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ハマスと大日本帝国

今回行われましたパレスチナの選挙で、過激派のイスラム原理主義組
織ハマスが過半数を大幅に上回る76議席で圧勝し第1党となりました。
その原因として、ハマスが学校や病院などを自ら経営し、腐敗にまみ
れた政府に代わり、民衆の生活を支援していることがあげられていま
す。

しかし先ほどのテレビ・ニュースは、その学校で生徒たちが軍事教練
を受けている様子や、自爆テロを志向するという女の子の姿を映して
いました。

それを見て、思わずかつての自分たちの国民学校時代に重ね合わしま
した。当時の大日本帝国を美化する人たちは、“鬼畜”イスラエルに
自爆テロで立ち向かうハマスにも喝采を送っているのでしょうか?
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旧日本兵の手紙、61年ぶりに配達へ

先日、旧日本兵がフィリピンに遺した手紙について、その宛名か差出
人の情報をお伺いしましたが、このほど幸いその内の山形県出身の城
戸口新さんのご遺族を見つけることができました。

城戸口新さんは残念ながらフィリピンで戦死されており、遺された未
投函の2枚のはがきの宛名の彦四郎さん(父)、照子さん(兄嫁)の
お二人もすでに他界されていましたが、山形新聞社のご協力により、
照子さんのご子息の所在が判明したものです。

2枚のはがきには、故郷の家族や同じく召集されて南方戦線へ向かっ
た兄のことを気遣ったことが書かれていますが、発信されないまま、
ご本人は戦死されてしまったようです。

このはがきを現在持っているフィリピン在住のアメリカ人ピーター・
パーソンズ氏は、この配達されなかった手紙を何とか家族に届けたい
と、かつてマニラの日本大使館に頼みに行かれましたが、館員たちは
まったく関心を示さず、やむを得ず永年そのままになっていたそうで
す。

ご遺族の所在を知らせますと、「涙が出るほど感動しました。今も目
に涙を浮かべながらこのメールを打っています」とたいへん喜んで返
事をくれました。

パーソンズ氏は1937年、マニラ生まれで、日本軍の占領と共に、自宅
に軟禁され、その後父親がパナマ領事を兼ねていたので、外交官の交
換でアメリカへ帰ったそうです。

戦後すぐまた家族とマニラに戻りました。そのころ彼の父のチック・
パーソンズ氏が、古橋広之進氏らの日本の水泳選手をフィリピンに招
き、モンテンルパ刑務所でも日本人戦犯の慰安のための水泳のデモン
ストレーションを行ったそうです。

その縁で、彼は古橋氏始め、橋爪、浜口、鈴木弘氏などと今でも友人
だそうです。「ヒロサン」に競泳をコーチしたもらったおかげで、
65-70歳のフィリピン・チャンピオンとのことです。

親日家の彼の永年の思いを達成させるためにも、他の手紙もぜひご家
族に届けたいと願っています。ご協力をお願いします。

旧日本軍人の遺留品

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プロフィール

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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