スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

靖国問題 (高橋哲哉著)

首相の靖国参拝を評価するには、靖国神社が建立された目的、経緯や
戦争中に果たした役割などを学ぶ必要があります。昨年ベストセラー
になった高橋哲哉著「靖国問題」(ちくま新書、2005年4月)は、靖国
問題の入門書としてはきわめて優れていると思います。

以下は約1年前にMLに投稿した拙文です。

靖国神社を巡っては、宗教、文化、政治など実にいろいろな問題があ
りますが、高橋氏はこれを次の五つに整理して、明快に分析していま
す。

第一章 感情の問題―追憶と顕彰のあいだ
第二章 歴史的認識の問題―戦争責任論の向うへ
第三章 宗教の問題―神社非宗教の陥穽
第四章 文化の問題―死者と生者のポリティクス
第五章 国立追悼施設の問題―問われるべきは何か

東大大学院教授で哲学者の著作というと、何か難解ではないかという
イメージがありますが、高橋氏の文章は実に分かりやすく、かつ説得
力がありますので、たいへん読みやすいと思います。靖国問題に関心
のある方はもちろん、なぜ靖国神社の問題でこんなに騒がれるのかよ
く分からないという方にも、お奨めの本と思います。

スポンサーサイト

「靖国」日米にも影

今朝の朝日新聞大阪本社版の1面に、「『靖国』日米にも影」という
見出しで、日本の歴史問題への対応が、日本と中韓両国との関係だけ
でなく、日米関係にも悪影響を及ぼしかねないとの懸念が米国の日本
専門家の間で広がっている、という記事が掲載されています。

http://www.asahi.com/politics/update/0430/003.html

憲法9条の原型は昭和天皇の発言?

今朝の朝日新聞大阪本社版の社会面トップに、「9条の原型は天皇の
発言」という見出しの記事が掲載されています。憲法9条の戦争放棄
の考え方は、敗戦直後に昭和天皇が米国人記者に語った「不戦の誓い」
が原型になったとの見方に立ったドキュメンタリー番組が今深夜に放
映されるという内容です。

1945年9月25日、ニューヨーク・タイムズの記者が昭和天皇に単独会
見した際、「平和問題の解決は、勝者・敗者を問わず、自由な諸国民
が軍備に頼らずして融和することにある」と答えたということから、
そういう見方が出てきたようですが、その天皇の回答の原案は、幣原
喜重郎元首相が作成したものということです。

記事の全文は、
http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200604290030.html

ただしこのウェブ版には、紙面に掲載されている、五百旗頭真・神戸
大教授のコメントが載っていませんので、ご紹介します。

<天皇と、天皇にこのような発言をさせた幣原らが当時どれだけの覚
悟をもっていたのかはわからない。平和志向を語り、戦犯として追及
されるのを防ぐためだったのかもしれない。しかし、このような発言
が、結果的に戦後の日本を方向付け、憲法の平和条項の起点になった
とみてもよいだろう。>

昭和天皇は、戦後の連合国軍最高司令官・マッカーサーおよびリッジ
ウェーとの会見において、再三ソ連などの共産勢力の脅威に触れてお
り、リッジウェーとの二回目の会見では、「もちろん国が独立した以
上、その防衛を考えることは当然の責務であります。問題はいつの時
点でいかなる形で実行するかということになると思います」と明言し
ています。

このことから、五百旗頭教授の「戦犯として追及されるのを防ぐため」
という説は正しいのではないかと思われます。テレビ番組はその辺を
どう描いているのか、今深夜(日付は1日)午前1時10分から朝日放
送テレビで放映される「憲法誕生60年スペシャル 検証 私たちは
こうして戦争放棄を手にした」をご覧ください(ただし近畿地区でし
か見られないと思います)。

サイパン玉砕に生き残った父

テニアン島で沖縄出身の戦没者を慰霊する「沖縄の塔」が、落書きや
壊されたという事件に関連して、今日の沖縄タイムスのコラム「大弦
小弦」の筆者は、サイパン島玉砕に生き残った亡父の思い出を綴って
ています。

< サイパン玉砕が報じられた一九四四年七月十九日、外交評論家の
清沢洌は『暗黒日記』で、「そうした死に方は犬死にならないか」と
記した。戦死を美化した暗黒の時代をリベラルな目でみつめた希有な
知識人である。

 ある夏の日。父を連れて糸満市摩文仁の「平和の礎」を訪れた。刻
銘版に両親、弟妹の名前を見つけ、何度も手のひらでなぞっていた。
大理石を反射する日差しが顔を照らす。サイパンを思ったのだろうか。
涙がほおを濡らしていた。>

全文は:
http://www.okinawatimes.co.jp/col/20060429m.html

教育基本法改定についての各紙社説

教育基本法改定案が閣議決定され、今国会で審議されることになった
のを受けて、今朝の各紙はこの問題を社説で採り上げています。

教育基本法 『愛国』をゆがめないか」 (朝日)
< イラクで人質になった日本人が自衛隊派遣に反対していたとして、
自民党議員が国会で「反日的分子」と非難した。韓国や中国に強硬姿
勢をとらなければ「売国」だと言わんばかりの論評も目立つ。「売国」
や「反日」というレッテル張りがひどくなっている。

基本法の改正が、こうしたゆがんだ愛国心に拍車をかけないだろう
か。>

民主党も意見集約を急いでは」(読売)
< 鳩山、池田、中曽根の各内閣が是正を目指したが、そのたびに野
党や日教組が「軍国主義教育を復活させる動きだ」と反対し、改正を
阻んできた。

 平和国家としての戦後日本の歩みを見れば、もはや、戦前と無理に
重ね合わせた反対論が通用する時代ではない。>

教育基本法改正が問うもの」(日経)
< 教育基本法は理念法であり、法改正が直ちに子どもたちの教育と
現場の改革につながるわけではないが、あわせて提出される「教育振
興基本計画」では学力向上といじめや不登校の削減など具体的な課題
で5年ごとの政策目標を掲げる。画一化した教育行政の見直しも重要
な課題になる。教育行政の在り方も含めて十分な国会審議をすすめ、
新しい理念の下で知徳のバランスある人材育成を具体化する道筋を示
したい。 >

