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陸海軍の縄張的主義

今朝の産経新聞のコラム「産経抄」は、玉砕した硫黄島の指揮官・栗
林忠道中将の「…陸海軍の縄張的主義を一掃し両者を一元的ならしむ
るを根本問題とす」という言葉を引いて、かつての帝国陸海軍の対立
を批判しています。

そしてその反省が、ようやく最近になって、自衛隊の組織に活かされ
るようになったと述べています。

http://www.sankei.co.jp/news/column.htm
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映画「私たちは忘れない」の英語版を

靖国神社の遊就館で上映されている映画「私たちは忘れない」
(日本会議・英霊にこたえる会製作)をもっと海外の人にも見て
もらうため、英語版も作るべきという意見がありましたが、同感
です。

ナレーションでは、「アメリカのルーズベルト大統領は、いかに
して日本に最初の一発を撃たせるかを考えていました。それはイ
ギリスのチャーチル首相の要請でもあったのです」などと、日本
に大東亜戦争を開戦させたのはアメリカの陰謀だったと解説して
いるそうですね。

自民党の加藤紘一氏は、田原総一郎氏との対談(週刊現代2005年9月
10日号)で、「あれはアメリカが見たら、大変な日米問題になります
よ。『私たちは忘れない。極東の小国日本がなぜ戦争に追いやられた
か。アメリカに追いやられた』と書いてある。靖国問題はアジアだけ
でなく、アメリカとの外交問題に発展する可能性が高い」と言ってい
ます。

加藤氏は遊就館へ「半年で四回、合計六時間行ってメモをとって勉強
している」とのことですが、小泉首相は行ったことがあるのでしょう
か?

共産党の不破哲三元議長は、靖国神社を「日本の戦争は正しかった」
論を広める「運動体」だと呼び、そのよってたつ精神は、ヨーロッパ
でいえば、ネオ・ナチの精神に匹敵する、と言っています。

一方、麻生太郎外相は遊就館について「戦争を美化するという感じで
はなく、その当時をありのままに伝えているだけの話だ」と述べてい
ます。ドイツの閣僚が、「ネオナチの主張は、戦争を美化するという
感じではなく、その当時をありのままに伝えているだけの話だ」など
と言ったら、ドイツ国内だけでなく、世界中から非難を浴びることで
しょう。

____________________

Re: 戦争末期に近衛文麿が日中の和平工作

一昨日、戦争末期の近衛文麿元首相の和平工作についてご紹介しまし
たが、今日夕刻のニュースで、TBSテレビがその背景について詳し
く報道していました。

その録画をここで↓見ることができます。

http://news.tbs.co.jp/headline/tbs_headline3254753.html

心の問題

先ほどの小泉首相の記者会見を見ていましたら、「任期中に、例えば
8月15日に靖国神社を参拝するか?」の質問に対し、「適切に判断す
る」と得意のせりふで答えていました。さらに中韓や国内の一部から
の批判に対し、相変わらず「心の問題」として反論していました。

「心の問題」といえば、愛国心もまた心の問題と思いますが、今国会
で、その愛国心を植えつけるために教育基本法が改正されようとして
います。首相が「心の問題」を強調するなら、愛国心を法律で規制し
ようとすることもまた止めさせるべきではないでしょうか?

すでに、卒業式で歌う君が代の声量で、愛国心教育を評価する市もあ
ります。政治家は、「心の問題」を押し付けるよりも、国民が心から
愛せる国家作りに専念すべきではないでしょうか?

帰属意識と戦争

MLで集団への帰属意識が話題になっています。人間が集団の中でな
くては生きていけない以上、それは自然発生的に生まれてくるもので
あり、また集団維持のためには、ある程度必要なものではないでしょ
うか?

WBCの話も例として挙がっていますが、王ジャパンも最初は個々の
選手も寄せ集めの感じで、必ずしもチームへの帰属意識が強かったと
は思えません。ところが、韓国戦での敗退を期に、イチローのリーダ
ーシップもあって、選手たちのチームへの帰属意識がしだいに高まり、
それが優勝につながったように思えます。

一方、スーパースターを揃えたアメリカは、選手たちの帰属意識が高
まらないまま、敗退してしまった感があります。逆に韓国の選手たち
は、国家を背負ってという意気込みと、兵役免除というニンジンもあ
って、最初から帰属意識は高く、それがあの快進撃となって現れたと
いえましょう。

このように帰属意識は必ずしも排すべきものとは思いませんが、問題
は、それが強制されたり、利用されたりすることでしょう。そこには
集団をある方向へ持っていこうという権力の恣意が働くからです。

