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靖国とA級戦犯 天皇の「心」をどう読むか

今朝の朝日新聞のコラム「風考計」は、「天皇不快感メモ」から昭和
天皇の心を忖度した一文を書いています。

靖国とA級戦犯 天皇の『心』をどう読むか
< 首相は自分の「心」にこだわるだけでなく、天皇の「心」にも思
いを致すべきではないか。国民統合の象徴である天皇がわだかまりな
く追悼に訪れる場所をどう確保するか。それは「天皇の政治利用」ど
ころか、政治の務めというものだ。

 折しも福田康夫氏の不出馬で、安倍晋三氏が首相の座に近づいた。ミ
サイル発射の北朝鮮に対し、官房長官として国連決議をリードしたのは
その前触れか。だが、「自由と民主主義」の国際連帯に旗を振りたいの
なら、その象徴とかけ離れた「靖国」で、わざわざ連帯に水を差さぬ方
がよい。

昭和天皇の発言メモは「中国の横やり」とは訳が違う。小泉さんも安
さんも、思い切った発想転換へ、これはよい機会ではないだろうか>
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靖国問題に関する社説

今朝の新聞の内2紙が靖国問題を採りあげていますので、ご紹介しま
す。

「千鳥ケ淵墓苑 追悼施設の位置づけを 」(朝日)
<A級戦犯の分祀という打開策と並んで、この墓苑拡充案が注目され
ることになりそうだ。

 戦没者をどう追悼するか、自民党内の意見は割れている。合祀にせ
よ分祀にせよ、あくまで靖国神社を「唯一の追悼施設」と考えていく
のか。あるいは、別の施設を求めるか。墓苑の位置づけを玉虫色にし
たまま拡大するのは、妥協策ではあるかもしれない。

だが、今後の首相が、墓苑を事実上の追悼施設として受け止め、靖
国神社とは距離を置く姿勢を明確にしない限り、解決にはならないだ
ろう。>

アジア外交の再構築をめざせ」(日経)
< 私たちはA級戦犯を合祀(ごうし)する靖国神社に首相が参拝す
るのは好ましくないと主張してきた。中国がそう考えるからではない。
日本人の立場で歴史を振り返れば、そこに問題があると考えるからで
ある。靖国問題は外交政策の領域ではないが、国際的影響が大きい問
題でもある。分祀(ぶんし)、靖国改組、新施設建設、千鳥ケ淵戦没
者墓苑の拡充などの様々な議論が自民党内にもあるのはこのためだろ
う。

 日中関係は巨大な関係である。中国商務省によれば、2005年の貿易額
は1844億ドルで史上最高を記録した。反日暴動があり、中国側が「政冷
経涼」を警告し、日本側もそれを心配した年だったが、経済交流の拡大
傾向は続いた。しかし日中関係は靖国だけでもなければ、経済だけでも
ない。現在の日中関係は世界史のなかでもユニークな関係と歴史家は
考える。>

後継首相は参拝停止宣言を(A級戦犯の孫・東郷氏)

去る27日、A級戦犯として靖国神社に合祀されている広田元首相の遺
族が、合祀に反対しているというニュースをお伝えしましたが、今度
は同じくA級戦犯で合祀されている東郷茂徳元外相の孫で、元外務省
欧亜局長の東郷和彦氏が、「後継首相は参拝停止宣言を」と述べてい
ると、昨日の共同通信が報じています。

後継首相は参拝停止宣言を A級戦犯の孫の東郷元局長

「遊就館」への出品を旧厚生省が依頼

今朝の朝日新聞は、次のように報じています。

< 靖国神社にある戦争博物館「遊就館」の展示品収集にからみ、旧
厚生省が61年6月、都道府県に対し、BC級戦犯として死亡した人
の遺書や顔写真などを出品するよう遺族へのあっせんを依頼していた
ことが29日、朝日新聞社が入手した同省の文書でわかった。戦後に
廃止された遊就館が61年4月に「宝物遺品館」として一部復活した
時期に、靖国神社からの要望を受けて対応していた。一宗教法人への
国の便宜供与の一端が浮かび上がった。>

靖国『遊就館』の戦犯遺書、旧厚生省が収集依頼

これでますます靖国神社と旧厚生省の癒着ぶりが明らかになりました。

「支那」という言葉

最近ネットの中では、中国のことを「支那」と呼ぶ連中が多いようで
す。彼らが支持する石原都知事も、中国は正しくは「支那」と呼ぶべ
きだと主張していました。

しかし何千年という長い日中交流の歴史の中で、日本人が「支那」と
呼んだのは僅か数十年間に過ぎません。私たち70代以上の高齢者は、
その短い期間の中で生まれ育ちました。この世代は、当時「支那」
「支那人」という言葉に侮蔑の感情が込められていたことをよく知っ
ています。