条文化にはなじまない 愛国心」(東京)
< 小泉純一郎首相は常々、靖国参拝を「心の問題」と強調している。

 自分の国を愛する、というような感情も、よい政治が行われ、国民一
人一人の安全や安心が担保されていれば、国民の心の中に自然と芽生え
てくるたぐいのものだ。基本法を改定してまで条文化することにはなじ
まない。>

国旗国歌法

今朝の朝日新聞大阪本社版の「声」欄に、和歌山市の47歳の主婦の方
の「愛国心持てる国造りこそ」という投書が掲載されていますが、そ
の中にこう書かれていました。

<昨春、次男の中学の入学式で国旗掲揚と国歌斉唱について、いろん
な考えを持つ人がいるので、歌わない自由、起立しない自由もお互い
に認め合いましょうとのアナウンスがあった。夫は着席したまま歌わ
ず、私は歌わなかったが、起立した。何事も強制はよくないと思う。
この学校のあり方に二人で感銘を受けた。>

公立か、私立かは書かれていませんが、こういう学校もあるのですね。

ご承知のように、東京都では国旗・国歌の強制に従わない教員は処罰
されました。高松市の教育長は「教師と児童・生徒には君が代を歌わ
ない自由はない」と言い、岐阜県知事は「国旗・国歌を尊敬できない
人は、国籍を返上していただきたい」とさえ言っています。

ところで1999年に施行された国旗国歌法(国旗及び国歌に関する法律)
というのはどういう内容か、改めて調べてみました。

(国旗)
第一条
1  国旗は、日章旗とする。
2  日章旗の制式は、別記第一のとおりとする。
(国歌)
第二条
1  国歌は、君が代とする。
2  君が代の歌詞及び楽曲は、別記第二のとおりとする。

http://list.room.ne.jp/~lawtext/1999L127.html

条文はただこれだけなのですね。しかも当時の小渕首相は「強制しな
い」と国会で明言しています。しかしこの法律が根拠となって、先生
が処罰されているのです。

教育基本法の改訂でも、いくら言辞を弄しても、同じような事態が起
こるのではないでしょうか?

神話と歴史教科書

斎藤彰さんの貴重なサイト「終戦前後2年間の新聞切り抜き帳」に、
「高天原はつくり話」という見出しの1946年3月15日付けの新聞記事
が掲載されています。文部省の官僚が、それまでの歴史教育にあった
神話を否定し、正しい歴史の見方をラジオ放送を通じて教えたという
内容です。

堕ちた偶像

今の若い皆さんには想像もつかないと思いますが、私たちが国民学校
(今の小学校)で習った“国史”(日本史)は、イザナギ、イザナミ
の「国生み」から始まっていました。「縄文・弥生」などの言葉を知
ったのは、戦後になってからでした。

「初等科国史上」の1ページ目には、次のような、天照大神が孫・ニニ
ギノミコトに与えとされる「神勅」が掲げられています。

<豊葦原の千五百秋の瑞穂の国は、是れ吾が子孫の王たるべき地なり。
宜しく爾皇孫就きて治せ。さきくませ。宝祚の隆えまさんこと、当に
天壌と窮りなかるべし>

国史の授業は5年生からでしたが、それまでも2年生の国語の「国引き」
を初めとして、教科書には神話がさかんに登場します。3年生前期の
「国語一」では24課中5課が、「修身一」では20課中4課が神話を扱っ
ています。上記の“神勅”もすでに分かりやすい言葉で引用されてい
るのです。

また旧制中学校でもやはり国史は天孫降臨から始まっていたそうで、
戦時下の盛岡中学」というサイトでも、良心的な歴史の教師が、
「国史の授業は歴史としてはっきりしている大化改新のところから始
めます」とさりげなく言って、神話の部分は端折られたと書かれてい
ます。

さらに小学校へ入る前でも、「アマテラスオウミカミ」や「ヤマトタ
ケルノミコト」などは、「モモタロウ」や「ハナサカジイサン」と並
んで絵本の主人公でした。こうした“英才教育”で、私たちは「日本
は神の国」ということを刷り込まれていったのです。1937年生まれと
いう前総理は、そういう幼児体験から未だに抜けきっていないようで
すね。

今また、いわゆる「つくる会」の「新しい歴史教科書」では、こうい
う神話が復活しているようです。私には、「古い歴史教科書」としか
見えません。

神武天皇の東征伝承 (新しい歴史教科書・第1章第2節)」


____________________

戦争中のユーモア

戦争中のユーモアといえば、有名なのが次のような標語のパロディで
す。

「ぜいたくは敵だ」→「ぜいたくは素敵だ」
「足らぬ、足らぬは工夫が足らぬ」→「足らぬ、足らぬは夫が足らぬ」

当時は戦意高揚や、生活の窮乏を我慢させるため、いろいろな標語が
作られました。しかし耳にタコができるほど聞かされた庶民は、この
ように言い換えて憂さを晴らしていました。おおよそ全体主義で言論
が統制された社会では、こういうギャグが流行るようです。旧ソ連の
アネクドート(小話)は有名ですね。

前にも何度か話題になりましたが、戦時中はまた替え歌が流行りまし
た。次のようなのは、私も聞いたことがあります。

見よ 東条の禿頭
ハエがとまれば、ツルッと滑る
滑って止って またすべる
止って 滑ってまたとまる
おお テカテカの禿頭
そびゆる富士も眩しがり 
あの禿どけろと 口惜し泣き
雲にかくれて 大むくれ

原曲は「愛国行進曲

金鵄(きんし)あがって 15銭
栄えある光 30銭
今こそ来たぜ この値上げ
紀元は 二千六百年
ああ 一億の民は泣く

原曲は「紀元二千六百年

きのう召された タコ八が
弾丸(たま)に撃たれて 名誉の戦死
タコの遺骨は いつ還る?
骨が無いから 帰れない
タコのかあちゃん 悲しかろ

原曲は「湖畔の宿

戦死者の墓

MLで、戦死者の墓はなぜ先が尖っているのか、国が指定したスタイ
ルがあったのか、という投稿がありましたが、そういうとやはり先が
角錐形に尖った形が多いようですね。今まで何気なくそういうものだ
と思って眺めていましたが、なぜ戦死者の墓のみそうなっているのか、
考えてみると疑問ですね。