明治維新までは、一般庶民は日本という国家に帰属意識を持っていた
とは思えません。彼らが持っていたのは、村や部落への帰属意識であ
り、せいぜい藩へのそれでした。明治維新で初めて真の意味での中央
集権国家が成立し、そこで国民の国家に対する帰属意識が求められる
ようになりました。そのために神格化された天皇が利用されました。

そして日清、日露の戦勝で、国家への帰属意識すなわち愛国心は固ま
り、さらに「一億一心」とエスカレートして、太平洋戦争につながっ
ていきました。われわれ“国民学校世代”は、もっとも強く帰属意識
を植え付ける教育を受けたのです。

「帰属意識がなくなれば、戦争だってなくなるんじゃない?」という
言葉もありましたが、、正確には「強制された、あるいは恣意的に作
り出された、帰属意識がなくなれば、戦争だってなくなるんじゃな?」
というべきでしょう。まったく帰属意識がないというのは、社会人と
しては失格だと思います。

最近そういう若者が増えているのは、“大日本帝国”に代わる、真の
平和国家の建設、市民社会の形成といった新しい価値観を確立してこ
なかったわれわれ世代の責任もあるように思えます。

戦争末期に近衛文麿が日中の和平工作

太平洋戦争の末期に、近衛文麿元首相が中国の蒋介石政権との間で和
平交渉を模索したことを示す資料が近衛家から見つかったと、今朝の
朝日新聞電子版が伝えています。

日中和平探った近衛文麿の自筆23枚、鏡台引き出しに

韓国大統領をぜひ 遊就館に

今日の朝日新聞大阪本社版「声」欄に、「韓国大統領をぜひ 遊就館
に」というタイトルで私の投書が掲載されました。

内容はかねてこのブログに掲載したことと同じです。ただし字数の制
限と表現の訂正を一部求められましたので、思うことが必ずしもじゅ
うぶんに書けませんでしたが、これで少しでも多くの人々やメディア
が遊就館に関心を持ってもらえればと思っています。

切抜きを下記にアップしましたので、ご覧いただければ幸いです。

http://www.rose.sannet.ne.jp/nishiha/kirinuki/koe060324.htm

Re: 戦争責任、国会で検証を・・・ナベツネ氏

昨日の渡辺恒雄氏の講演の録画ビデオを、次のサイトでご覧になれま
す。

ビデオニュース・ドットコム インターネット放送局

戦争責任、国会で検証を・・・ナベツネ氏

読売電子版は先ほど、次のように伝えました。

<読売新聞グループ本社の渡辺恒雄会長・主筆は23日、都内の日本
外国特派員協会で講演し、先の戦争の責任について、「歴代首相は優
柔不断ではっきりとした謝罪の仕方を示さなかった。できれば、国会
に戦争責任検証常任委員会を作ってもらい、国会としての意思表明を
するのが一番良いと思う」と述べ、国会で戦争責任を検証することが
望ましいとの考えを示した。>

以下は、
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20060323i415.htm?from=main4(読売電子版、23日22時12分)

日韓共作映画「あんにょん・サヨナラ」の上映予定

日本と韓国の市民団体が共同で製作したドキュメンタリー映画「あん
にょん・サヨナラ」が、25日に広島市で上映される予定と、今日の毎
日新聞広島版が伝えています。

「映画:戦前の『靖国』役割は? 『あんにょん・サヨナラ』中区で
25日上映会」
http://www.mainichi-msn.co.jp/chihou/hiroshima/news/20060322ddlk34040330000c.html

この映画は、父が靖国神社に合祀されている韓国人の李煕子さんを
主人公として、戦前靖国神社がどのような役割を果たしていたかを知っ
てもらおうという目的で製作されたものです。

詳しくは、下記公式サイトをご覧ください。広島以外の各地での上映
スケジュールも掲載されています。

http://www.gun-gun.jp/document.htm

指導者と意思決定責任

ちょっと古い文献で恐縮ですが、第15回石橋湛山賞を受賞した寺島実
郎氏が、雑誌「世界」の2004年12月号に書いた一文をご紹介します。

寺島氏は、原爆投下を決定したトルーマン大統領の意思決定責任の重
さとその決定理由の希薄さを嘆いています。一方、太平洋戦争の開戦
を決定した東条英機首相は、その責任の重さを痛感していたと評価し
ています。

そして東条が、刑死前日に書き残した遺書の中の「日本が大東亜戦争
において誠意を失い東亜民族の真の協力を失った事が敗戦の真因であ
った」という一節を紹介し、<米国との物量の差でもなく、軍事的戦
略戦術でもなく、アジアから真の理解と協力を得られるような展開が
実現できなかったことに敗因を求めている東条の目線は澄んでいる>
と述べています。

