争の開戦責任はルーズベルト米大統領にあるとする
展示の内容を、最近見直すとの動きがありますが、これは安倍氏のネオコン
・ブレーンが、安倍政権の地ならしのため、靖国神社に働きかけたからといわ
れています。

歴史認識 日中の違いを認め合おう(産経)

昨日、「歴史認識 政治家が語れぬとは 」という朝日の社説をご紹介しましたが、
今朝の産経は、社説と「産経抄」で、それに反論するかのような所論を掲載して
います。

「歴史認識 日中の違いを認め合おう」
< 日清戦争からの半世紀を「侵略」とするなどの中国側の歴史認識を日本側
がどう受け止めたかという公式文書は見いだされていない。谷内正太郎外務事
務次官が「中国がそう言っていることをわれわれは事実として認識している。良
いとか悪いということについて、日本政府としての立場は基本的に明らかにして
いないのではないか」と述べている通りである。>
http://www.sankei.co.jp/news/060915/edi000.htm

「産経抄」
< ▼「日中国交正常化をしたときに、中国は戦争指導者と一般の日本国民を分
けて国民に説明した」という発言もナイーブ過ぎる。三十数年前も「日本軍国主義」
などと反日教育をしていた中国が、手のひらを返して国交を正常化するとなれば、
当時の首相の周恩来がそういう理屈をこねるのは当然で、わが国が受け入れた
事実はない。>
http://www.sankei.co.jp/news/060915/col000.htm

先の大戦についての日本政府の公式見解は1995年の「村山談話」でしょう。それ
には「植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対し
て多大の損害と苦痛を与えました」と述べられています。

安倍次期首相は、日中首脳会議の再開のため、やむを得ずこの「村山談話」を認
めるのではないかと思われます。そのとき産経はどう論評するか、楽しみです。

安倍晋三氏と周恩来発言

先の投稿でIさんが批判されました、1972年日中国交回復の際の、「中国人民
はごく少数の軍国主義分子と広範な日本人民とを厳格に区別してきました」との
周恩来首相の発言を、安倍官房長官が公文書に残っていないと無視したことに
対し、今朝の朝日新聞の社説も批判しています。


< 外交とは、水面には見えない交渉が下支えしている。国交正常化の際、中国
側はこの理屈で、まだ反日感情の強く残る国民を納得させ、賠償を放棄した。日本
はそれに乗って国交回復を実現させた。
 両国の共同文書には入らなかったが、そうした事情で困難な交渉がまとまったこ
とは、広く知られている。
 それを今になって「文書がすべて」と片づけてしまうのは、中国側の苦心に冷や
水をかけるものだ。あまりに一方的な議論ではないか。
 安倍氏の発想の根っこにあるのは、あの戦争を侵略戦争と言いたくないという
歴史観だろう。>


< 20世紀最大の戦争について歴史観を語れぬ首相が世界に通用するはずが
ない。>


「歴史認識 政治家が語れぬとは 」
http://www.asahi.com/paper/editorial.html


この安倍氏の発言に対しては、外務省も「そこまで言われるとは…」と驚き、安倍派
といわれる谷内正太郎事務次官も、賠償放棄を明記した72年」の日中共同声明を
念頭に「中国政府がそのような立場でずっときていることは事実として認識している」
と尻拭いをせざるを得ませんでした。


「安倍氏、靖国参拝問題で外務省と食い違い」(日刊スポーツ、12日)
http://www.nikkansports.com/general/f-gn-tp0-20060911-88711.html


こういう安倍氏に対し、海外のメディアは、中韓のみならず、欧米でもその歴史観や
憲法観について厳しい見方が目立っていると朝日新聞は伝えています。
 
「『タカ派』安倍氏に厳しい視線 海外メディアの総裁選評」
 http://www.asahi.com/politics/update/0914/001.html


ところで安倍氏が言った“階級史観”という言葉は、昔人間にはあまり馴染みがあ
りません。唯物史観とか、マルクス史観とかとどう違うのでしょうか? それにしても、
ごく一部の軍国主義者と一般の日本人民を分けるのが、“階級史観風”でしょうか?
どうもこの“階級史観”というのは一部の人たちが使っているようです。どなたか“階級
史観”の正しい定義を教えてください。

