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たまゆらの命 -ある元特攻隊員 -

今朝の北海道新聞のコラム「卓上四季」は、今月6日82歳で亡くなっ
た元特攻隊員の藤井貞雄さんについて書いています。

藤井さんは、同紙が昨年連載した「戦禍の記憶」がきっかけで、高校
生を相手に体験談を2回語られたそうです。しかし2回目の感想文約
200人分をもう読むことはできませんでした。その感想文の一つには、」
「好きだった桜の花が戦争のせいで嫌いになったというのがとても印
象的だった」とあったそうです。
http://www.hokkaido-np.co.jp/Php/kiji.php3?j=0033

「戦禍の記憶」で、藤井さんは次のような秘話も披露されておられま
す。

<翌日夕方、特攻指名を受けた。訓練は、空襲を避け千歳で行われた。
 飛行場中央の指揮所近くを目標に降爆訓練中、雲が出てきたため、
目標を市街地の真ん中の千歳郵便局に変えた。ところが、高度を下げ
すぎた一機が、郵便局向かいの農業倉庫に激突、乗っていた少尉が殉
職。さらに、近くにいた六歳の子供を含む男女三人も巻き添えになった
が、新聞やラジオは沈黙を守った。>

民間人を巻き込んだ千歳の事故について、藤井さんは「市街地に訓練
の目標を置くこと自体、軍隊のおごりがあった」と振り返り、「懐古
と慰霊だけではなく、何のために死んだのか問い詰めたい。それには
靖国との決別が必要」と語っておられました。

http://www5.hokkaido-np.co.jp/syakai/senkanokioku/no01/13.php3

謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
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教育勅語の訳文

一昨日教育勅語の現代語訳をご紹介しましたが、それも、下記サイト
にある高校の「現代社会」副読本のそれのほうが原文に忠実であるよ
うに思えますので、改めてご紹介します。

教育勅語を読んでみよう!」

現代語訳で、多くの教育勅語信奉派のサイトが引用しているのは、上
記のサイトにも紹介されている、“国民道徳協会”と称する正体不明
の団体による訳文です。しかしこれは戦後に作られたもののようで、
原文の持つ国粋主義的な色彩を薄めるため、かなりの意(違)訳がさ
れています。

例えば、

原文:
<一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ>

副読本:
<いったん国家に危急がせまれば、忠義と勇気を持って国のために働
き、天地とともにきわまりない皇室の運命を助けるようにしなければ
ならない>

国民道徳協会:
<非常事態の発生の場合は、真心をささげて、国の平和と、安全に奉
仕しなければなりません。>

私が軍国少年の頃は、副読本のように理解していたと思います。戦前
の教科書「尋常小學修身書 卷六」にも次のように書いてあります。

<もし國に事變が起ったら、勇氣を奮ひ一身をさゝげて、君國のため
に盡さなければなりません。かやうにして天地と共に窮ない皇位の御
盛運をお助け申し上げるのが、我等の務であります。>
http://www.asyura.com/sora/bd12/msg/504.html

なお明治40年に文部省が発表した英訳文は、下記サイトにありますが、
当然のこととはいえ、この方が国民道徳協会の訳文よりはるかに原文
に忠実です。

http://www.chukai.ne.jp/~masago/kyouiku.html

英語のほか公式のドイツ語版もあるそうです。これはネットでは見つ
かりませんでしたが、当然英語版と同じような内容でしょう。アデナ
ウアーが執務室に掲げていたとしたら、どういう訳文だったのでしょ
う?

アデナウアーと教育勅語

一昨日教育勅語について書きましたら、<戦後、ドイツのアデナウ
アーという首相が自分の執務室へ「教育勅語」を掲げていたそうだ>
というメールをいただきました。

それについて、図書館やインターネットで調べてみたが、「それは、
非常識なデマだ」という結論に達したとのご意見もありました。

私もGoogleで検索してみましたが、たいへん多くのサイトで同様のこ
とが書かれているものの、ほとんどすべて風説、伝聞によるもので、
原典らしきものは分かりませんでした。

ただ「にっぽん賛歌」(出雲井晶著)以外にもう一つ文献らしいもの
が書かれているサイトがありました。

<旧西ドイツの首相であったコンラッド・アデナウアーは、かつて日
本を訪れた際、教育勅語のドイツ語訳を読んでその素晴らしさに驚嘆
し、「日本人は如何にこのような尊い教育勅語を捨てたのであろうか。
その心底がわからない」と言い、教育勅語の原本とドイツ語訳を本国
に持ち帰り、これを自分の書斎に飾っただけでなく、当時の西ドイツ
の青少年に対して、日本の教育勅語について語り聞かせたという。
  参考文献 真正日本神道(中矢伸一/KKロングセラーズ)>
http://taniwa.hp.infoseek.co.jp/toki/zatuwa.html

とたいへん詳しく、まるで見て来たように書いてありますが、この
真正日本神道」も「神とともに」(神立学著)同様、宗教オンチの私には
残念ながらオカルト的にしか見えません。

Wikipediaにも、<経済再建の目標として日本の教育勅語のドイツ語
訳を執務室の壁に掲げていた。>という文言が、「コンラート・ア
デナウアー」の項の最後に唐突に書かれていますが、これは誰かが原
文に付け加えたものとも考えられます。

どなたかこの言説の原典をご存じないでしょうか?

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プロフィール

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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