それに比べ、アジアの反対を押して靖国参拝を続ける小泉首相の言動
は思慮浅く軽いとして、次のように書いています。

<自問すべきは、例えば東条英機自身が靖国に祀られることを望んだ
であろうかという点である。彼は意思決定責任者として、敗れれば地
獄の覚悟でことに臨んでいたはずであり、自分の合祀が遺書における
言葉として残した「アジアとの真の協力」の障害になることなど拒否
したはずである。指導者とは自らの屍に鞭打たれても歴史を前に進め
る者である。 

中国への短期的配慮で外交技術的に「手打ち」を演じることなど重要
ではない。アジアとの真の相互信頼を醸成するために、日本外交の総
体に筋道の通った理念性を取り戻さねばならない。米国への過剰依存
と過剰期待だけでアジアの信頼は得られないのである。>

三井物産戦略研究所のウェブサイトより

「しょうけい館」(戦傷病者史料館)が完成

戦争の悲惨さを後世に伝えるため、太平洋戦争などの戦傷病者が戦中
・戦後に経験されたご苦労を紹介する「しょうけい館」(戦傷病者史
料館)が東京都千代田区九段南に完成し、21日から一般公開されます。

「しょうけい館」の公式サイト
http://www.shokeikan.go.jp/

館長の徳田さんなど、元傷痍軍人のインタビュー記事です。

傷痍軍人『心の叫び聞いて』」(東京、3月6日)

傷痍軍人といえば、戦後まもなく、街頭や電車の車中などで、物乞い
をされていた姿が眼に浮かびます。当時は障害者に対する社会の眼も
冷たく、復員後の生活にはさぞ苦労されたことだろうと、今パラリン
ピックでの日本選手の活躍ぶりを見ながら、つくづく思い出されます。

石橋湛山の「靖国神社廃止の議」

先に石橋湛山の「大日本主義の幻想」についての一考察をご紹介しま
したが、石橋湛山といえば、高橋哲哉著「靖国問題」の「おわりに」
の章で紹介されています「靖国神社廃止の議 難きを忍んで敢て提言
す」という一文が思い出されます。

これは戦後まもなく、「東洋経済新報」1945年10月13日号に「社論」
として掲載されたものです。その一部を引用します。

<靖国神社は、言うまでもなく明治維新以来軍国の事に従い戦没せる
英霊を主なる祭神とし、其の祭典には従来陛下親しく参拝の礼を尽さ
せ賜う程、我が国に取っては大切な神社であった。併し今や我が国は
国民周知の如き状態に陥り、靖国神杜の祭典も、果して将来これまで
の如く儀礼を尽して営み得るや否や、疑わざるを得ざるに至った。殊
に大東亜戦争の戦没将兵を永く護国の英雄として崇敬し、其の武功を
讃える事は我が国の国際的立場に於て許さるべきや否や。>

<又右の如き国際的考慮は別にしても、靖国神杜は存続すべきものな
りや否や。前述の如く、靖国神杜の主なる祭神は明治維新以来の戦没
者にて、殊に其の大多数は日清、日露両戦役及び今回の大東亜戦争の
従軍者である。然るに今、其の大東亜戦争は万代に拭う能わざる汚辱
の戦争として、国家を殆ど亡国の危機に導き、日清、日露両戦役の戦
果も亦全く一物も残さず滅失したのである。遺憾ながら其等の戦争に
身命を捧げた人々に対しても、之れを祭って最早「靖国」とは称し難
きに至った。とすれば、今後此の神社が存続する場合、後代の我が国
民は如何なる感想を抱いて、其の前に立つであろう。ただ屈辱と怨恨
との記念として永く陰惨の跡を留むるのではないか。若しそうとすれ
ば、之れは我が国家の将来の為めに計りて、断じて歓迎すべき事でな
い。>

全文は:
http://www.asyura2.com/0505/asia1/msg/293.html

これもまた現在にも通用する見識で、後継首相や首相候補者たちにも
ぜひ読んでほしい文章ではないかと思います。なお湛山自身も、海軍
主計中尉だった二男を戦争で失った遺族の一人でした。

韓国大統領の遊就館視察を小泉首相が歓迎

昨日、韓国の盧武鉉大統領が、靖国神社の遊就館に行きたいと表明し
たとお伝えしましたが、小泉首相は今日、「ぜひ行っていただきたい。
妨害はしません」と述べたとのことです。

首相『是非行ってほしい』・韓国大統領『遊就館』訪問希望で」(
日経、17日、20.11)

この件に関し、韓国の中央日報は、「盧大統領の発言の趣旨は、日本
の国民にわれわれが神社参拝を反対する理由を正確に分からせる方法
の一つとして、日本政府が提案するなら、行ってみることができると
いうことだ」と伝えています。

「盧大統領、靖国神社訪問の意思を表明」(17日、10:12)
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=73758&servcode=200§code=200

ここで引用されています日本経済新聞の記事は次のとおりです。

韓国大統領、靖国の戦争資料館『遊就館』訪問を希望」(16日、
21:10)

以上のことから分かるのは、韓国が首相の靖国参拝に反対する理由は、
単にA級戦犯の合祀だけでなく、いわゆる“靖国史観”にあるという
ことです。ところで小泉首相は遊就館に行ったことがあるのでしょう
か?