中国の恩を仇で返す安倍妄言について

MLへIさんからご投稿いただいたメールをご紹介します。Iさんは戦前から中国に住でおられ、戦争末期現地召集され、敗戦後は旧ソ連に抑留、帰国後はシベリア抑留者の補償問題に積極的に取り組んでおられる方です。

 私は戦前に中国に住み、戦後も1957年からたびたび訪れてこの国の人々に尊敬と親しみを持つ者です。私の中国の旅は前の戦争のお詫びから始まるのですが、例外なく返ってくる言葉は周 恩来氏の“いや先生、悪いのは一部軍国主義者のせいで、貴方も被害者の一人ですよ。関係ナイヨ”です。かくして入国の儀式は無事終わるのですが、この好意的な度量あふれる言葉が日本人用に作られたものではなく、実は苦渋の末に自国民を説得するためのものであることを偶然に知り、慄然とした記憶があります。

 日本の理不尽な侵略により殺され、犯され、奪われ焼かれ、甚大な惨禍を被った多くの人々の怨嗟は1世紀や2世紀で消え去るものではないことは、わが身に振り替えて考えれば容易に判ることです。被害者の心は恨みで激しく燃えていたのに中国は日本兵や戦犯、居留民をとがめることなく帰国させ、「暴に酬いるに徳を以ってす」と一銭も賠償を求めず請求権を放棄してくれました。我が国の今日あるのはこの温情に負うところが多い筈で、中国には足を向けて寝られない恩義があります。

 “その理解はやや階級史観風だ” と否定した安倍晋三談話を知り、私は腹が立つより恥ずかしい思いでいっぱいでした。知らずに言ったのなら余程の愚者で、知ってであれば忘徳漢、稀代の破廉恥漢であります。

 中国は自由化が進みITなどの普及で長らく抑えられていた戦争の怨恨と反日感情が一気に噴き出し、戦後60年にして漸く地表に現れたように思います。各地の戦争記念館も増えましたがこれは反日を意図したものではなく事実を保存したもので、これを咎めるならヒロシマ、ナガサキの記念館も許されないことになります。

 このような時の安倍妄言は加害者の思い上がりであり、被害者の古傷に塩を摺り込む以外の何ものでもありません。周 恩来氏の言葉は日本人にとってもまさにその通りではありませんか、いま靖国問題は戦争責任の検証にまで進展し、日本人自らの手でメスを入れて病根を抉り、その後始末をしない限りアジアの平和は覚束ないと思います。

 中国戦線で鬼のような蛮行を重ねた兵士らも靖国の英霊ですが、彼たちは戦争の被害者であるのか、加害者なのか? 空襲で親兄弟をやられたのはアメリカの爆撃手のせいであるのか? 重い問いかけに安倍はどう答えるのでしょうか。

親王誕生を祝して公立学校が国旗掲揚を強行

今日のインターネット新聞「JANJAN」は、次のように伝えています。

< 「新しい歴史教科書をつくる会」メンバーが執筆した扶桑社版歴史教科書を
採用している東京都杉並区の公立学校で、天皇家の親王誕生を祝して国旗の
掲揚が強行された。国旗掲揚は区教育委員会が各学校長に指示。区役所内
には記帳所が設けられるなど、地方自治体として異常な祝賀を繰り広げており、
「親王誕生を政治利用している」と批判の声があがっている。>

http://www.janjan.jp/area/0609/0609120076/1.php

国旗掲揚を3日間も強制するなど、まるで戦前のような、いや戦前以上の過剰
反応と思われませんか?

「村山談話」と安倍晋三氏(続)

昨日の自民党総裁候補の公開討論会において、谷垣氏が安倍氏に対し「村山
談話」をどう思うかと尋ねたのに対し、「歴史的に内外に発表した文章で、その
精神はこれからも続いていく」といったあいまいな表現で、一応認めるかのよう
な発言をしました。


また谷垣氏の「先の大戦にはいろいろな評価がされるが、少なくとも中国との戦
争は侵略であった」と安倍氏に向かって話しかけましたが、安倍氏が苦々しいし
い表情をしていたのが印象的でした。安倍氏はご承知のように、先の戦争の評
価は後世の史家に任せるべきと、歴史認識を明らかにするのを避けていますが、
彼のブレーンには「つくる」会の幹部が何人か入っており、彼がもともと「つくる会」
と同じ歴史認識を持っていることは明白です。