ご承知のように、昔から中国に対しては、秦、漢、隋、唐、宗、明、
清など、相手国の呼称で呼んでいました。当時は相手のほうが先進国
で、日本人は敬意を払い、憧れていたと思います。

しかし日清戦争で日本が勝利を収め、彼我の国力が逆転してから、正
式の国名でない「支那」と呼び始めました。そこにそれまでの劣等感
の裏返しのような感情があったことは否めないでしょう。

「支那」の語源は、よく知られているように「秦」で、これは英語の
Chinaを始め、各国語の中国名の語源になっています。中国の公式な
英語名も"People's Republic of China"です。しかし中国自らが漢字
で「支那」と呼んだことはありません。

「中国」という国名が使われだしたのは、清朝末期の1912年に辛亥革
命によって「中華民国」政府が成立して以降と思います。しかしそれ
以降も日本政府は公式には「支那共和国」と呼んでいましたので、中
国政府は改めるよう申し入れ、日本政府も1930年10月29日に「中華民
国」と呼ぶよう閣議決定しました。閣議決定ですから、陸軍大臣も文
部大臣も署名したのだと思います。

しかしその後も軍部はもちろん、一般でも「中華民国(中国)」は使
われず、私たちも教科書で「支那」「支那人」と教わりました。子ど
もであった私は、戦後になって「中華民国」という正式の国名を知り
ましたが、当時の大人でも知らなかった人が多いようです。

MLでいただいた情報では、愛媛県のある村営墓地では、中国で戦死
した兵士の墓には、「中華民国XX省にて戦死」と刻んであるそうで
す。これは多分当時市町村が発行した戦死公報によるものと思われま
すが、これからも、戦時中でも中国の公式名称は「中華民国」であっ
たことが裏付けられます。

また、1941年6月に大政翼賛会東亜局が<この際支那人といふ言葉は
廃めて、今後は中華民国乃至中華人として呼ぶぺきだ>と提唱してい
ます。その前年の1940年に菊池寛が中国と呼ぼうと提唱したという説
もあります。

以上のようなことから、中国を「支那」と呼ぶべきだという説は正し
いとは言えません。かの石原慎太郎氏も、自分が生まれる前の1930年
に、「公式には支那を使わない」という閣議決定が行われたという経
緯を知ってからは、あまり「支那」を使わなくなったとのことです。

このように、「支那」という言葉についても、以上のような正しい歴
史認識が必要かと思います。長い日中の歴史の中で、「支那」という
言葉もいずれ死語となっていくことと思っています。

参考サイト:「『支那』の語源についての考察

靖国合祀の決定方法

今朝の朝日新聞は1面トップで次のように伝えています。

< 戦没者の靖国神社への合祀(ごうし)をめぐり、旧厚生省が19
56年2月の時点で、合祀者は国が決定するなど国主導で合祀事務を
実施するとの要綱原案をまとめていたことが28日、朝日新聞社が入
手した同省の文書で明らかになった。「厚生省が合祀者を決めて神社
に通知する」「合祀事務の体系は(靖国神社が国の管理下にあった)
終戦前のものに準じる」と記している。新憲法の政教分離原則に触れ
る疑いが濃く、2カ月後にできた要綱では、神社が合祀者を決め、国
は照会に応じるものと変更されたが、独立回復後に国が主体的に合祀
を進めようと構想していた実態が浮かんだ。>

靖国合祀、国主導の原案 『神社が決定』に変更

靖国神社の合祀者の決定には、現在でも国が大きく関わっているとい
うことは、今までもMLでの情報などで分っていましたが、そのこと
が改めて確認されたようです。しかし神社側がいまだに宮内庁にお伺
いを立てているというようなことは書かれていません。

戦地からの便り

次のサイトを戦争を語り継ごう -リンク集-」に掲載させていただ
きました。ぜひご覧ください。

戦地からの便り
1944年の湘桂作戦に従軍し,戦死を遂げた陸軍士官が、中国湖南省な
どの戦場から妻子に送った20通の手紙を公開

THE LETTERS FROM THE WAR FRONT
The letters which were sent to the family from the war front
in China by a military officer killed in the battle.