韓国大統領、遊就館視察の意向

韓国の盧武鉉大統領が、靖国神社の遊就館に行きたいと表明したそう
です。靖国神社の実態を韓国民のみならず日本の国民にも知らせるた
めにも、ぜひ行ってもらいたいものです。

韓国大統領、遊就館視察の意向=靖国神社に併設-福田氏らと会談
(時事通信、16日19時1分)

日本の統治時代軍国少年だったという盧泰愚・元大統領にもぜひ行っ
てほしいですね。私もそうでしたが、きっと子供時代にタイムスリッ
プした感じがすることでしょう。

ガセネタと「男たちの大和」

海軍兵学校の出身で、戦時中は特殊潜航艇の艇長だった宗像基牧師
が、雑誌「バベル」3月号のの巻頭言で、「男たちの大和」について
書いておられます。元プロの眼から見ても、あの映像はずいぶんリ
アルのようです。

<映画「男たちの大和」を観た。まず率直になつかしかった。「そう
ではない」と思うところもあったが、総体的に言って、あの映像はガ
セではない。大和があのような無茶な出撃をしたのは、天皇が「海軍
はどうしているんだ」と言ったことがきっかけらしい。それを聞いて
「あの巨大な兵器が無傷のままで負けたのでは陛下に申し訳ない」と
考えて、沈没を覚悟で出撃したのだという。既に「大本営発表」のガ
セで、天皇の言葉には何の権威もなくなっていることに軍令部の連中
は気付かない。いやそのガセに飛びつくことで、自分たちの責任逃れ
をし、無数の兵隊を殺しながら上層部の安全を計っていたのだ。これ
が日本の特攻隊の構造である。私もその中に組み込まれ、私の仲間の
多くは「朕は命令した覚えはない」と白を切るその天皇のガセに踊ら
されて死んだのだ。>

ガセネタ

「おじいちゃんの一代記」募集のお知らせ

「東京グラフィティ」という雑誌の編集部から、下記のような取材の
依頼がありました。戦争のことを若者に伝えるという趣旨ですので、
ご紹介させていただきます。

ご協力いただける70歳以上の方がおられましたら、下記の編集部か西
羽までご連絡ください。

全文を表示 »

戦時中の先生たち

戦時中の国民学校(小学校)は、徹底した軍国主義教育でしたが、それ
を教える先生たちがすべて、ホンネで教えていたかは疑問です。私の
国民学校時代の先生のことをご紹介します。

国民学校3,4年生のときの担任は、まだ独身の男性教師(当時は訓導
と呼ばれていました)でした。やはり軍隊調のスパルタ教育で、時に
は拳骨も見舞われましたが、休日にはハイキングに連れて行ってくれ
るなど、子供好きの先生でした。

ある時、級友数名と下宿に呼ばれたことがありました。そこで先生は、
「内緒やで」と言って、当時すでに禁制だったジャズのレコードをこ
っそりかけてるれました。スポーツマンらしい体格の人でしたが、き
っと軍隊は嫌いで教師になった、音楽や文学が好きな青年だったので
しょう。戦局がさらに厳しくなってから、多分召集を受けられたので
はないかと思いますが、戦後もご健在だったのでしょうか?

5年生のとき、疎開のため郊外の小学校へ転校しました。1学年1学級
という小さな学校で、校長先生がわれわれの学級の担任を兼任してい
ました。なぜ校長が5年生を担任するかといえば、彼の息子が5年生だ
ったからです。

その先生がある時、休み時間の立ち話でしたが、「元寇のとき神風が
吹いたというが、ありゃ台風だったんじゃ」と言ったので、驚きまし
た。“神風”の正体が台風と知って驚いたのではありません。校長先
生ともあろう人が、生徒の前でそういうことを言っていいのかと、驚
いたのです。

いくら「大日本は神国だ」、「天皇陛下は神様だ」と教えられていても、
国民学校高学年くらいになると、教えられるほうも、タテマエとホン
ネは分かっていたのです。元寇のことを国史(日本史)の授業でどう
教えられていたかは、次の当時の教科書「初等科國史 上」の「第五
 鎌倉武士 三 神風」をご覧ください。

http://www015.upp.so-net.ne.jp/gofukakusa/just-kokutei-rekishi-kyokasho-genkou.htm