ネットで調べてみますと、この形状は“神道型”といわれるようです。
三種の神器の一つである「天の叢雲の剣(あめのむらくものつるぎ)」
を模したという説があります。

たまたま先日神道の信者である親戚の墓にお参りすることがありまし
たが、そのときの写真を確認しますと、下記サイトにある神道型の墓
石とやはり同じでした。しかし軍人お墓は、一般的に角錐がもっと鋭
角のようです。

http://www.sudo-sekizai.co.jp/knowledge/katati/wagata.htm#sinto

軍人の墓は、先祖をまとめて祀る「××家累代之墓」の横に、「故陸
軍上等兵××××之墓」など個人の墓として建てられていることが多
いようです。一般の死者は“仏”、戦死者は国のために殉じた“神”
という思想に由来するものでしょうか?

いずれにしろ、戦死者の墓だけがわざわざ別に建てられているのを見
ますと、先立って亡くなった子を思う親の心情が篭められているよう
に感じます。

星に錨に闇に顔

戦時中お父さんが陸軍の補給廠に勤務していたので、食べ物には困ら
なかったという投稿がMLにありました。たいへん正直な告白です。
しかしわれわれ都会の子どもたちはほとんど、いつも腹をすかしてい
ました。白米のご飯などは夢のまた夢でした。同じ歳ながら空腹の経
験がないという友人は、米屋の息子でした。

清沢洌の「暗黒日記」に出てきます「世の中は 星に錨に闇に顔 馬鹿
者だけが行列に立つ」は有名な言葉です。星というのは陸軍、錨は海
軍を指します。闇というのは、正規の配給制度をかい潜った不法行為
です。顔はもちろんコネです。そういえば、今でもすぐ近くにそうい
う国があるようですね。

昨年、NHKテレビで毎日放映されました「あの日 昭和20年の記憶」
で、作家の杉本苑子さんは、戦後すぐ当時の首相であった東久邇宮の
屋敷に女中として住み込んだ時の、次のような体験談を話していまし
た。


奉公に上がったその日に、コックさんが「お苑さん、今日はいいマグ
ロが入りましたが、照り焼きにしますか、お刺身にしますか」と言っ
たので驚きました。闇市に行ったってマグロの刺身などは買えない世
の中でした。それがたかが一女中の夕食に出るのです。もちろんご飯
は白米で、毎日そのようなお食事が出ました。

台所の戸棚を開けると、もう何年もお目にかかれなかったカニの缶詰
などがぎっしり詰まっていました。内閣の事務官たちも食事をしてい
ましたが、私ども子供の時からだってそんなことをしたら怒られるの
に、お茶碗に点々とお米粒付けたまんま残してあるんですよ。


「欲しがりません、勝つまでは」と縛られていたタガから,敗戦で一
挙に解き放たれた庶民が、「国体は護持されたぞ。朕はたらふく食っ
ている。汝臣民飢えて死ね。御名御璽」というプラカードを掲げて皇
居に押し寄せたのは、その後まもなくでした。

戦災孤児

横浜の中華料理店主を殺害した、65歳の被告に無期懲役の判決が下さ
れました。死刑の求刑に対し、裁判長は情状酌量の余地ありとして無
期懲役の判決を下したのですが、戦災孤児としての被告の不遇な成育
暦にも言及しました。

戦災孤児といえば、以前MLで次のように書いたことがあります。
--------------------------------------------------------------
終戦翌年、旧制中学1年生のときだったと思いますが、神戸・三宮へ
映画を見に行ったことがあります。「三宮では浮浪児にたかられるぞ」
ということを聞いていましたので、用心していましたが、ある人通り
の少ない所を歩いていますと、向うからそれらしい少年が二人歩いて
きました。

もしたかられたら、帰りの電車賃以外のお金を全部あげようと考えつ
つ、ドキドキしながら近づくと、二人はこちらを見てにゃっと笑った
だけで何事もなくすれ違いました。内心ホッとしながらも、何となく
切ない思いをしたことを思い出しました。

あの少年たちも、今は古希を迎えたことでしょう。幸せな老後を送っ
ておられることを祈るばかりです。
--------------------------------------------------------------
上記の被告は、残念ながらこの祈りに反し、不幸な老後を送っている
ようです。もちろん65歳にもなるのですから、それは本人の責任でし
ょうし、犯した罪は憎むべきですが、同世代の一人として、戦災孤児
としての不遇の成育歴にも言及した裁判長を評価したいと思います。

今は幸い戦争はありませんが、毎年交通事故で数千人が亡くなり、そ
れによって一家の大黒柱を失った遺児も少なくありません。しかしそ
ういう場合も、多くの補償金や保険金が支払われ、またひき逃げ事故
の場合などは育成給付金が支払われる社会的な制度もあります。

それに比べれば戦災孤児の場合は、余りにも理不尽ですが、当時は国
も世間も同情はしても、充分な面倒を見る余裕はありませんでした。
当時のわれわれはお互い誰しも戦争によって大きな被害を受けたので
す。すべては戦争のせいです。

私たちが、そして日本国ができる戦争孤児たちへのせめてもの償いは、
、「二度と戦争をしない平和を守ること」だと思います。

正岡子規と護国神社

MLで、正岡子規が松山の護国神社に祀られていると教えていただき、
驚きました。調べてみますと、「愛媛県護国神社の御祭神は、国造り
の神・郷土愛媛の守り神」ということで、戦没者以外にも、旧藩主、
産業功労者、子規などの文化人それに警察官、消防団、自衛隊等の公
務殉職者まで祀られているそうです。また各地の護国神社も同じよう
な例が多いようです。

1968年に勤務中交通事故で亡くなった自衛隊員が、山口県護国神社に
合祀されました。クリスチャンである妻の中谷康子さんが、夫の合祀
取り消しを求めて提訴しましたが、1988年最高裁で逆転敗訴していま
す。