広田元首相の遺族は靖国合祀に反対

今朝の朝日新聞は、A級戦犯として靖国神社に合祀されている広田弘
毅元首相の遺族が、合祀に反対していると伝えています。

<A級戦犯が合祀された78年当時について、(孫の)弘太郎氏は
「合意した覚えはない。今も靖国神社に祖父が祀られているとは考え
ていない」と話した。靖国に絡むこれらの思いは「広田家を代表する
考え」としている。>

A級戦犯、広田元首相の遺族 『靖国合祀合意してない』」

また昨日のソウル発共同によりますと、日本の植民地時代に強制連行
された韓国人の生存者が本人の知らない間に靖国神社に合祀されてい
た問題で、そのうちの1人に靖国神社から、手続きの不備を認め合祀
対象から外すとの内容の手紙が届いたとのことです。

不備認め合祀対象から削除 韓国人生存者に靖国神社

英霊の分祀は教義上認めないとする靖国神社も、合祀が間違っていた
と認められたら、合祀対象から外すわけです。A級戦犯についても、
合祀から外すことは理論的にも可能なことが証明されました。広田元
首相のご遺族もぜひ靖国神社へ要請されるべきでしょう。

国に選別される死者

昨日の朝日新聞夕刊のコラム「論壇時評」に、政治学者の杉田敦氏が、
靖国問題について書いています。

杉田氏は靖国神社が戦没者を祀る基準は「国策」との関係であると述
べています。いくら戦争犠牲者であっても民間人は祀られないのはそ
のためで、これらの人は度外視して置き去りにされており、それは現
在の格差社会にも通じると主張しています。

彼は同じ靖国参拝派でも、「同床異夢」ともいうべき次のような違い
があると言います。

<自らの父や夫の死を悼む遺族感情の延長上に靖国を位置づけようと
してきた人々がいる。しかし、戦死の崇高さを強調して国家を維持す
るための装置として靖国をとらえる側からは、そうした感情は国家の
絶対性・神聖性を損なうノイズとさえ見なされうるのである。>

「心の問題」が口癖の小泉首相は、どちらかというと前者の考えで、
人々の素朴な感情に訴えようとしている感じがします。「国のために
殉じた人々に尊崇の念を表する」が口癖の安倍官房長官は、明らかに
後者の立場でしょう。

この二人は、東京裁判、A級戦犯についての考えも少し違うようです。
小泉内閣は、過去のの侵略や植民地支配を謝罪した「村山談話」や、
従軍慰安婦を認めた「河野談話」を踏襲しました。安倍内閣になった
ら、はたしてどうなるのでしょう?

埼玉県の平和資料館 「南京大虐殺」隠す 

埼玉県が設置している県平和資料館が、昨年3月から常設展示してい
る年表中の「南京大虐殺」の語句と当時撮影されたとされる写真の上
にテープを張り、隠していることが分りました。

年表の『南京大虐殺』隠す 埼玉県の平和資料館」(共同通信、26
日)

また年表上の「従軍慰安婦」の記述についても、「慰安婦はいても従
軍慰安婦はいない」などとした上田清司知事の6月議会での答弁を受
け、変更を検討することになりました。

県平和資料館協:『従軍慰安婦』修正、次回以降に検討」(毎日埼
玉版、26日)

真珠湾攻撃は東条の判断(昭和天皇回答)

今朝の朝日新聞大阪本社版は1面トップで、終戦直後に昭和天皇が米
紙記者の質問に回答した文書の控えが宮内庁で見つかったと報じてい
ます。

これによりますと、通告なしに真珠湾を攻撃したのは、当時の首相の
東条英機の判断だったと回答しているとのことです。これは、天皇の
戦争責任を回避する意向が、日本側、GHQ側、双方にあったことを
反映したものとのことです.


昭和天皇が海外記者と会見 宮内庁で文書控え見つかる

徳富蘇峰「終戦後日記」

戦前の言論界の重鎮で、国粋主義の立場から戦争を鼓吹した評論家の
徳富蘇峰が終戦直後に残した日記が、このほど講談社から「終戦後日
記-頑蘇夢物語」として刊行されました。「無条件降伏への憤り、昭
和天皇への苦言から東條、近衛らへの批判と大戦の行方を見誤った悔
悟の念を赤裸々に語っている」とのことです。

7月11日の読売新聞では、蘇峰の「昭和天皇の戦争責任論」について、
次のように書いています。

< 45年9月2日の項では「戦争に一貫したる意思の無きこと」が
敗因だったとした上で、「今上陛下の御親裁と、明治天皇の御親裁と
は、名に於て一であるが、実に於ては全く別物である」と戦争指導に
後ろ向きだった昭和天皇を明治天皇と比較しつつ批判。また、同4日
には「御自身を戦争の外に超然として、戦争そのものは、その当局者
に御一任遊ばされる」姿勢が「敗北を招く一大原因となった」とも語
っている。>

天皇の戦争責任についても、いろんな視点があるものですね。読んで
いないから分りませんが、これは戦争を起こした責任よりも、戦争に
負けた、あるいは負け方への責任を問うもののように思えます。

今日の産経新聞のコラム「産経抄」は、この日記を紹介し、ついでに
いわゆる富田メモの公表を批判しています。

http://www.sankei.co.jp/news/column.htm

靖国問題についての世論調査(朝日)