さらに長くなって恐縮ですが、MLへ投稿された

>  朝礼で、「畏れ多くも、天皇陛下におかせられましては……」を
> 連発した校長先生は、終戦後すぐに更迭されました。

との記述で思い出したのが、「私の八月十五日」に寄稿していただい
た、終戦時旧制中学の1年生だった方の文章です。その一部を転載さ
せていただきます。

<教師が「昼に天皇陛下による重大な発表があるので下校しないよう
に」と伝えに来た。なにかひどく緊張した面もちだったように思う。

昼、グランドにラジオが運ばれた。雑音の多いラジオからは、くぐも
った天皇の声は重苦しく、何を言っているのかまるでわからなかった。
放送が終わって国粋主義者の校長が「畏れおおくも上ご一人(天皇)か
らは頑張れとお言葉を賜った。神風は必ず吹く。これからも断固として
戦うのみだ」と拳を振り上げ、興奮した口調で演説をしたので、まさか
戦争に負けたなどとは知ることができなかった。

この校長は「もし負けるようなことがあれば、腹を切ってお詫びする」
というようなことも口走っていた。これは妙なことである。当時、戦争
に負けるなどということを仮定であっても口にすることは許されなかっ
たからだ。>

<戦後、教師達は民主主義を声高に語った。きのうまでの教育を詫び
る教師はいなかった。戦意を鼓舞するようなことを言ってきた教師ほ
ど、態度が激変していた。

その後しばらくしてわかったことは、校長が生徒への配給物資を横流し
をしていたことだった。全校で生徒ストライキがおこり、校長は辞職に
追い込まれた。>

誰も責任をとらなかった

東京と大阪の大空襲を語り継ぐための集い

今日は大阪大空襲があってから61根目に当たりますが、それを記念
して、昨日「語り継ぐ、空襲・昭和20年3月、東京・大阪が火の
海になった日」が、大阪市のピースおおさかで開かれました。その
模様を今朝の読売と朝日の大阪版が伝えていますので、ご覧くださ
い。

大阪大空襲 あの日から61年・・・ 悲惨な体験 次代に」(読
売)

語る大空襲 『今も涙。でも伝える』」(朝日)

なおMLのメンバーでありました大阪大空襲の被害者・GANOこと谷本
賀之さんは、惜しくも昨年5月癌のためなくなりました。04年11月に
投稿されました「Re: 空襲被災者に再質問」を再録させていただき、
故人を偲びたいと思います。

--------------------------------------------------------------
(1)地域名と空襲月日
昭和20年3月 大阪市港区工場街 大阪大空襲

(2)あなたはそのとき何歳でしたか。また何をされていましたか(職業)
満12歳 中学受験のため学童疎開から大阪に戻ってました

(3)被災地にいましたか、それとも離れたところから見ていたのですか
被災地に居住して居た 眼の前で見た

(4)あなた自身およびあなたの家やご家族に、被害はありましたか
家屋は全焼  同居中の家族構成<父、母、姉、兄、弟、本人
全員軽いやけどで生き残りました。

(5)空襲の状況を覚えておられましたら、おしえてください。
当時毎晩のように空襲警報になり いささかマンネリズムの傾向で
軽い身支度で防空壕に避難していた ところがこの日は敵機が数
が空一杯堂々と低空に飛んできて花火の様に焼夷弾をまき散らし
た 我が家が燃えていくのは間もなくだった  

質問:空襲をした米軍やアメリカ人にたいして、怒りを感じたこと
はありますか
私共被災者は町の広場の集められた 何万人いたか 皆なんともいえ
ない哀れな格好で呆然と朝まで立ちつくした その時米軍のグラマン
機が何回も低く旋回飛行した さすがに一発も機銃操作はなかった 
我々はもう米軍に対して怒る気力もなく この突然の災難に打ち呑ま
されていた 私共親子はそれから大阪駅まで歩いて貨車に乗せてもら
い親父の里で転々と親戚を回り餓えを凌いだ もう思い出したくもな
い 今更米軍を憎んでもどうにもならないし 誰も聞いて呉れないと
悟った
_______________________________

谷本さんは、趣味のCG(コンピュータ・グラフィックス)作品をウ
ェブサイトにアップされていました。その中の一つ「大阪大空襲」を、
生前お許しを得て、「戦争を語り継ごう -リンク集-」に掲載させ
ていただいています。まだご覧になっていない方は、次のサイトを開
いて、最下部をご覧ください。

http://www.rose.sannet.ne.jp/nishiha/senso/juugo.htm

大日本主義の幻想

石橋湛山の「大日本主義の幻想」についての考察が、MLに
投稿されました。石橋の「小日本主義」を改めて考えてみま
すと、“大日本主義への郷愁”も見られる今日にも通用する
見識だと思います。

ウェブサイトにも掲載されていますので、ぜひお読みください。
大日本主義の幻想

出陣学徒の意識調査(慶応大)