この件について、昨年9月20日の沖縄タイムスは、「沖縄と靖国」の
シリーズで次のように書いています。

< 二十年にも及んだ裁判は、康子さん自身にもあらためて戦争の意
味を問い直させた。国民学校時代に、自らも遺族の家庭を訪問し、農
作業や家事の手伝いをした。「裁判を通し、あの戦争が侵略戦争と分
かった」時に、幼い子どもとして戦争に協力させられ、また遺族も悲
しみを封じ込められた状況であることが分かった。

 「遺族の方は、自分の肉親がお国のために死んだと思っているが、実
際はどんな死に方をしたか知らない人が多い。餓死したり、密林をさま
よったりして、『英霊』という言葉で隠された、わが夫、わが子のもが
き苦しんだ末の死を直視した時に、遺族はどんな思いをするだろうか」

 英霊として、戦没者を美化することは「自分に続いて国のために死ね
ということ。若い人や子どもの頭にそれを植え付けていこうという動き
です」と指摘する。

 康子さんの提訴当時、山口県護国神社の殉職自衛官合祀は十二柱だっ
たが、二〇〇五年現在は四十五柱に増えている。また、裁判の過程で、
山口県以外でも、九州各県護国神社で殉職自衛官が合祀されていること
が分かった。

 康子さんは、「夫を英霊として護国神社に合祀しようとする自衛隊
は、新しい英霊づくりをしようとしている。『靖国』ではできないか
ら、やれる所からやろうという動きではないでしょうか」と指摘する。>

http://www.okinawatimes.co.jp/sengo60/kiji/yasukuni20050920.html

藤田嗣治の戦争画

多くの戦争画を遺した藤田嗣治については、戦争協力者としての批判
があります。しかし「アッツ島玉砕」や「サイパン島同胞臣節を全う
す」の作品を見ると、かならずしもそうはいえないと思います。この
二つの作品は、次のサイトで紹介されていますので、ご覧ください。

戦争を背負った画家/藤田嗣治

藤田嗣治が数多くの戦争画を描いたのは、彼の父が陸軍の軍医総監だ
ったため、軍部からの依頼が多かったからのようですね。しかし「ア
ッツ島玉砕」を描いた頃から藤田の戦争画は酸鼻なだけで、かえって
国民の戦意を喪失させるだけだ、との意見が軍部から出始めていたそ
うです。

死屍が累々と並ぶ様を描いた「サイパン島同胞臣節を全うす」は、
「戦争画」ではなく「殉教図」と呼んだ方がいいと、このサイトの筆
者も書いています。われわれが戦時中愛読した少年雑誌の口絵なら、
日の丸を掲げて最後の突撃をする日本兵の勇姿を描いたことでしょう。


そのサイパン島で、最後の切り込み攻撃をかけて玉砕した兵士が持っ
ていた日章旗が見つかりました。兵士の名は「小栗勝蔵」さんです。
拙サイト「旧日本軍人の遺留品」の「日章旗」のページにF050とし
て掲載していますので、何か情報があればぜひお知らせください。

旧日本軍人の遺留品


兵士の自殺

海軍兵学校出身の牧師・宗像基さんが、機関紙「バベル」の最新号で、
イラク帰りの自衛隊員の自殺に関連し、兵士の自殺について書いておられます。

<わたしの時代、旧海軍兵学校でも、軍艦でも私的制裁はひどかった。
「上官の命令は朕の命令」という絶対服従の掟があったし、私的制裁
も教育の手段として認められていたから、兵学校では私も散々にやら
れ、またやってきたことを告白する。軽巡洋艦木曽に乗ってからは、
将校として直接手を下すことはなかったが、下士官のひどい水兵いじ
めを黙認していた。映画「男たちの大和」にもその一場面があり、た
まりかねて抵抗する場面も出てくるが、もうすぐ全艦沈没というパニ
ック状況の中ではあったかもしれないが、およそ下級兵からの抵抗な
どは考えられなかったのだ。あの恐ろしい天皇制の呪縛が全軍を支配
していたのだ。

それでも我慢のできない水兵が艦を道連れに自殺をするということも
あったらしい。わたしが兵学校に在学中に瀬戸内海の柱島で戦艦陸奥
が自沈をしたが、我々の間ではひそかにある水兵の道連れ自爆らしい
とささやかれていたものだ。>

http://members.jcom.home.ne.jp/kashii-ke/babel/06-04/editorial.htm

戦艦陸奥の自沈は水兵が犯人らしいというのは、戦後になって聞きま
したが、すでに海軍部内ではささやかれていたのですね。1,121名も
の将兵がが犠牲になった戦艦陸奥の自沈については、下記サイトをご
覧ください。

陸奥記念館 戦艦『陸奥』 東和町

たまゆらの命 -ある元特攻隊員 -

今朝の北海道新聞のコラム「卓上四季」は、今月6日82歳で亡くなっ
た元特攻隊員の藤井貞雄さんについて書いています。

藤井さんは、同紙が昨年連載した「戦禍の記憶」がきっかけで、高校
生を相手に体験談を2回語られたそうです。しかし2回目の感想文約
200人分をもう読むことはできませんでした。その感想文の一つには、」
「好きだった桜の花が戦争のせいで嫌いになったというのがとても印
象的だった」とあったそうです。
http://www.hokkaido-np.co.jp/Php/kiji.php3?j=0033

「戦禍の記憶」で、藤井さんは次のような秘話も披露されておられま
す。

<翌日夕方、特攻指名を受けた。訓練は、空襲を避け千歳で行われた。
 飛行場中央の指揮所近くを目標に降爆訓練中、雲が出てきたため、
目標を市街地の真ん中の千歳郵便局に変えた。ところが、高度を下げ
すぎた一機が、郵便局向かいの農業倉庫に激突、乗っていた少尉が殉
職。さらに、近くにいた六歳の子供を含む男女三人も巻き添えになった
が、新聞やラジオは沈黙を守った。>