昨日の毎日に続き、今日は朝日が、次期首相の靖国参拝に反対60%、
賛成20%という世論調査の結果を発表しています。他のメディアの
調査を見てもほぼ同じような傾向で、昭和天皇の発言メモの影響が
大きく表れているようです。

<朝日新聞社が22、23の両日実施した全国世論調査(電話)で、
次の首相の靖国神社参拝の賛否を尋ねたところ、反対が60%を占め、
賛成の20%を大きく上回った。今年1月の調査では反対46%、賛
成28%で、今回、反対が大幅に増えた。小泉首相が9月末までの任
期中に参拝することについても反対が57%にのぼり、賛成29%の
ほぼ2倍だった。昭和天皇が靖国神社へのA級戦犯合祀(ごうし)に
不快感を示していた発言メモが明らかになり、首相参拝の是非を考え
る上で、この発言を「重視する」と答えた人は6割を超えた。 >

http://www.asahi.com/national/update/0725/TKY200607240658.html

この結果を踏まえ、朝日新聞は今日の社説で、総裁候補は靖国参拝に
ついて語れと主張しています。

< 行くか行かないかの踏み絵ではない。なぜそう考えるのか、この
先、この問題をどう処理するのか、世論が次の首相候補から聞きたい
のはそこである。 >

靖国参拝 総裁候補は考えを語れ

日経スクープは「経済界の陰謀」?

昭和天皇の発言メモについては、その後いろいろな意見が飛び交って
いるようですね。東条英機のお孫さんが、中国と関係を深めたい経済
界の陰謀…と言ったとか。

確かに、あのスクープのバックには経済界があるという説も流れてい
るようです、私も最初このニュースが日経のスクープと聞いたときも、
そういうことが頭に浮かびました。

今日発売の“AERA”に日経スクープの裏話や、「経済界と日経の
二人三脚説」の解説が掲載されていますので、その概略をご紹介しま
しょう。

このメモを書いた富田朝彦氏は元海軍主計士官で、戦後警察庁の官僚
となり、最後は宮内庁長官として昭和天皇とは意気投合する関係にあ
ったとのことです。

その彼が棺桶まで持っていくと言っていた日記やメモを、死後寝室の
奥から夫人が見つけ、昨年秋たまたま自宅へ訪ねてきた顔なじみの日
経の記者に手渡したのです。どうもとくに意図的に日経に流されたも
のではないようです。

それ以降、このメモは日経の社内でも極秘にされ、発表のタイミング
を見計らっていたのでしょう。報道された20日は、ちょうど安倍官房
長官の政権構想を発表する著作「美しい国へ」が出版された日でした。
そこで安倍氏の靖国肯定論を牽制する意図があったとする見方が出て
きたのです。

経済界はかねてから中国との関係を改善しようとしない小泉政権にい
らだちを募らせていました。日本経団連の奥田前会長や今井名誉会長
たちは、小泉首相を囲む会でたびたび靖国参拝の自粛を要請しました
が、首相は何回目かに、とうとう「何度言ったら分るんだ」と本気で
怒り出したそうです。

たまたまメモが報道された日の昼に開かれた日本経団連の会合では、
「献金額を決めるときに、外交政策も評価すべきではないか」といっ
た発言まで飛び出していました。メモが報道された後、ある財界の有
力者はこう言いました。「次の首相がだれだとしても、これで参拝す
るのは難しくなっただろう」

あの報道が「経済界の陰謀」かはともかく、いかに経済界が中国との
関係改善を望んでいるか、そのため首相の靖国参拝の自粛を望んでい
るかが、これらの事実からうかがえます。

靖国問題についての世論調査(毎日)

今朝の毎日新聞は、先週末行った世論調査の結果を発表しています。

それによりますと、次期首相の靖国神社参拝の是非については、「反
対」が54%、「賛成」が33%で、今年1月の調査で賛否各47%と二分
されていたのに比べ、反対派が大きく増えています。やはり昭和天皇
発言のメモが大きく影響したのでしょう。

http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20060724k0000m010132000c.html

またA級戦犯の分祀については、「賛成」が63%で、「反対」は23%
にとどまりました。さらに、「無宗教の追悼施設建設」の是非をめぐ
っては賛成64%、反対25%で、これは昨年11月の調査とほぼ同じ傾向
を示しました。

この結果について、毎日新聞は今日の社説で解説しています。

http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20060724k0000m010133000c.html

< 今回、注目されるのは、A級戦犯の分祀に63%もの人が賛成と
答え、無宗教の国立追悼施設建設にも賛成が64%に上ったことだ。
中韓両国だけではない。A級戦犯が合祀される靖国神社に対し、国民
の多くもわだかまりや疑問を持っている証左ではなかろうか。残る任
期はわずかだからこそ、首相は「国内で反対する人は中韓の言いなり」
などと決めつけず、国民の声に謙虚に耳を傾けた方がいい。>