先の記事でご紹介しました白井厚氏(慶応大学名誉教授)に、学生
が戦時中の学徒出陣についてインタービューしている記事が、慶應キ
ャンパス新聞会のサイトに掲載されています。その中で、出陣学徒が
どういう思いで地に向かったかを卒業生にアンケーした結果を次のよ
うに語っておられます。

<当時は、勇んで戦地に向かったのは全体の二割程度とのことです。
反対に、体質的、性格的に軍隊に向かない、あるいは反戦思想から、
戦地に向かうのを嫌った学生が約一割。残りの七割は、仕方がない、
と考えたようです。仕方ない、という理由としては、連合艦隊司令長
官戦死など日本が危うくなってきたこと、「国民皆兵」が国民の義務
として浸透しており、忠君愛国を教育されていたことがあります。そ
して、高等教育を受けられるのは同年代の約三%に過ぎず、大学生に
いたっては二%という大変な特権でした。それゆえ、小学校の同級生
などが皆戦地に向かう中、学生でいることに対して、申し訳なく感じ
ていた人も多かったと思います。>

白井厚名誉教授に聞く 平和への一歩は戦争知ることから

特攻隊は志願?強制?

MLで、次のような質問がありましたので、それに対するレスを
転載します。

> あの、初歩的な質問かもしれませんが、特攻隊って、志願してな
> るのですか?
> それとも、強制だったのですか?
> あるいは、その中間で、嫌がると家族に迷惑がかかるとか、仕方
> なしに志願したのですか?

すでに他の方がお答えになっていますが、「いま特攻隊の死を考え
る」(白井厚編、02年7月、岩波ブックレット)から、ご参考になる
部分をご紹介します。筆者の白井厚氏は、1930年生まれ、特攻隊員
より少し年少の方です。

--------------------------------------------------------------
しかし特攻隊員は、多種多様だったことを先ず注意しなけれぱな
りません。本当に自発的に志願した人、一時の興奮や集団の圧力でな
った人、ほとんど命令でなった人などさまざまです。それから職業軍
人、学徒兵、一般の兵、少年兵、さらに兵器の違い、陸軍と海軍の違
い、階級の違いたど、実に多様です。隊員の具体的な動機は何だった
のか、中で何を考えていたか―。それは、画一的なものが多いげれど
も、彼らが残した手紙や遺書でもある程度わかります。

ひとたび隊員となれば、近い将来に命令によって必ず死ぬ身です。
彼らはなぜ参加したのか。一番多いのは、国を守るため、家族を守る
ため、故郷の山河を守るため、愛する人、子どもたちを守るため、天
皇を守るため、などです。それから、戦友の仇を討つ、米兵に男の意
地を示す。卑怯と言われたくない。どうせ死ぬなら華々しく二階級特
進で、という人もいます。平泉澄の本を読んで感動したからというも
のもあります。『きけわだつみのこえ』(岩波文庫)に収録されてい
る佐々木八郎は、“日本に生きる青年としてこの世界史の創造の機会
に参画できることは光栄の至り”(新版)と書きました。もう勝利の
見込みはなくなっても、せめて講和の条件を有利にするために敵艦を
沈める、と書いた人もいます。

隊員となってから出撃(自爆)するまでの期間には、徴妙な問題が
たくさんありました。家族のこと、故郷のこと、自分の短い人生のこ
と、そして戦争のこと、国家の前途、人類の将来など。おそらく国家
と私情の矛盾、そして国のあり方と自分の思想との矛盾に苦しんだ人
が何人もいます。それは、当時の一般国民の常識を越えた、驚くほど
厳しい言葉となって今も残っています。そのいくつかを、『きけわだ
つみのこえ』の中に見ましょう。

職業軍人批判―“今宣言する! 帝国海軍のためには少くとも戦争
しない。……以後は、彼ら(海軍兵学校出身者のこと)とは決して妥
協しない。……私は今度は「アソデルセン」のおとぎの国へ行って、
そこの王子様になります。そして小鳥や花や、木々と語ります”(林
憲正)。

海兵出のもっとも大きな欠点は、かかる人間としての未熟さにある
と信ずる。……あまりにも狭量に、あまりにも排他的に、あまりにも
独善的……(杉村裕)。

「学徒出陣」讃美批判―“出陣を鼻にかけ、看板にし、町や駅をのさ
ぼっている学生を見ると反感さえ持ちたくなる。……同年輩の者は既
に征き、妻子ある者も続々征っている”(市島保男)。

