スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

首相の靖国参拝はニコチン中毒?(続)

昨日、麻生外相が首相の靖国参拝を喫煙にたとえたことに対し、それ
では首相は「わざと周りに煙を吹きかけているようなもの」と申しま
したが、今朝の朝日の社説も「吸わないのが礼儀だろう」と書くなど、
その波紋も広がっているようです。

その一例をご紹介しましょう。

靖国参拝とタバコ
< ともあれ、増税の口実にせよ、小泉首相自らが「タバコは身体の
ために良くない」と喧伝している以上、外相の発言は、「首相の靖国
参拝は日本のために良くない」と言っている様なものです。更に言え
ば、中国・韓国が首相の靖国参拝に反対するのも、「受動喫煙」に反
対するのと同じ、という結論に、外相の文脈を読み進めばたどり着い
てしまいます。>

さてこういう無神経な発言をする当の麻生氏はニコチン中毒なのでし
ょうか、03年の全国たばこ販売協同組合連合会の通常総会で次のよう
に語っています。

< 昨今のたぱこに対する世相は「たばこは悪者」とする厳しい風潮に
ありますが、本当にそうなのでしょうか。たばこが人々の日常生活に定
着しているのは、ストレス解消などそれなりの効用があるからです。>
http://www.aso-taro.jp/newspaper/030625.html
スポンサーサイト

麻生発言に関する社説

昨日もご紹介ありましたように、麻生外相は28日、天皇の靖国参拝を
望むとの発言をしました。

これについて、昨日の沖縄タイムスと今日の朝日が社説で論じていま
す。朝日は、首相の靖国参拝を喫煙にたとえたことについても、「煙
で迷惑をかけていたら、吸わないのが礼儀だろう」と述べています。

立て直せアジア外交」(沖縄タイムス、30日)
<天皇の戦争責任問題をあらためて取り上げることも予想され、日本
と中韓関係の一層の冷却化は避けられまい。>
http://www.okinawatimes.co.jp/edi/20060130.html#no_2

麻生発言 天皇を持ち出す危うさ」(朝日、31日)
<外務大臣は日本外交の責任者である。だが、靖国神社をめぐる麻生
外相の最近の発言は、その責任と重みをわきまえているのか、疑問を
抱かせる。>
http://www.asahi.com/paper/editorial.html

朝日の社説で紹介されていますように、28日のBBCニュースも、麻生外
相の談話を「天皇の(戦争神社への)訪問がベストであろう」と伝え
ています。

Japan emperor 'must visit shrine' 」(BBC NEWS、28日)
http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/4658262.stm

インターネット新聞JANJANのコラム「松村宏のNEWSな顔」もこ
の問題を採りあげ、天皇が参拝されない理由として、単に戦犯が祀ら
れているということだけでなく、「靖国神社が帝国軍人さん中心の追
悼施設で、民間戦死者や、外国人の戦争被害者を追悼する施設ではな
いという点が大きいのではないか」と天皇の心情を忖度しています。

天皇陛下の靖国参拝実現?外交責任棚上げ大臣
http://www.janjan.jp/nigaoe/0601/0601290390/1.php

首相の靖国参拝はニコチン中毒?

28日、麻生太郎外相は天皇の靖国親拝を望むと共に、首相の靖国参拝
についても、「日本の首相が、国内でここには行ってはいけないと外
国から言われるのは通らない。たばこを吸うなと言うと吸いたくなる
のと同じだ」と述べたそうです。

麻生外相:首相靖国参拝 喫煙心理に例え中韓の対応批判(29日、毎日)

これでは小泉首相はまるで、「たばこは自分の健康だけでなく、周り
の人の健康を害するからやめてください」と言われたのに、「たばこ
は個人の嗜好の問題、他人からとやかく言われることはない」とばか
り、わざと周りに煙を吹きかけているようなものではないでしょうか?