ドンとやる子飼いの歴史家引き連れて (今日の朝日川柳より)


最近中韓の両国は、こじれた対日外交の修復を志向して、日本との間で水面下
の交渉が続いているようですが、どうやら日中間では、「村山談話」を認めること
がひとつの落としどころになっているのではないでしょうか? しかし日中戦争は
侵略ではなかった、靖国参拝はするなどと、発言するならば、その苦心も水の泡
になるので、慎重に明言を避けているように思われます。


今後、彼を支持する国内のネオコン勢力と中韓の間に立って、安倍氏が一国の最
高責任者としてどういう考えで望むか、次期国会でも問題になると思いますので、
注目したいと思います。


「自民総裁選:安倍氏の歴史認識、論戦の焦点にも」(毎日、12日)
http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/seitou/news/20060912k0000m010096000c.html

特攻とは何か(森史朗著)

最近発刊されました森史朗著「特攻とは何か」(文春新書)について、「週刊文春」9月14日号に、梯久美子さんが書評を書いています。

特攻隊について書かれた本は多数ありますが、それらはほとんど命令された側、すなわち特攻隊員について書かれたものですが、本書は命令した側、すなわち特攻の創始者”といわれる大西瀧冶・元海軍中将が主人公になっているのが特徴です。

梯氏は、自著「散るぞ悲しき」で描いた、硫黄島の総指揮官だった栗林忠道・元陸軍中将と大西を対比し、次のように書いています。

<同い年だった大西と栗林は、タイプとしては正反対の軍人だが、勝利の望めないぎりぎりの状況の中で、自分の部下の死を意味あるものにしたいという思いのもとに戦い方を選んだことは共通している。その結果栗林は賞賛され、大西の選んだ方法は「統率の外道」とされた。両者ともその原点にあったのは、米軍の圧倒的な物量と技術力に次々と斃れていく部下の死を“無駄死に”にはしたくないという思いだったのではないか。>

また8月12日の産経新聞「正論」欄に作家の深田祐介氏も、この本を「戦争ノンフィクションとしては出色の完成度を示す秀作である」として、感想を書いています。

終戦時、14歳の中学2年生だったという深田氏は、特攻作戦いついて次のように書いています。

<私は「大東亜共栄圏の建設」やアジア植民地の解放に戦争の意味を感じ、この理想に憧憬を抱いていたが、陸海軍指導者の「特攻依存」「全国民特攻」の発想は「外道」どころか退廃と感じられ、子供心に戦争の大義を汚すものに思われたのである。>

作家・深田祐介 指導者の条件とは「狎れ」を恥じること」(産経、8月12日)

私は彼より2歳下の単純な軍国少年でしたが、あの当時でもこのように醒めた目で特攻隊を見ていた少年がいたことは驚きです。「特攻とは何か」をお読みになった方がおられましたら、ご感想をぜひお寄せください。

猪瀬直樹氏の靖国史観批判

作家の猪瀬直樹氏が「週刊文春」9月14日号に、靖国神社の遊就館を初めて訪れた感想を書いています。彼がまず驚いたのは、遊就館で上映されている映画「私たちは忘れない!」のナレーションの口調だそうです。

<北朝鮮のテレビ局の女アナウンサーとまではいかぬが、なんともいえぬ時代がかった不思議なテンションなのである。>

<孤立した日本は追い詰められていく。北朝鮮の女アナウンサーと書いたが、似ているけれど、少し違う。硬質でなく切ない詠嘆調だから。

ナレーションは、大日本帝国が追い詰められていく様を、さらに哀調をこめてつづける。桜井よし子になったつもりで、声に出して読んでいただくと雰囲気がつかめる。>

<お国のために死んだ英霊を祀るための神社だから、哀悼の気持ちを共有するための映画があってもよい。でも開戦責任を他に転嫁するプロパガンダはいけない。事実から眼をそらしたら英霊は浮かばれない。>

<日本がうまく罠に嵌ってくれた。おかげでアメリカ経済は復興した、という珍奇な説は歴史的な事実と異なる。とんでもないウソである。>

と、いわゆる靖国史観は、安っぽいロジックの“謀略史観”と痛切に批判しています。

「村山談話」と安倍晋三氏

昨日の記者会見で、安倍官房長官は歴史認識に関連して「先の戦争の評価は後世の歴史家に任せるべき」と相変わらずの発言をし、いわゆる「村山談話」を次期内閣が踏襲するかの問いに対しても、まことに歯切れの悪い答弁に終始しています。かねてから靖国参拝についても態度を明らかにしていず、これでは「闘う政治家」の名が泣くというものです。