首相の靖国参拝 世論も反対が増えている

戦火逃れた奇跡の遺産、姫路城(続)

今日の神戸新聞に次のような記事が掲載されています。

姫路城天守閣に焼夷弾が直撃、不発 1945年7月

この話は去る3月7日のブログにも書いていますように、すでに昨年の
7月31日付の岐阜新聞の記事に書かれています。

神戸新聞は、「二十二日、当時、不発弾処理にあたった元士官の証言
で明らかになった」と書いていますが、これから戦争関連の記事を書
かれる場合は、当ブログをよく参照してください。(^_^)

01年首相靖国参拝の真相

日経新聞は、例のメモのスクープを発表した19日、意図的か偶然か分
りませんが、編集委員の清水真人氏による「小泉純一郎の『8・15靖
国参拝』の深層」という記事を掲載しています。この記事では、01年
8月13日にに小泉首相が初めて靖国参拝をした時、15日か、18日か、
13日かを巡って、中国も関連して、さまざまな駆け引きがあったこと
を暴露しています。

「小泉純一郎の『8・15靖国参拝』の深層

首相が言う「心の問題」にしては、いかにも生臭い話ですね。

小泉首相は少し前までは今年の靖国参拝について、「沖縄では遺族に
参拝を続けるよう頼まれた」とたいへん意欲的でした。立花リポート
では目下たいへん悩んでいるとか、昭和天皇の「心」は無視して、は
たして悲願の8:15参拝は実現するのでしょうか?

靖国参拝論議に終止符 天皇の意思と小泉の決断(立花隆)

日経BPの「メディア ソシオ-ポリティクス」で、立花隆氏は今回の
昭和天皇発言メモに関し、今小泉首相は8:15の靖国参拝に向けて、
ひじょうに悩んでいるはずだと書いています。

<小泉首相にとりわけショックだったろうと思うのは、天皇のほうが、
小泉首相得意の「心の問題」の論理を使ってしまっていることだ。>

<といって、天皇は天皇、オレはオレとばかり、8月15日の靖国参拝
を強行するのだろうか。

それもありえないではない。信長大好きの小泉は、信長が一時は、日本
国から天皇を廃絶して、自分が日本国の新しい首長たらんとしていたと
いう説が有力であるということを知っているだろう。そしてそれに失敗
して、信長は自分の命を失う結末に終わったということも。

“小泉信長”は、憲法上は日本国のシンボルである天皇の意思(生前公
式には表明されていなかったが、今はっきり明らかになった意思)を無
視して、「オレさまこそ日本国の権力意思そのものである。日本国を法
律上代表するものである。中国も韓国も見よ。これがオレさまの心だ!
 それが天皇の心と食い違っても、これが日本国の代表者の心だ!」と、
堂々の8月15日公式参拝に踏み切るのか。いま小泉首相は悩みに悩み抜い
ているにちがいない。>

第78回 靖国参拝論議に終止符 天皇の意思と小泉の決断」(日経
BP、21日)

昭和天皇発言メモをめぐって

MLで、靖国神社の遊就館§展示室9【招魂齋庭】に、戦没者合祀名
簿について次のように書かれていると教えていただきました。

<「靖国神社への合祀に当たっては、天皇陛下のお手許に必ず戦没者
合祀名簿が天覧に供された。(中略)戦没者合祀は今に到るまで必ず
天皇陛下の叡慮を受けているのである。>

これが事実なら、まさに憲法に定める政教分離の原則に違反していま
すね。マスメディアはどうしてこのようなことを採りあげないのでし
ょうか? また靖国神社は、今回のメモに対して、A級戦犯合祀はち
ゃんと昭和天皇の“叡慮”をお受けしているとコメントしないのでし
ょうか?

今回のメモで、マスメディアによる大方の意見は、これでA級戦犯分
祀問題に弾みがつき、天皇の親拝も実現するような感じですが、果た
してそんなに簡単にいくか、次のような疑問があります。長谷川さん
はどのようにお考えでしょうか?

●靖国神社は下記URLのように分祀は絶対ありえないと主張してい
ます。もし分祀をするとしたら、それは靖国神社の教義をまったく
否定することになります。

「所謂A級戦犯分祀案に対する靖國神社見解」
http://www.senyu-ren.jp/1MOKU/1603.HTM

●分祀によって天皇の親拝も実現するとする向きもあるようですが、
しかし仮に分祀が実現したとしても、靖国神社が宗教法人である限
り、政教分離の問題がネックになるでしょう。天皇は憲法で国民の
象徴と定められていますので、その存在自体が公人と思います。

●また仮に靖国神社が政治に屈して、A級戦犯を分祀したとしても、
東京裁判を否定し、A級戦犯に戦争責任はないとする、いわゆる
“靖国史観”をも否定し、遊就館の展示も全面的に改めるでしょ
うか?

