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有馬稲子が寄せ書きした日章旗

flag

(クリックすると拡大されます)

拙サイト「旧日本軍人の遺留品」へ、米カリフォルニア在住のある日
本人から戦争遺留品である日章旗を掲載してほしいとの依頼がありま
した。知り合いのアメリカ人のお母さんが戦時中フィリピンの病院で
看護婦をしておられた時、その病院で亡くなった日本兵から受け取ら
れた物で、元の持ち主に返したいとのことです。

この旗にはあいにく贈られた兵士の名前が書かれていなく、数名の人
の名前が寄せ書きされているだけで、それだけが手がかりですが、そ
の寄せ書きの中に、「中西盛子・十三才」という名がありました。

インターネットで検索してみますと、「中西盛子(みつこ)」という
のは、女優の有馬稲子さんの本名です。昭和7年生まれの彼女が当時
の数え歳で13才といえば昭和19年のことで、年代的には符合します。

そこでまたネットで有馬さんの連絡先を調べ、写真をメールで送った
ところ、やはりご本人が書かれたものと確認されました。もう一人寄
せ書きの中にある松永智恵子さんは、釜山(現・韓国プサン)第一国
民学校当時の同級生で、今でも親交があるそうですが、お二人の話か
ら、当時学校に宿泊した兵隊さんに贈ったものであろうとのことでし
た。しかし部隊名は秘密にされていましたし、兵士の名前ももちろん
わからないとのことです。

昭和19年(1944年)といえば、日本陸軍は旧満州に駐留していた兵力
を南方戦線に転進させていた時期で、釜山はその中継港として、多く
の部隊が輸送船待ちのため一時滞在していたといわれます。その時、
国民学校の児童たちが、先生に言われて、兵隊さんたちを励ますため、
こういう旗を贈ったのではないかと考えられます。

これでこの日章旗の元の持ち主のご遺族を探す一つの手がかりが見つ
かりましたが、これだけではまだまだきわめて難しいといわざるを得
ません。何か関連した情報がありましたら、些細なことでもけっこう
ですから、ぜひお知らせください。
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プロフィール

西羽 潔

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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