形式批判―“はっきり言うが俺は好きで死ぬんじゃない。……俺み
たいなバガポンドは墓は要らない”(大塚晟夫)。

軍隊批判―“軍隊においてもまた矛盾あり。……我は不言実行、矛
盾の絶減を期せん。……悠久の大義に生きるとか、そんなことはどう
でも良い”(上原良司)。

“人間は……少しも進歩していないのだ。今次の戦争には、もはや
正義云々の問題はなく、ただただ民族間の憎悪の爆発あるのみだ。…
…恐しき哉、浅ましき哉。人類よ、猿の親類よ”(長谷川信)。

特攻隊員と言えぱ、天皇崇拝者で、上官の命令一つでロボットのよ
うに突入するコチコチの軍人、と思われることがありますが、残され
た手記を読めば、家族を心配し恋人を慕う多感な青年、そして当時稀
に見る批判精神の持ち主がいたことがわかるでしょう。こんな知性や
感性を持ちながらなぜ特攻隊を「志願」し死んでしまったのか、その
理由は、敗戦問近の異常な情況と「実質的強制」、長年の「滅私奉公」
教育以外は私にはよくわかりません。特攻隊という限界状況の苦しみ
の中だったからこそ、彼らの批判精神は研ぎすまされ、軍隊や戦争の
本質を洞察したのかもしれません。

ただ明らかなことは、一億一心で戦って戦争に負けた国民の多くが、
戦後に彼らの中に苛酷な試練とそれに負けなかった精神を見出し、彼
らの書を読んで驚きの中から日本人の自信を取り戻していったこと、
そしてこのような悲劇が二度とあってはたらないと考えたことです。

軍国主義下の厳しい思想弾圧と無謀な戦争の中で、そして軍隊とい
うさらに厳しい閉塞状況の中で彼らは特攻隊に行かざるを得なかった。
もし当時の日本にほんの少しでも自由があったら、世界の情勢につい
ての情報を得ていたら、そして指導老が判断を誤らなかったら、彼ら
は死ぬことはたかったでしよう

Re: 中国外相、靖国参拝を非難

今日の参議院予算委員会において、中国の李肇星外相および韓国の盧
武鉉大統領による靖国神社参拝批判に対し、安倍官房長官、麻生外相、
谷垣財務相の3閣僚が反論しました。

ポスト小泉3閣僚が反論 韓国大統領らの靖国批判に」(共同、9
日)

この参議院予算委員会の模様は、中継録画でご覧になれます。共
産党議員の質問の28分ごろ経過した部分です。

Re: 中国外相、靖国参拝を非難

昨日ご紹介しました中国の李肇星外相の靖国神社参拝問題に関する発
言に対し、安倍官房長官は「品格に欠ける」と批判しました。

中国外相の小泉批判『品格に欠ける』…安倍官房長官」(読売、9
日)

これに関しては、今朝の主要紙では産経だけが社説およびコラムで採
りあげています。

中国外相発言 ポスト小泉に干渉は無用
<靖国問題を考える原点を今一度整理したい。それは国の命によって
戦い、殉職した人たちを国の責任として慰霊することにつきる。国家
が戦没者を慰霊するのはどこの国も同じだ。ただ、どのような祀(ま
つ)り方をするかはその国の伝統や文化によって異なる。>

産経抄
<さしあたり、李肇星外相が日本の指導者による靖国神社の参拝を批
判する大宣伝に乗り出したのがそれだ。内外の言論人に「官製の歴
史」を思いださせ、国民の目を外にそらす。小泉首相への名指しを
避けて「一部指導者」とすれば、ポスト小泉に向けた牽制(けんせ
い)にもなる。>

父への手紙

「戦争を語り継ごう -リンク集-」に、次のサイトを追加しました
ので、ご覧ください。

父への手紙
1935年海兵団に入団以降、1944年11月マニラ沖で戦死するまでの亡父
の戦跡を追い、まだ見ぬ父への手紙としてまとめた。

シベリア抑留死亡者名簿

一昨日ご紹介しました、このほど「シベリア抑留死亡者名簿」の作成
で「吉川英治文化賞」を受賞されました村山常雄さんのことが、今朝
の新潟日報、産経、東京の各紙のコラムで採りあげられています。

日報抄」(新潟日報)

産経抄」(産経)

筆洗」(東京)

なお「筆洗」で紹介されていますシリーズ「あの戦争を伝えたい」の
中の村山常雄さんに関する記事です。

シベリア抑留 <3>非業の死刻んだ

中国外相、靖国参拝を非難

中国の李肇星外相が7日の記者会見で、日本の指導者の靖国神社参拝
を非難したと、今日の各紙はいっせいに報じています。その中で、も
っとも詳しく書いている産経新聞の記事をご紹介します。

中国外相、靖国参拝を激しく非難 名指し避け『小泉後』牽制

中国の「人民網」は、次のように報じています。

李肇星部長、日本指導者の靖国参拝を厳しく非難

ところで、この件に関する毎日新聞の記事に、次のような記述があり
ます。

<さらに李外相は、ドイツの戦後対応を引き合いに出して「ヒトラー
やファシストを拝んだドイツ人はいない」と発言。また「米国民は1
941年12月7日に起きた出来事(真珠湾攻撃)を忘れられない」
「真珠湾攻撃と同じ日に日本侵略者がマラッカ海峡を攻撃し、罪のな
いマラッカの人を傷つけた」などと語り、日本に反省を求めた。>

太平洋戦争開戦時、真珠湾攻撃よりも2時間早く、日本軍がマレー半
島の東海岸のコタバルに上陸を開始したことはよく知られていますが、
同時に西海岸のマラッカ海峡を攻撃したとは聞いたことがありません。
どなたかそういう事実をご存じでしょうか?