この「村山談話」に関する発言について、今朝の朝日と産経の両紙は、対照的な社説を掲載しています。

安倍発言 村山談話を葬るな」(朝日)
<こんな基本的なところであいまいな認識しか示せなければ、安倍政権のアジア外交は根本から揺らいでしまう。日本外交が苦労して積み上げてきた信頼を一気に失うのは明らかだ。
 これが安倍氏のいう「主張する外交」なのか。安倍外交が大いに不安だ。>

村山談話 正すべきは意を尽くして」(産経)
<政府の連続性から首相談話の見直しは慎重になされなければならないが、正すべきは意を尽くして正すのが政府の責務であろう。>


「千鳥ケ淵を国立追悼施設に」 渡辺恒雄氏

読売新聞の渡辺恒雄会長は7日午後、社民党主催の「千鳥ケ淵戦没者墓苑・平和祈念施設提言委員会」で講演し、千鳥ケ淵墓苑を拡充し、無宗教の追悼施設にすることを提案しました。

「『千鳥ケ淵を国立追悼施設に』 渡辺恒雄氏」(産経、8日)

遊就館と昭和天皇の戦争責任

海軍兵学校出身の元特攻隊員で、現在キリスト教牧師の宗像
基氏が、教会の機関紙「バベル」の8月号に、何度目かの遊就
館を見学しての感想を書いています。

<行くたびに思うことは、明治以来の戦争に次ぐ戦争のすべ
ては天皇の命令によって遂行されたものであり、兵隊も国民
も一つになって天皇の「御心」に従ったのだ、だから日本の
したことはすべて正しく、悪いのは外国であり、日本国民の
至らなさが敗戦を招き、天皇の「御心」を悩ませた、だから
申し訳ないと二重橋の前に土下座をして謝る、という筋書き
で全ての展示がなされていることだ。これではすべての戦争
責任は天皇家にあると明言していることになるだろう。>


<いやあの頃の私は「心ならずも」特攻隊の一員となったわ
けではない。むしろ進んでなったのだから責任は重い。だか
らこそ命令をした天皇との連帯責任のなかにあるのだ。東条
などに責任を押しつけるのではなく、マッカーサーへの命乞
いのためでもなく、国民に対して、一人の責任主体として、
自分と天皇制の責任を明言すべきだろう。>

巨大な『無駄な死』だった

美シイ国

しばらくご無沙汰していましたが、また時々書き込みたいと
思いいます。

メディアも自民党総裁選で賑わっていますが、超本命の安倍
晋三氏のキャッチフレーズは、ご存じ「美しい国」です。先
日の立候補声明でも、「美しい国、日本」を連発していまし
た。

これを聞いて、もう何度かご紹介した文章ですが、私たちが
国民学校で習った修身の教科書の次のような一節を、やはり
思い出さずにいられません。

日本ハ春夏秋冬ノナガメノ美シイ国デス
山ヤ川ヤ海ノキレイナ国デス
コノヨイ国ニ私タチハ生マレマシタ
オトウサンモ オカアサンモ コノ国ニオ生マレニナリマシタ
オヂイサンモ オバアサンモ コノ国ニオ生マレニナリマシタ

日本ヨイ国 キヨイ国
世界ニ一ツノ神ノ国
日本ヨイ国 強イ国
世界ニカガヤクエライ国

前段の郷土や国土を愛し、誇りを持つ心は誰も否定できない
でしょう。ところがそれがどうして後段の「世界ニカガヤク
エライ国」に結びつくのか? そこに論理の飛躍があります。
しかし小学校低学年の子供にはそういう難しいことは分かり
ません。何となく日本は「美シイ国」→「世界ニカガヤクエ
ライ国」と、無垢の頭の中に偏狭なナショナリズムが刷り込
まれていったのです。

「美しい国」というのは誰も否定しないでしょう。しかし安
倍氏のいう「美しい国」の中身は一体どういうものでしょう?
まさか彼の後見人の元首相が言った「神ノ国」ではないでし
ょうが、”闘う政治家”の目指すのは「強イ国」のような気
がします。

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プロフィール

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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