民間人を巻き込んだ千歳の事故について、藤井さんは「市街地に訓練
の目標を置くこと自体、軍隊のおごりがあった」と振り返り、「懐古
と慰霊だけではなく、何のために死んだのか問い詰めたい。それには
靖国との決別が必要」と語っておられました。

http://www5.hokkaido-np.co.jp/syakai/senkanokioku/no01/13.php3

謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

教育勅語の訳文

一昨日教育勅語の現代語訳をご紹介しましたが、それも、下記サイト
にある高校の「現代社会」副読本のそれのほうが原文に忠実であるよ
うに思えますので、改めてご紹介します。

教育勅語を読んでみよう!」

現代語訳で、多くの教育勅語信奉派のサイトが引用しているのは、上
記のサイトにも紹介されている、“国民道徳協会”と称する正体不明
の団体による訳文です。しかしこれは戦後に作られたもののようで、
原文の持つ国粋主義的な色彩を薄めるため、かなりの意(違)訳がさ
れています。

例えば、

原文:
<一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ>

副読本:
<いったん国家に危急がせまれば、忠義と勇気を持って国のために働
き、天地とともにきわまりない皇室の運命を助けるようにしなければ
ならない>

国民道徳協会:
<非常事態の発生の場合は、真心をささげて、国の平和と、安全に奉
仕しなければなりません。>

私が軍国少年の頃は、副読本のように理解していたと思います。戦前
の教科書「尋常小學修身書 卷六」にも次のように書いてあります。

<もし國に事變が起ったら、勇氣を奮ひ一身をさゝげて、君國のため
に盡さなければなりません。かやうにして天地と共に窮ない皇位の御
盛運をお助け申し上げるのが、我等の務であります。>
http://www.asyura.com/sora/bd12/msg/504.html

なお明治40年に文部省が発表した英訳文は、下記サイトにありますが、
当然のこととはいえ、この方が国民道徳協会の訳文よりはるかに原文
に忠実です。

http://www.chukai.ne.jp/~masago/kyouiku.html

英語のほか公式のドイツ語版もあるそうです。これはネットでは見つ
かりませんでしたが、当然英語版と同じような内容でしょう。アデナ
ウアーが執務室に掲げていたとしたら、どういう訳文だったのでしょ
う?

アデナウアーと教育勅語

一昨日教育勅語について書きましたら、<戦後、ドイツのアデナウ
アーという首相が自分の執務室へ「教育勅語」を掲げていたそうだ>
というメールをいただきました。

それについて、図書館やインターネットで調べてみたが、「それは、
非常識なデマだ」という結論に達したとのご意見もありました。

私もGoogleで検索してみましたが、たいへん多くのサイトで同様のこ
とが書かれているものの、ほとんどすべて風説、伝聞によるもので、
原典らしきものは分かりませんでした。

ただ「にっぽん賛歌」(出雲井晶著)以外にもう一つ文献らしいもの
が書かれているサイトがありました。

<旧西ドイツの首相であったコンラッド・アデナウアーは、かつて日
本を訪れた際、教育勅語のドイツ語訳を読んでその素晴らしさに驚嘆
し、「日本人は如何にこのような尊い教育勅語を捨てたのであろうか。
その心底がわからない」と言い、教育勅語の原本とドイツ語訳を本国
に持ち帰り、これを自分の書斎に飾っただけでなく、当時の西ドイツ
の青少年に対して、日本の教育勅語について語り聞かせたという。
  参考文献 真正日本神道(中矢伸一/KKロングセラーズ)>
http://taniwa.hp.infoseek.co.jp/toki/zatuwa.html

とたいへん詳しく、まるで見て来たように書いてありますが、この
真正日本神道」も「神とともに」(神立学著)同様、宗教オンチの私には
残念ながらオカルト的にしか見えません。

Wikipediaにも、<経済再建の目標として日本の教育勅語のドイツ語
訳を執務室の壁に掲げていた。>という文言が、「コンラート・ア
デナウアー」の項の最後に唐突に書かれていますが、これは誰かが原
文に付け加えたものとも考えられます。

どなたかこの言説の原典をご存じないでしょうか?

桜の季節 戦友への思い

ここ阪神間も、今日の雨でかなり散ってしまいました。

戦争末期、「桜花」という名前は美しいが余りにも非人間的な特攻兵
器がありました。これはいわば有人誘導式ミサイルというべき人間爆
弾です。詳しくは下記をご覧ください。

桜花(Wikipedia)」

今朝の朝日新聞兵庫版に、この「桜花」で散った戦友を偲んで満開の
花を眺める一人の元海軍軍人のことが紹介されていました。

桜の季節 戦友への思い/神戸の吉田さん


よろしければ我が家の近くの桜をどうぞ…。
夙川の桜

教育勅語

先ほどご紹介しました今朝の毎日新聞の社説に、<教育勅語を再評価
する森喜朗首相(当時)のもとで教育改革国民会議が00年、「郷土
や国を愛する心や態度を育てる」との報告をまとめ、今日へのレール
が敷かれた。>とありました。今の若い皆さんは“教育勅語”といっ
てもお分かりにならないでしょうが、70代以上の方ならきっといろい
ろな思い出がおありでしょう。

戦前・戦中の小学校(国民学校)では、祝日には全校生が登校して式
典が行われました。そのとき、礼装に身を正した校長先生が、白い手
袋に教育勅語を掲げ、うやうやしくそれを“奉読”しました。その間
児童たちは頭を垂れていなければなりませんが、当時の子どもは栄養
状態が悪かったので“洟(はな)垂れ小僧”が多く、あちこちで鼻水
をすする音がかならず聞こえてきたものです。

国民学校の祝祭日の様子は、今西崇浩さんの「『神の赤子』になり損
ねた少国民物語
」に詳しく書かれています。

教育勅語を知らない人のために、原文とその現代語訳をご紹介しまし
ょう。

http://www.assahi.com/kyouikuchokugo.html

このような今の大人でも難解な文章を、当時の小学生たちはお経のよ
うに丸暗記させられていたのです。

Wikipediaによれば、この教育勅語については当初次のような意見も
あり、かならずしも神聖化されたものではなかったとのことです。

<井上(毅)は当初、「立憲国家は臣民の良心に干渉すべきでない」
と勅語自体に反対したが、元田(永孚)の単独執筆では近代化そのも
のを否定する復古的な勅語を起草しかねないと危惧したために、自分
が主たる起草者となることを条件に起草に参加した>