「はだしのゲン」作者・中沢啓治さんのインタビュー

50カ国以上で出版され、世界中に原爆の悲惨さを伝えているマンガ
「はだしのゲン」を、読まれた方も多いと思います。

その作者の中沢啓治さんのインタビュー記事が、1月27、28日の毎日
新聞神奈川版に掲載されています。中沢さんの被爆体験、「はだしの
ゲン」を書いた動機などが語られていますので、お読みください。

<45年8月6日、僕は爆心地から1・2キロで被爆した。国民学校
1年生。学校の裏門でおばさんと話していると、B29の飛行機雲が
すーっと延び、B29が後方に消え空が光った。気がつくと塀の下敷
き。おばさんは全身まっ黒けで死んでいた。地獄。熱線7000度で
焼きつぶすと人は腕の皮膚が垂れる。爆風で粉々のガラス窓が、顔一
面にささった人。飛び出た眼球、腹が割け腸が1メートルくらい出て
いる人……。ものすごかった。>

http://www.mainichi-msn.co.jp/chihou/kanagawa/archive/news/2006/01/27/20060127ddlk14040244000c.html

http://www.mainichi-msn.co.jp/chihou/kanagawa/news/20060128ddlk14040304000c.html

「はだしのゲン」については、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%AF%E3%81%A0%E3%81%97%E3%81%AE%E3%82%B2%E3%83%B3

「井筒紀久枝、人と作品」を聴いて

今日、兵庫県伊丹市の柿衛文庫で開かれました大阪俳句史研究会・1
月例会で、新谷陽子さんがご高齢のお母様に代わって、「井筒紀久枝、
人と作品」と題してお話をされましたので、聴いてきました。

開始前はどきどきすると言っておられた新谷さんですが、なかなかど
うして実に堂に入った話しぶりで、お母様の井筒紀久枝様の波乱に満
ちた人生とそれの支えになった俳句について語られ、皆さんに感動を
与えようです。戦争の語り部がだんだん高齢化されていく中で、こう
いう語り部2世がおられることは、まことに心強い思いです。

また出席された専門家から、お母様が満州時代のご苦労を詠まれた一
連の俳句が、俳句界でも高く評価されていることを教えていただきま
した。まだご存知でない方は、次のサイトでぜひ井筒紀久枝様の自分
史や句集をお読みください。

平和への祈り 井筒紀久枝

山形出身の兵士の写真、60年ぶりで里帰り

かねてロスアンゼルス在住の日本人の方からの依頼で、「旧日本軍人
の遺留品
」の「写真」のページにP011-04として掲載していました、
山形県山辺町ご出身の元海軍兵士・井上正廣さんの写真が、このほど
山形新聞社のご協力で、ご遺族に返還されました。

井上さんは1945年1月、輸送艦に乗船中、南西諸島で雷撃を受けて戦
死されましたが、戦友が彼の写真を持っておられたらしく、フィリピ
ン・ルソン島の洞窟でアメリカ兵が見つけ、持ち帰っていたものです。

詳しくは、下記の山形新聞ニュースをご覧ください。

戦死した井上さん(山辺)の写真、60年経て“里帰り


山形新聞社は、最近もフィリピンに遺された手紙の主・城戸口さんの
ご遺族を探していただいており、ご協力に感謝しています。

太平洋における秘密の戦い

太平洋戦争の初期、破竹の勢いの日本軍はフィリピンを占領しました。
そして米軍のマッカーサー司令官は、"I shall return."の有名な台
詞を残して、オーストラリアへ退却しました。

その後米軍の指示でフィリピン国内に抗日戦線が組織され、米海軍は
潜水艦を使って武器や無線機を補給して、そのいわゆるゲリラを支援
しました。このゲリラの活躍が、マッカーサーをして約束どおりフィ
リピンへreturnせしめるのに、大いに貢献したといわれています。

