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731部隊隊長の「日記」初公開

先ほど夕方のTBS系列テレビで、

< 細菌兵器を開発し、使用していた旧日本軍731部隊の石井四郎
隊長が、敗戦直後に書き記していた直筆の日記が、60年ぶりに発見
されました。JNNは発見者のノンフィクションライター・青木冨貴
子さんの協力のもと、初めてこの日記のすべてを撮影しました。ナゾ
に包まれていた石井隊長の戦後・・・その姿が浮かび上がりました>

というニュースが放映されました。下記で録画も見ることができます。

http://news.tbs.co.jp/headline/tbs_headline3199696.html
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昭和天皇はA級戦犯合祀に反対だった?

靖国神社に問題のA級戦犯がなぜ、どのような経緯で合祀されたのか、
それを詳しく解説したサイトがありました。これによりますと、昭和
天皇はどうも合祀に反対だったようです。ひじょうに詳細な説明です
ので、以下ポイントのみ引用します。

<こうして国と靖国神社の共謀により、着実に戦犯の合祀が進んでき
たのですが、歴史学者の秦郁彦は、これには「厚生省引揚援護局」の
旧軍人グループと、靖国神社宮司松平永芳の役割が大きかった、と主
張しています。>

<1966年引揚援護局はA級戦犯の「祭神票」を靖国神社に送り付けま
した。しかしこの当時の宮司筑波藤麿は、山階宮家から臣籍降下した
元皇族であり、東大国史学科に学び欧米にも留学した広い視野を持つ
歴史家でした。筑波は、これまでの経緯と天皇家や宮内庁内の空気を
熟知していたので、それに配慮し、合祀を差し止めていました。>

<青木氏(注、一男、東条内閣大東亜相)は、「合祀しないと東京裁
判の結果を認めることになる」「戦争責任者として合祀しないとなる
と神社の社会的責任は重いぞ」と迫りました。事態が急変したのは、
その筑波宮司が急逝し、後任の宮司に東京裁判否定派の松平永芳(自
称「無免許宮司」)が就いてからのことです。>

<この松平永芳は幕末の福井藩主、松平春獄の孫にあたる軍人でした。
自衛隊を一佐で定年退官して郷里の博物館長に引退していた松平を強
く推したのは、元最高裁長官でその退官後「英霊にこたえる会」の会
長、明治神宮総代をつとめいた石田和外でした。
 石田氏は同じ福井県出身である旧藩主の松平氏とは親交があり、下記
平泉思想に共鳴し合う間柄にありました。だが口添えした高松宮は、
「うってつけだが、ただではすまないよ」と洩らしたともいう。その
心配は的中しました。>

<1978年松平は宮司預かりとなっていたA級戦犯合祀を行うことを決
意し、合祀者名簿を天皇のもとへ持って行きます。(中略)
それを受け取った徳川侍従次長は、天皇の意向に基づき「相当の憂慮」
を表明しました。特におかしいと思われたのは病気でなくなった、永野
修身、松岡洋右らの合祀です。しかし松平はそれを無視し、独断で合祀
を強行してしまいました。徳川らの側近たちの不満は天皇の意を汲んで
なされたことは、間違いありません。「昭和天皇独白録」は戦時指導者
に関する辛口評で読者を驚かせましたが、なかでも松岡については「恐
らくはヒトラーにでも買収されたのではないか」とまで酷評を加えてい
ます。そもそも松岡は戦死ではなく裁判中に病死した人間ですが、これ
まで平時の病死者・暗殺者・事故死者が合祀されることはありませんで
した。恣意もここにきわまれりということだと思います。>

「A級戦犯合祀は自らやめるべきである

一昨日ご紹介しました渡辺(読売)・若宮(朝日)対談でも、若宮氏
が次のように述べています。

<A級戦犯の合祀について昭和天皇は、「山階(注、筑波宮司のこと)
ならああいうことはしなかったろうな」と語ったという話を、ある有
力政治家から聞いたことがあります。松平宮司になってA級戦犯を合
祀したことへの、不快感の表明だったのではないですか。現にその後
天皇陛下は四半世紀以上も靖国神社に参拝していないですね。だから
私も国民統合の象徴である天皇陛下がはれて追悼に行けるような、新
しい国立施設をつくったらいいと主張しているんです。それなら、外
国の元首にも来てもらえる。>

これに対し、渡辺氏も「まったく同感です。」と答えています。

A級戦犯の合祀に反対するのは“反日”とする輩がいるようですが、
彼らにとっては昭和天皇も“反日分子”なのでしょうか?

旧米軍人の遺留品

ご承知のように、ウェブサイト「旧日本軍人の遺留品」では、旧連
合国の人からの情報もお願いしていますが、昨日二人のアメリカ人か
ら、逆に「旧米軍人の遺留品」を探してほしいとの依頼がありました。
このような遺留品にはかつての敵味方はありませんので、サイトにこ
ういう情報も載せることにしました。

依頼があったのは次の2件です。これに関する情報がありましたら、
些細なことでも結構ですから、お知らせください。
--------------------------------------------------------------
日本軍の旧福岡捕虜収容所に収容されていた元米軍捕虜が、日本に残
した遺留品の返還を望んでいます。

旧福岡捕虜収容所に収容されていた元米軍捕虜については下記サイト
をご覧ください。
http://home.comcast.net/~winjerd/POWCamp1.htm

依頼主:Wes Injerd (USA)
--------------------------------------------------------------
フィリピンでアメリカ兵として戦った祖父の「ロデオベルトの銀製バ
ックル」を探しています。祖父は、鴨緑丸および江之浦丸で日本へ移
送中、1945年1月9日に死亡しましたが、このバックルはそのとき持っ
ていたものです。目撃者によれば、バックルは日本軍の警備兵に押収
されたか、食べ物と交換されたかです。

依頼主:Kurt Jordan (USA、アトランタ州)
--------------------------------------------------------------
またその他、旧連合国軍人の遺留品に関する情報がありましたら、ぜ
ひご教示ください。

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プロフィール

西羽 潔

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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