<文部大臣西園寺公望は、教育勅語が余りにも国家中心主義に偏り過
ぎて「国際社会における日本臣民(国民)の役割」などに触れていな
いという点などを危ぶみ『第二教育勅語』を起草したものの、西園寺
の大臣退任により実現しなかった>

しかし昭和に入り軍事色が強くなるにしたがい、だんだん神聖化され
るようになり、軍国主義の教典として利用されるにいたりました。と
くに「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ」というくだりが強く印象に残っ
ていますが、これがわれわれ“少国民”たちに「大きくなれば、兵隊
さんになって、天皇陛下のために戦うのだ」という気持ちを植えつけ
るのに大いに役立ったと思います。

教育勅語について、戦争を知らない世代の皆さんのご感想をぜひお聞
かせください。

またご高齢の皆さんには、教育勅語にまつわる思い出をお願いします。

教育基本法改訂に関する各紙の社説

昨日の読売に続き、今朝の各紙の社説はいっせいに教育基本法の与党
改訂案を採りあげています。

[教育基本法]「区切りがついた『愛国心』論争」(読売、13日)
< 「愛国心イコール戦前の教育」との考え方は共産、社民両党も主
張している。民主党内にも、旧社会党系議員を中心に同様の意見が根
強い。
 だが、愛国心を教えることを否定的にとらえる国など、日本以外に
ない。戦後の平和国家としての歩みを見ても、わが国が「戦前の教育」
に戻る可能性は、微塵(みじん)もない。>
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20060412ig90.htm

「教育基本法 『愛国』を教える難しさ」(朝日)
< 第二に、「国を愛する」ことは自発的な心の動きであり、愛し方
は人によってさまざまなはずだ。法律で定めれば、このように国を愛
せ、と画一的に教えることにならないか。それが心配だ。>
http://www.asahi.com/paper/editorial.html

「教育基本法改正 『愛国心』の本音がちらつく」(毎日)
< 戦前の教育への反省から個人の尊厳を重視する理念を打ち出した
現行基本法に対し、改正論は古くからあったが、教育勅語を再評価す
る森喜朗首相(当時)のもとで教育改革国民会議が00年、「郷土や
国を愛する心や態度を育てる」との報告をまとめ、今日へのレールが
敷かれた。自民党文教族らの本音はあくまでも「愛国心」であり、表
現をいかに工夫しようとも、国民には小手先の修正としか映らないの
ではないか。>
http://www.mainichi-msn.co.jp/eye/shasetsu/

「教育基本法改正 『愛国心』はもっと素直に」(産経)
< 「愛国心」の表現で、これだけもめる国は、おそらく日本だけだ
ろう。愛国心は、どの国の国民も当然持っているものだ。そして、愛
国者であることは最大の誇りとされる。国の根本法規である教育基本
法は、もっと素直な表現であってほしい。>
http://www.sankei.co.jp/news/editoria.htm

p/news/editoria.htm「教育基本法 あわてる必要はない」(東京)
< 現行法では、前文で「個人の尊厳」や「真理と平和を希求する人
間の育成」などがうたわれている。改正の前文案でもこれらの理念は
引き継がれているというが、この理念が教育現場で実践されていれば、
いま社会問題となっているいじめや虐待、拝金主義などの問題は克服
されていよう。改正する前に現行法の理念を実践することが先である、
ともいえる。>
http://www.tokyo-np.co.jp/sha/index.shtml

「教育基本法*『愛国心』強制を恐れる」(北海道)
< 改正案は、両党の意見を取り込んだため、あいまいな部分がある
とはいえ、国が改正法を根拠にして「愛国心」を押し付けてくる恐れ
がある。とくに一九九九年に成立した国旗・国歌法が、半ば強制にな
りつつある現実をみると、危惧(きぐ)はいっそう強まる。>
http://www.hokkaido-np.co.jp/Php/kiji.php3?j=0032

「改正を急ぐ必要はない 教育基本法」(西日本)
< 教育基本法も憲法と同様に「不磨の大典」ではない。時代の要請
や社会の変化に応じて改正する必要もあるだろう。
 だが、与党協議は「愛国心」問題に政治的エネルギーが費やされ、本
質的な教育論議が不足していた。3年間で約70回に及ぶ検討会の議論
も非公開だった。唐突に改正案の条文を突き付けられた国民は戸惑うば
かりではないだろうか>
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/column/syasetu/20060414/20060414_002.shtml

「[愛国心]強制では生まれない」(沖縄タイムス)
< しかし、国を愛する心というのは国家や政治家の押し付けで生ま
れるものではないし、まして憲法で強制するものでもない。
 「いい国であれば、愛国心は自然とわき出るもの」(ひめゆり平和祈
念資料館証言員・津波古ヒサさん)だからだ。
 今の日本人は、飽食の下で心の教育まで国家統制されかねない危険な
流れの中にいる。
 国民に対する「愛国心の強制」の延長線上からは「国民の権利の制限
や義務の強化」、はては「徴兵制」の足音までも聞こえてきそうだ。>
http://www.okinawatimes.co.jp/edi/20060414.html#no_1

「教育基本法改正案・愛国は強制するものでない」(琉球新報)
< 沖縄は多数の住民が犠牲になった戦争体験をした。「愛国心」を
植え付ける動きには「戦前の歩みを連想させる」と警戒したり、批判
したりする人が多い。
法律で「愛国」を求めるべきではない。>
http://ryukyushimpo.jp/news/storytopic-11.html

平和の絵本

東郷潤さんと仰る方から、次のようなメールをいただきました。お許
しを得ましたので、以下転載させていただきます。

-------------------------------------------------------------
核廃絶への道を描く絵本をwebで発表しています。
一度、ご覧になっていただけると嬉しいです。

一輪の花―原爆を滅ぼすもの

また、私どものサイトでは、広島の絵本作家の方に絵を描いていただ
いた絵本、「魔法のメガネ~原爆編」も発表しています。
併せてご高覧いただければとご案内申し上げます。

