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“英霊 ”への献花より平和の誓い

本土決戦の“捨て石”とするという大本営の作戦に忠実に戦争を長引
かせ、多くの沖縄県民を巻き添えにした陸軍の牛島満司令官とは対照
的に、大田実海軍司令官は、陸軍からの南部への撤退要請を拒み、短
期決戦で部下とともに自決しました。

最期に打電した「沖縄県民斯ク戦エリ。県民ニ対シ後世特別ノ御配慮
賜ランコトヲ」という電文は有名ですね。

沖縄の人たちの多くは、陸軍の牛島司令官と長参謀長のことを今も呼
び捨てにしているようですが、海軍の大田司令官のことは「大田中将」
と呼んでいるそうです。

大田中将の長男・大田英雄氏の「“英霊 ”への献花より平和の誓い」
という言葉にも感銘を受けました。父が戦死したとき11歳だった英雄
氏は、戦後高校教師になり、平和教育に力を尽くされたそうです。こ
の父にして、この子ありですね。

2001年8月7日付の朝日新聞の記事をネットから、引用します。
--------------------------------------------------------------
「“英霊 ”への献花より平和の誓い」 
            
父は戦争末期、沖縄根拠地司令官として沖縄海軍部隊を指揮した。
少将だった。45年6月、幕僚らと自決。52年春、しゃれこうべになっ
て帰宅した。黒ずんだ頭蓋の脳天にピストルの弾が抜けた大きな穴が
あいていた。「お父さまよ」と母は言ったが、無様で嫌な感じがした。
頭蓋は33回忌を機に沖縄、豊見城の海軍戦没者慰霊之塔に納骨した。
家の墓には小指の骨が納まる。

小泉さんの靖国参拝は首相として疑問だ。為政者の過ちで大勢の人々
を死なせておいて、慰霊だけはするという話ではないと考えるからで
ある。内外にあれほど惨禍を与えた戦争への反省も感じられない。首
相は、国に命を捧げた英霊に哀悼の誠を尽すことのどこが悪いのだと
いう。しかし、日本の軍国主義や戦争に反対して殺されたり、獄中死
した人たちも、反対することで国家、国民に尽くそうと考えたに違い
ない。

英霊とは何か。靖国神社の前身は明治維新後にできた東京招魂社だ。
合祀された慰霊はそもそも「皇運挽回」のため命を投げ出した人々で
あった。私はそうした靖国思想自体が今日そぐわないと思う。県民の
四人に一人が死んだ沖縄で、父らは県民とともに、近代装備の連合軍
に竹やりで立ち向かおうとした。英霊に献花しなくても平和は誓える。
あの戦争は何だったのか、人々が平和に暮らすために政治はどうある
べきか、世界の指導者は話し合ってほしい。

 大田英雄さん  34年生まれ 元広島県立井口高校長

http://www4.ocn.ne.jp/~aoitori/yasukuni2.html
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プロフィール

西羽 潔

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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