その米軍とゲリラの連絡を指揮したのが、チック・パーソンズ氏、あ
の旧日本兵の手紙を遺族に返したいといってきたピーター・パーソン
ズ氏の父なのです。

マッカーサーはチック・パーソンズ氏の功績を讃え、「自分の知る、
もっとも勇敢な男」と述べたそうです。

ピーターは、その父の活躍を「Secret War in the Pacific (太平洋
における秘密の戦い)」というタイトルでビデオにまとめした。詳し
くは下記サイトをご覧ください。

Secret War in the Pacific

このような輝かしい武勲で勲章を受けたチック・パーソンズ氏が、戦
後なぜ敵であった和知元中将などの戦犯の家族に食品や医薬品を送る
などして支援したのか? ピーターに訊ねてみましたところ、次のよ
うな答えが返ってきました。

<「戦争は終わった。これからは平和の出番だ。われわれは共に生き
続けよう」というのが、父の考えだったようです。>

ハマスと大日本帝国

今回行われましたパレスチナの選挙で、過激派のイスラム原理主義組
織ハマスが過半数を大幅に上回る76議席で圧勝し第1党となりました。
その原因として、ハマスが学校や病院などを自ら経営し、腐敗にまみ
れた政府に代わり、民衆の生活を支援していることがあげられていま
す。

しかし先ほどのテレビ・ニュースは、その学校で生徒たちが軍事教練
を受けている様子や、自爆テロを志向するという女の子の姿を映して
いました。

それを見て、思わずかつての自分たちの国民学校時代に重ね合わしま
した。当時の大日本帝国を美化する人たちは、“鬼畜”イスラエルに
自爆テロで立ち向かうハマスにも喝采を送っているのでしょうか?

旧日本兵の手紙、61年ぶりに配達へ

先日、旧日本兵がフィリピンに遺した手紙について、その宛名か差出
人の情報をお伺いしましたが、このほど幸いその内の山形県出身の城
戸口新さんのご遺族を見つけることができました。

城戸口新さんは残念ながらフィリピンで戦死されており、遺された未
投函の2枚のはがきの宛名の彦四郎さん(父)、照子さん(兄嫁)の
お二人もすでに他界されていましたが、山形新聞社のご協力により、
照子さんのご子息の所在が判明したものです。

2枚のはがきには、故郷の家族や同じく召集されて南方戦線へ向かっ
た兄のことを気遣ったことが書かれていますが、発信されないまま、
ご本人は戦死されてしまったようです。

このはがきを現在持っているフィリピン在住のアメリカ人ピーター・
パーソンズ氏は、この配達されなかった手紙を何とか家族に届けたい
と、かつてマニラの日本大使館に頼みに行かれましたが、館員たちは
まったく関心を示さず、やむを得ず永年そのままになっていたそうで
す。

ご遺族の所在を知らせますと、「涙が出るほど感動しました。今も目
に涙を浮かべながらこのメールを打っています」とたいへん喜んで返
事をくれました。

パーソンズ氏は1937年、マニラ生まれで、日本軍の占領と共に、自宅
に軟禁され、その後父親がパナマ領事を兼ねていたので、外交官の交
換でアメリカへ帰ったそうです。

戦後すぐまた家族とマニラに戻りました。そのころ彼の父のチック・
パーソンズ氏が、古橋広之進氏らの日本の水泳選手をフィリピンに招
き、モンテンルパ刑務所でも日本人戦犯の慰安のための水泳のデモン
ストレーションを行ったそうです。

その縁で、彼は古橋氏始め、橋爪、浜口、鈴木弘氏などと今でも友人
だそうです。「ヒロサン」に競泳をコーチしたもらったおかげで、
65-70歳のフィリピン・チャンピオンとのことです。