魔法のメガネ―原爆編

愛国心教育

教育基本法の改正で与党の合意ができたことに関連し、MLに次のよ
うな投稿がありました。

> かって軍国少年時代に愛国心教育を「戦地に行き国のため、天皇の
> ため死ぬことだ」と骨の髄まで叩き込まれた私には見過ごすことで
> きない問題です。

同じく軍国少年だったの私には、“愛国心”という言葉にアレルギー
があります。

> 文字どうり「愛国心」は個人の心の問題で、法律や規則で規制する
> こと事態ナンセンスです。
> 国が押し付け強制する愛国心教育はどんなきれいごとをいっても眉
> 唾モノで危険だと思います。

かつて国旗・国家法について時の小渕首相が国会で「児童生徒の内心
にまで立ち入って強制するものではない」と答弁しましたが、実際に
は各地で事実上強制されています。

与党間で問題になった“愛国心”の表現については、「伝統と文化を
尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する」とすること
で合意したとのことですが、今朝の朝日新聞で池田香代子さんは、
「伝統や文化をはぐくむ主体は国でなく、人々だ。それを国がはぐく
むという表現はぎこちなく、なんとしても『国』『愛する』という文
言を入れたいとの意図が見え見え」と述べています。

同じく朝日新聞では、

< 安倍官房長官は今年2月、ライブドアの堀江貴文前社長が逮捕さ
れたことについて「やっぱり教育の結果だ」として、「教育基本法は
改正しなければならない。『国を愛する心を涵養(かんよう)する教
育』をしっかり書き込んでいきたい」と語った。>
http://www.asahi.com/politics/update/0412/013.html

とのことですが、ホリエモンを生んだのは、小泉改革が推し進める市
場自由化政策の結果で、安倍発言はまさに牽強付会といえましょう。
愛国心が強力に叫ばれていた戦時中でも、法の網をくぐる“闇”行為
は横行していました。

> 愛国心はコスタリカのように国が「非武装中立、平和憲法遵守」を
> 目指せば国民が誇りをもつて自然に育つ心ではないでしょうか?

同感です。政治家は、法律で強制するよりも、国民が心から愛せる国
づくりに励むべきでしょう。

______________

Re: 小沢一郎氏の靖国神社観

このテーマに関し、昨日の毎日新聞が、10日行った小沢氏のインタビ
ューを基に詳しい記事を掲載しています。

小沢代表:A級戦犯合祀に批判 自民との対立軸にも

これを読みますと、小沢氏は靖国神社は単なる戦没者を慰霊する施設
くらいの認識で、A級戦犯分詞云々の発言も、自民党との対立軸を鮮
明にするための政略的なもののように感じます。一方小泉首相も、靖
国参拝を01年の総裁選の公約としたため、その後海外からの批判に対
し、止むに止めれなくなって意地で続けている感じです。

二人とも終戦時は3歳、戦前・戦中の靖国神社の姿は実感として知っ
ていないはずです。どちらも靖国神社の本質を理解せずに、ただ政略
的に利用している感じを否めません。

Re: 小沢一郎氏の靖国神社観

小沢氏の靖国神社観については、彼のメールマガジンに詳しく書いて
ありましたので、ご紹介します。

夕刊フジ『剛腕コラム』250号

その中で靖国神社の問題として次の二つが挙げられています。

<1つは、靖国神社が明治維新の戊辰戦争で亡くなった官軍戦没者の
慰霊のために創建されたため、幕府側の戦没者が祭られていないこと。

もう1つは、戦闘で死亡した殉難者だけを祭神とするのが原則なのに、
戦犯として処刑された者までも「戦争で倒れた」という解釈で合祇し
ていることだ。>

靖国神社は、そもそも天皇に殉じた人を祀るために作られたので、小
沢氏の選挙区では戊辰戦争の“殉難者”とされている南部藩の武士た
ちは、朝敵とされていますから、祀られないのは当然です。また東条
英機は、昭和天皇をかばい、いわば身代わりになった昭和の“殉難者
”として合祀されたのも、また当然といえるでしょう。

これを入れ換えたら、靖国神社が靖国神社でなくなってしまいます。

また分祀問題でも、

<靖国神社は「一度、合祀した御霊は分祀できない」と主張している
らしいが、霊璽簿に名前を記載するだけで祭神とされるのだから、単
に抹消すればいい。>

と書いていますが、そんな簡単なものではないことは、前にも述べた
ところです。

いずれにせよ小沢氏は、靖国神社のことをまったく理解していないと
いわざるを得ません。

なおこの小沢発言に対し、中国、韓国のメディアも相次いで報道して
いると、北海道新聞が伝えています。

中韓メディアが高い関心 小沢代表靖国発言

欧米で高まる「靖国史観」への懸念と疑問

雑誌「論座」の5月号に、「欧米知識人の間で高まる『靖国史観』へ
の懸念と疑問」という見出しで、国際問題アドバイザーの岡本行夫氏
のインタービュー記事が掲載されています。

中道保守派を自認する岡本氏は、最近の中国の態度を批判し、憲法も
もう少し現実的なものに改正すべきとしていますが、過去の15年戦
争は自衛のための正当な戦争ではなかったという立場で、首相の靖国
参拝を支持するような歴史認識を振りかざしていては、世界から孤立
するという見解を展開しています。

記事の中から、岡本氏が実際に見聞した欧米の人たちからの「靖国史
観」批判の部分を抜粋引用します。

欧州議会やEU各国の有識者は、予想以上に日本と中国の関係、そし
て靖国や歴史認識の問題に関心があったと述べ、次のように語ってい
ます。

<靖国の付属施設である遊就館についても、いろいろと意見が出まし
た。彼らが言うには、最近、遊就館は欧米諸国の知識人たちの観光コ
ースになっているそうです。あそこの展示や主張は、僕でも驚きます。
軍艦マーチが流れる館内では、満州について「現在は中国が支配し東
北部と称している」と、本来は中国の領土ではないような展示をする。
南京については、「(日本軍が占領したから)市民の生活に平和がよみ
がえった」と。訪れた欧米人は、あの戦争を肯定することが日本人の
戦争史観であり歴史観だと受け止めてしまう。>