合祀反対のメモについての各紙社説(続)

昨日に引き続き、昭和天皇発言メモについては多くの新聞が、社説や
コラムで採りあげています。昨日の韓国紙の社説と併せて、ご紹介し
ます。国民がわだかまりなく戦争犠牲者を追悼できる施設を望む意見
が多いようです。

昭和天皇メモ*靖国問題への重い発言」(北海道)

昭和天皇発言 『合祀問題』への一石」(東京)

昭和天皇の靖国発言 心を重く受け止めたい」(中国)

靖国論争を深める契機に 昭和天皇の発言」(西日本)

靖国問題解決の好機に」(沖縄タイムス)

昭和天皇も問題視していた靖国参拝」(韓国・朝鮮日報、21日)

―コラム―

朝日「天声人語

日経「春秋

産経「産経抄

北海道「卓上四季

西日本「春秋」(21日)

沖縄タイムス「大弦小弦

これらのコラムで多く書かれているのが、昭和天皇は、好きな食べ物
とか、大相撲の好きな力士とかは、絶対に人前では話さなかったとい
うことです。かつて御前で演じられたマジックで、「さて、右の手で
しょうか、左の手でしょうか」と問われても、答えなかったほどです。
それだけにフラストレーションも強く、気が許せる側近には厳しい本
音が出たのかもしれません。

A級戦犯合祀反対のメモについての各紙社説

「昭和天皇はA級戦犯合祀に反対だった」との富田メモについては、
大きな波紋を呼んで、マスメディアでも詳しく報道しています。今朝
の主要新聞各紙の社説もいっせいに採りあげていますので、各紙のコ
ラムとあわせて、ご紹介します。

この中で、毎日の社説が<昭和天皇は、首相の靖国神社公式参拝にも
反対だった。>と書いているのも注目されます。

A級戦犯合祀 昭和天皇の重い言葉」(朝日)

靖国参拝をやめた昭和天皇の『心』」(読売)

昭和天皇メモ A級戦犯合祀は不適切だった」(毎日)

昭和天皇の思いを大事にしたい」(日経)

富田長官メモ 首相参拝は影響されない」(産経)

―コラム―

読売「編集手帳

毎日「余録

日経「春秋

東京「筆洗


名古屋で「戦争と平和の資料館」の起工式

名古屋市で「戦争と平和の資料館」(仮称)という施設の起工式が行わ
れたと昨日の中日新聞に記事が伝えています。

「“13年間の願い”やっと 戦争資料館、名古屋・名東区で起工式

この企画は、もともと愛知県と名古屋市が共同で進めていたと聞いて
いましたので、それが実現したのかと思いましたが、財政難などを理
由に計画が進まない中、民間の篤志家や有志のおかげで実現に到った
とのこと、まことに感動しました。

それで思い出したのは、東京都が建設を計画していました「平和祈念
館」のことです。これは知事が代わったことや、ネオコン都議らの反
対で、計画が凍結してしまいました。そのため作家の早乙女勝元氏ら
が中心となって、民間からの募金によって「東京大空襲・戦災資料セ
ンター」を完成させました。名古屋の場合も、財政難以外に何か問題
があったのでしょうか?

ともあれ、「官より民」のほうが血が通ったものになると思います。
完成しましたら、機会を見て訪ねたいと思います。

昭和天皇、A級戦犯合祀に不快感

今日のマスメディアはいっせいに、昭和天皇が75年11月を最後に靖国
神社に参拝していなかったのは、A級戦犯合祀に不快感を抱いていた
からだということが、元宮内庁長官のメモから判明したと報じていま
す。

昭和天皇『私はあれ以来参拝していない』 A級戦犯合祀」(朝日)

この報道に対するA級戦犯の遺族の感想と、識者の意見です。

昭和天皇:靖国合祀不快感に波紋…遺族に戸惑いも」(毎日)

昭和天皇がA級戦犯合祀をどう思っていたかについては、去る1月9日
に書いていますので、もう一度お読みになりたい方は、下記を開いて
ください。

昭和天皇はA級戦犯合祀に反対だった?」


沖縄の壕で見つかった遺品、ご遺族へ

最近、沖縄の南風原町津嘉山で沖縄戦当時の第32軍司令部(経理部)
壕が発見され、多くの遺品が見つかりました。そのうち名前入り歯ブ
ラシの所有者の遺族が判明し、このほど妹さん2人が壕を訪れ、涙の
対面をしたと、今日の琉球新報が伝えています。

<妹2人は戦後、沖縄戦に関する報道は注意深くチェックし、兄の軌
跡を追っていた。今回は新聞で遺品を知った知人から17日に連絡を
受けた。それ以来ずっと涙が止まらないという。遺品は南風原町より
返され、正人さんのおいの一廣さん(51)は「自宅の仏壇か、集落
の共同納骨所に納めたい」と話した。>