戦火逃れた奇跡の遺産、姫路城

日本一の名城として世界遺産にもなっている姫路城、その姫路城がな
ぜ空襲の戦火を免れたかについては、次のサイトにありますように、
それは奇跡に近かったと言われています。

姫路城不死鳥伝説

不発弾処理 岐阜市の鈴木頼恭さん

これに関し、朝日新聞大阪本社版に目下連載中の「新 風景を歩く」
の第25回に、「戦火逃れた奇跡の遺産 姫路城」という記事が掲載さ
れました。

それによりますと、当時姫路を空襲した米軍の爆撃機B29の機長だっ
たアーサー・トムズさんは、戦後50年の95年7月に、元同僚4人とと
もに姫路を訪れ、天守閣の造形美に感激しながら、「城は神の意思で
残った」と話したそうです。

しかし84歳になったトムズさんに今回電話取材したところ、「編隊は、
みな同じコースを飛んで爆撃した。城を避けるように計画されていた
としか思えない。証拠はないけれど」との答えで、謎はまた振り出し
に戻ってしまったとのことです。

戦火逃れた奇跡の遺産 姫路城」(朝日大阪本社版、4日夕刊)

何はともあれ、私は姫路城がすきで、もう何度も訪れていますが、こ
のすばらしい文化遺産が残ったことを、神様に感謝したいと思います。

吉川英治文化賞、「シベリア抑留死亡者名簿」の村山さんに

「シベリア抑留死亡者名簿」を作成されました新潟県の村山常雄さん
が、「第40回吉川英治文化賞」を受賞されることが、本日決定しました。

吉川英治賞:新潟の村山常雄さんが文化賞」(msn.ニュース)

先ほど村山さんからも、<私が敢えて受賞することで、シベリアの野
に無名のまま埋もる戦友たちの顕彰に少しでも貢献できるならと、身
の程を省みず受賞することを決定した次第です。まことに予期せざる
事態であります。>と喜びのメールを頂戴しました。

このような地道な業績が表彰されることは、まことにうれしい限りで
す。

中国、靖国参拝問題で米に働きかけ

今朝の産経新聞によりますと、中国政府が日本の首相の靖国神社参拝
に対し、米国のブッシュ政権から日本への抑制の意向を伝えさせよう
と非公式に米側に要請しているとのことです。しかしブッシュ政権は
いまのところ中国側の要請に応じる気配をまったくみせていないとコ
メントしています。

中国 首相の靖国参拝問題 米に対日圧力働きかけ

また今日発売の週刊現代は、「小泉はやっぱりブッシュのスーパーポ
チ-米国の圧力で靖国参拝は中止」との記事を掲載しています。読ん
でいませんので、これは“ガセネタ”かどうか分かりませんが、ネッ
トで検索してみますと、最近の米中接近は、小泉首相や後継首相の靖
国参拝にブレーキをかけるといった見方がみられます。

片岡鉄哉のアメリカ通信」(2月11日)
<戦略構想のない政策では勝てないのだ。「心の問題だ」「なぜ中国
が干渉するのかわかりませんねぇ」と言っても駄目なのだ。中国は今
や日本よりアメリカにとって大事な国となった可能性があるのだ。>

森田実政治日誌」(1月13日)
<小泉首相、安部晋三官房長官、麻生太郎外相らのタカ派の外交政策
は行きづまった。小泉首相の靖国参拝と中国・韓国との対決の政治路
線は揺らぎ始めている。
 最大の原因は、小泉首相の「親」であるブッシュ政権が中国に接近
し始めたことだ。ブッシュ政権は小泉首相のかたくなすぎる硬直した
対中、対韓姿勢に不満をもち始めている。米中接近のなかで、小泉・
安部両氏の対中強硬路線は孤立してきている。>

揺れる日米中:小泉外交・光と影/1(その1) 米国、「遊就館」
を注視
」(毎日、1月30日)

揺れる日米中:小泉外交・光と影/1(その2止) 中国ロビー攻
勢、日本は防戦
」(毎日、1月30日)

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プロフィール

西羽 潔

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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