そして米国内からの懸念の声についても、

<そうですね。僕は昨年末にワシントンでも講演しましたが、聴衆か
らやられました。「小泉首相の参拝を怒っているのは中国や韓国だけ
ではない、我々アメリカ人も怒っていることを忘れないでくれ」と。
日本はル-ズベルトに編されて太平洋戦争に引っ張り込まれたという
遊就館の説明を怒っているわけです。最近では、アメリカの新聞に、
「アジア諸国との関係を悪化させている日本との同盟関係は、米国に
とってマイナスではないか」という内容の論評まで掲載されるように
なっている。>

<東京に駐在するある国の外交官が、極論だと思いますが、「日本は
中国、北朝鮮、韓国、ロシアとことごとく関係が良くない。自分のま
わりのすべての隣国と関係が悪いのは、世界中で日本だけではないで
しょうか」と言った。やはり日本にも問題があるのではないかという
見方が米国や欧州にジワジワと広がってきていることは事実でしょう。


岡本行夫氏の戦争観については、下記をご参照ください。

1945年に生まれて

小沢一郎氏の靖国神社観

民主党の新代表・小沢一郎氏は、9日のNHKテレビ番組で、首相の
靖国神社参拝自体については「賛成だ」とする一方で、「小泉さん
の(やり方)はだめだ。戦争を指導した人たちは靖国に本来祀られ
るべきではない。戦争で亡くなった御霊を祀る本来の靖国神社に帰
すべきだ」(その上で)「天皇陛下にも行っていただきたい」と述
べました。しかし、具体的にどうすべきかについては、番組後記者
団に「政権を取ったらすぐやる、そのとき教える」と明言しません
でした。

小沢氏、『靖国に戦争指導者をまつるべきでない』と発言」(朝日
電子版、10日)

しかしこれは靖国神社の本質をよく理解していない発言と思います。

まずA級戦犯の分祀というのは可能でしょうか? これについての靖
国神社の公式見解は次のとおりです。

<結論から申し上げますと、このような分祀はありえません。

本来教義・経典を持たない神道では、信仰上の神霊観念として諸説あ
りますが、昔より、御分霊をいただいて別の神社にお祀りすることは
あります。しかし、たとえ分霊されても、元の神霊も分霊した神霊も
夫々全神格を有しています。>

<また、もし仮にすべてのご遺族が分祀に賛成されるようなことがあ
るとしても、それによって靖國神社が分祀することはありえません>

所謂A級戦犯分祀案に対する靖國神社見解

このように靖国神社にとっては、“英霊”の分祀は自己否定となるの
です。信仰の自由から言っても、いくら剛腕でも政治がそれを強制で
きるものではありません。

小泉首相も安倍官房長官も、政教分離の原則からいって政府が言うべ
きものではないと、小沢発言を批判しています。

A級戦犯合祀『政府が言うべきことではない』…首相」(読売電子
版、10日)

また靖国神社の“本来の姿”は、過去の戦争で天皇のために殉じた軍
人・軍属を顕彰するもので、すべての戦没者の御霊を祀るためのもの
ではありません。

空襲の犠牲者や外国の犠牲者も含めたすべての戦没者を、天皇も首相
も堂々と追悼できる施設といえば、今棚上げになっている新しい国立
追悼施設しかありません。

「国立追悼施設を考える会」の副会長である鳩山民主党幹事長は「民
主党も3、4年前から関心を持ってきたテーマ。積極的に議論してい
きたい」と述べています。この際民主党も積極的に建設の方針を打ち
出してもらいたいものです。

Re: 「侵略→進出」教科書書き換え問題

安倍官房長官は先に82年の「教科書書き換え問題」で当時の政府が中
韓に謝罪したことは誤りだったとの認識を示しましたが、5日の記者
会見で、当時の宮沢喜一官房長官の談話に関しては「当然、今までの
政府の立場と変わりはない。検定については国が判断していくと同時
に、近隣諸国の意見などにもしかるべく配慮しながら、基本的に日本
が主体的に判断する」と述べています。

安倍氏『政府の立場不変』 教科書検定、宮沢談話で」(朝日、6
日)

新しい戦争遺留品

アメリカ・ヴァージニア州の井下愛奈さんから、友人の父上が南フ
ィリピンのザンボンガから持ち帰られた日章旗を返還したいので、
協力してほしいとの依頼がありました。

旧日本軍人の遺留品」の「日章旗」のページに、F029としてアッ
プしましたので、何か情報がありましたら、お寄せください。
F049

私の体験した大東亜戦争

「戦争を語り継ごう -リンク集-」に、下記サイトを追加しました。

私の体験した大東亜戦争
1944年、14歳で海軍特別年少兵として海兵団に入団、10か月の訓練の
後、特攻戦隊に配属され終戦を迎えるまでの体験記

Re: 「侵略→進出」教科書書き換え問題

昨日の朝日新聞社説は、歴史教科諸問題についての安倍発言を批判し
ているとご紹介しましたが、今日の産経新聞の社説は、それに反論し
ています。

「安倍発言批判 論点すり替えはやめよう」
、 安倍氏が指摘した教科書書き換え問題は、政府やマスコミがこれ
からの近隣外交を考えるうえで、多くの反省点を含んでいる。そもそ
も、宮沢談話は誤報に基づいて発表されたもので、見直しは当然だ。
この問題を改めて提起した安倍氏の発言を評価したい。>

http://www.sankei.co.jp/news/editoria.htm

«  | HOME |  »

最近の記事

カテゴリー

カレンダー

03 | 2006/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -

月別アーカイブ

最近のトラックバック

ブログ内検索

リンク

このブログをリンクに追加する

「戦争を語り継ごうML」ご案内

このブログの記事は、主としてメーリングリスト「戦争を語り継ごうML」へ投稿したものです。このメーリングリストは、世代間の交流を通じて戦争を正しく語り継いでいく場として、設けたもので、10代から90代まで、多数の人が参加しています。

参加を希望される方は、上の「リンク」の「戦争を語り継ごうML」をクリックしてください。

コメントをどうぞ

このブログについてのコメントは、下記へお寄せください。

名前:
メール:
件名:
本文:

プロフィール

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。