遺族と涙の対面 経理部壕で見つかった名前入り歯ブラシ

今回出土した遺品は5000点ということですが、持ち主が特定できたの
はこの1点だけだったとのことです。私も戦争遺留品の返還活動をや
っていて、ご遺族探しがいかに困難か、お返しできたときのご遺族の
感激はいかばかりかを、身をもって感じていますので、こういう記事
を読みますと、涙を禁じえません。

秋丸機関

”秋丸機関”というのをご存知でしょうか?1939年、陸軍内部に戦争
準備のため密かに作られた経済謀略機関です。班長だった秋丸主計中
佐(当時)の名をとってこのように呼ばれていました。

この機関は、有沢広巳氏をトップとする学者グループを集め、英米な
ど当時の仮想敵国と日本や独伊などの経済力の分析に当たりました。
その結果は、「対英米戦の場合、経済戦力の比は20対1程度と判断す
るが、開戦後二年間は貯備戦力によって抗戦可能、それ以後は我が経
済戦力は耐えがたい」というものでした。

昭和16年7月、この調査結果の陸軍省首脳に対する説明会が開かれまし
た。杉山参謀総長は、「調査および推論は完璧であるが、結論は国策
に反する」と講評し、「報告書は直ちに焼却せよ」と命じました。そ
して12月日本は戦争に突入したのです。

この秋丸機関いついて、秋丸氏のご子息がまとめられたHPがあります。

秋丸機関の全貌

このサイトの解説にはこう書いてあります。

<軍首脳は「調査、推論は完璧」としながらも「結論は国策に合わな
い」と不条理な論理で退け無謀な戦争へと突き進んでいく。狂奔する
時局の流れの中で正論を正視する的確な判断力を国家指導者が失って
いたと言える。そうした危険な潮流は半世紀たった現代にも潜んでい
るように思われる>

原爆投下を裁く国際民衆法廷の判決

広島市の原爆資料館で開かれていました、原爆投下の違法性を問う
「国際民衆法廷」は16日、米国のルーズベルト、トルーマン両元大統
領や元軍人、科学者ら15人を有罪とする判決要旨を発表しました。

詳しくは次の新聞記事をお読みください。

原爆投下、米元大統領らに『有罪』」(中国新聞、17日)

「原爆投下を裁く国際民衆法廷・広島」公式サイト

無視された「恒久平和調査局」

去る5月24日の「恒久平和調査局の設置を」で、民主、共産、社民の3党が
「恒久平和調査局」を新設する法案を衆院に提出したことをお伝えし
ましたが、その後この法案は一度もまともに議論されず、形式的に継
続審議となったしまったと、昨日の東京新聞「私説・論説室から」は
嘆いています。

< 最近、A級戦犯を裁いた「極東国際軍事裁判(東京裁判)」を肯
定、否定する立場を問わず、日本人自らの手で戦争責任を検証しよう
という動きが活発だ。与野党とも認識を新たにし、虚心坦懐(たんか
い)に一から議論してほしい。

「戦争を始めた情勢判断の誤り、なぜ戦争を終わらせることができ
なかったのか。厳しい検証を続けることは、わが国が今後、同じ過ち
を繰り返さないために、どうしても必要だ」

 河野洋平衆院議長は六月二十三日、沖縄戦の戦没者を悼む式典でこ
うあいさつした。重く受け止めるべきだ。

 この法案は国会改革でもある。議長の指導力に期待したい。野党も
本気なら、せめて議長に働きかけてみてはどうか。>

あの重要法案は…

「線香花火」そして「靖国」

今朝の産経新聞のコラム“産経抄”は、宮城道雄作曲の箏曲「線香花
火」から説き起こし、そして「靖国」に及んでいます。

< 多くの日本人は、花火の中で最も地味で小さな線香花火を愛して
きた。夏の風物詩であるからばかりではない。「まるで線香花火のよ
うに」と、比喩に使われる通りの「一瞬の輝き」や「はかない命」が、
日本人の死生観にぴったりとくるからなのだろう。

サクラの花をめでるのもそうだ。外国人からはグロテスクに見える
かもしれないセミのぬけがらにも「空蝉(うつせみ)」という優雅な
名をつけ文学にまで高める。短い生命に心を寄せ、はかなく散った命
を慈しむことが、「靖国」にまで通じる日本文化の根っこの所にある
のだ。>

しかしはたして今の「靖国」は、「線香花火」のようにはかなく散っ
た命を慈しんでいるでしょうか? 軍艦マーチをBGMに、天皇のた
めに華々しく散った“英霊”を讃える遊就館の展示を見ますと、まる
で「打ち上げ花火」に酔いしれているような感じがします。

大勢の報道陣を引き連れ、内外へのデモンストレーションよろしく参
拝する姿や、8月15日に軍服姿で行進する姿などを見ますと、はかな
く散った命をそっと偲ぶ場とはとても思えません。

最近の教育基本法をめぐる論議でも、美しい日本の風土や、伝統のあ
る日本文化から、愛国心を説く論法が多く見られますが、この産経抄
のような論法を読みますと、子どもの純真な心を利用して、皇国民を
育て上げていった戦時中の国民学校教育を思いだし、つい一言いいた
くなるのです。

戦争遺留品に関する日経記事

お読みになった方もおられると思いますが、去る11日の日経新聞夕刊
に、私どもがやっています戦争遺留品の返還活動の記事が記載されま
した。下記に切抜きの写真をアップしましたので、ご覧ください。

個人情報保護法 遺族探しの壁に

この記事は今年の1月12日に掲載しました「旧日本兵がフィリピンに遺
した手紙
」に関するものです。当初の取材の趣旨は、戦争中のフィリ
ピンで戦死の直前に旧日本軍兵士が書いた手紙がその現地にまま残さ
れているのを、何とか遺族にお届けするため、遺族探しをするという
ことだったのですが、取材後のデスクの判断で、個人情報保護法の問
題点を強調する内容になってしまいました。

私としては、個人情報保護法がとくにネックとなっているとは考えて
いないのですが、こういう記事になった経緯については、上記の切り
抜きの写真の下に注書きしていますので、詳しくはご参照ください。

前にも書きましたように、これらの手紙は、在フィリピンのアメリカ
人ピーター・パーソンズ氏が現在保管し、ぜひご遺族に届けたいと願
っておられます。この2月、一部の手紙を山形県のご遺族にお届けで
きたとき、彼は涙を流して喜んでくれました。そういう彼の心情に焦
点を当て、ぜひご遺族が見つかればといった記事を期待していました。

どうも1937年生まれのピーターや私(1933年生まれ)などの世代と、
新聞社のデスクや記者の世代との、戦争遺留品に対する意識の違いを
思い知らされた感じで、せっかく書いてもらった記事ですが、何か釈
然とした感じは否めません。

これらの遺品は、下記サイトの「手帳・日記・手紙」のページに
T009として掲載していますので、今後とも遺族探しにご協力をお願
いします。

旧日本軍人の遺留品

朝日新聞の戦争責任と自己批判

朝日新聞で連載中の「歴史と向き合う―第2部戦争責任」の最終回の
今日は、「新聞の戦争責任」すなわち朝日新聞の自己批判です。

前にも書きましたが、私が新聞を読み出したのは、太平洋戦争が始ま
った国民学校2年生のときからです。当時の新聞には漢字にルビが振
ってあったので、低学年の小学生でも読むことができたのです。

といっても、読むのはもっぱら「大本営発表」です。まるで今の子ど
もがワールドカップの記事を読むように、わがチームならぬわが皇軍
の赫々たる戦果に小さな胸を躍らせていました。当時の新聞が軍国主
義を煽り、国民を戦争へ駆り立てたことは、身に感じて知っています。

そのうち、朝日新聞に連載されだした岩田豊雄の小説「海軍」も熱心
に読みました。映画化されたときは、友達と真っ先に観にいきました。
あれで海軍兵学校に憧れた軍国少年は多いのではないでしょうか? 
今日の特集でも、その「海軍」のことを詳しく書いています。

特集では、1942年6月に朝日新聞社が発刊した子供向けの雑誌「週刊
少国民」のことも書いています。これは私には憶えがありませんが、
同じ歳で愛読者だった桜本富雄さんは、「いつか航空兵になる」と決
めていたそうです。しかし戦後まもなく、表紙はそれまでの少年兵や
特攻隊員の写真に代わって、子どもと談笑する米軍兵が載ったとのこ
とです。

<11歳の愛読者、桜本さんにはさしたる感慨はなかった。あらゆる価
値観が覆っていた。戦後幼稚園を経営した。子どもにはこう話すのが
常だった。「右向けといわれたら、左を見なさい」>

編集委員の反省の弁には、こうあります。

<たとえば、近隣国などへの憎悪や悪意をあおることが、いかに危険
なことか、あるいは、権力者の発表を検証せずに報じることが、いか
にその後の歴史に無責任となりうるのか―。

新聞の戦争への責任は、過去の話ではない。自戒したい。>

しかし今回の北朝鮮の弾頭無装備のミサイル発射については、朝日も、
読売も、毎日も、産経も、NHKも、いっせいに「北朝鮮ミサイル発
射、日本海に着弾」と報じました。冷静に「ロシヤ近海に落下」と報
じた日本のメディアはあったでしょうか?

新聞の戦争への責任は大きいが、盲目的に読む読者にも責任がある。
過去の話ではない。自戒したい。

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プロフィール

西羽 潔

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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