親日家の彼の永年の思いを達成させるためにも、他の手紙もぜひご家
族に届けたいと願っています。ご協力をお願いします。

旧日本軍人の遺留品

「おもちゃ爆弾」の正体は信管

以前、NHK歌壇で次のような和歌を紹介されました。

<あの青い空より降りし 菓子拾い 手首なくせし 友も古希なり>

戦争中は子どもでしたが、こういう“菓子爆弾”のことを見聞きした
覚えはありません。その後も調べてみましたが、どうも解りませんで
した。

今日の東奥日報に、「『おもちゃ爆弾』の正体は信管」という見出し
の記事が掲載されています。青森空襲の焼け跡で数多く見つかり、触
った子どもたちが死傷した謎の爆発物(通称おもちゃ爆弾)は、実は
焼夷弾の信管だったという内容です。

http://www.toonippo.co.jp/news_too/nto2006/0126/nto0126_4.asp

“菓子爆弾”の正体もこういうことだったのでしょうか? 当時“菓
子爆弾”や“おもちゃ爆弾”のことを見聞した方がおられましたら、
お知らせください。

インターネット実名制

昨日の韓国・中央日報は「インターネット実名制で悪質なコメントを追放しよう」とタイトルで次のように書いています。

<特に、インターネット上のコメントは、デジタル時代の新しい世論形成の場として定着した。政治的問題や社会的懸案に数多くの主張や意見が提示される。これまで新聞やテレビを一方的に視聴してきたのとは違い、サイバー空間では自分の声を出す双方向世論形成が可能だ。これはインターネットの機能であり、デジタル時代の民主主義の一形態といえる。>

<しかしわれわれのインターネット文化、特にネチズンから寄せられるコメントは見るにしのびない。今インターネットでは悪口や誹謗、人身攻撃が乱舞している。一言で‘無法天下’だ。>

< これではインターネット強国、インターネット先進国とはいえない。検察の今回の措置でこうしたコメントはある程度なくなるはずだ。しかしサイバー空間を浄化するのは結局のところネチズン役割となる。ネチズンがネットマナーを守れば、健全なインターネット文化が定着する。このためにもインターネット実名制が一日も早く実施されるべきだ。そうしてこそ匿名性の裏に隠れてサイバーテロを行うこともなくなるだろう。>
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=72055&servcode=100§code=110

これは韓国だけでなく日本でも同様で、ハンドルネームという匿名性の陰に隠れた悪口雑言、無責任な発言が飛び交っています。

私のサイト「戦争を語り継ごう ―リンク集―」の掲示板も、仮面を被ったサイバーテロの攻撃の的になり、2度も閉鎖のやむなきに追いやられました。そこで、実名とメールアドレスの明記を義務付けたところ、そうして書き込みはすっかりと影を潜めてしまいました。

このブログにも、いろいろコメントやトラックバックが寄せられますが、ほとんどが匿名のものです。言いたい意見があれば、堂々と実名や身元を明らかにした上で、発言すべきです。こそこそと匿名で発表しているような意見は単なる落書きで、無視すべきものと思っています。



Re: ナベツネ氏が斬る小泉政治の「変」

昨夜のテレビでの、ナベツネ氏の発言は「論座」2月号の内容とほぼ
同じでした。

「まるで朝日の主筆の発言と同じようですね」との筑紫キャスターの
発言に対し、「こういう危機の時代だから、力を合わせるべきだ」と
いった答えをしていました。

そして、「なぜ突然こういうことを言い出されたのですか?」の問い
に対しては、「今年でもう80歳になる。いつお迎えが来るかわからな
いので、今のうちに言うべきことを言っておきたい」とのことでした。

戦争体験者の皆さんは、ナベツネ氏にならって、今こそ声を上げてほ
しいものです。

ナベツネ氏が斬る小泉政治の「変」

このところ、 ナベツネこと渡辺恒雄読売会長が、首相の靖国参拝を
批判して論議を呼んでいます。戦争体験世代ではうなづける内容でも、
戦争を知らない、いわゆるネットウヨ族たちには衝撃らしく、ネット
上では「もう読売はとらない」などといった書き込みが見られます。

その渡辺氏が、昨夜と今夜連続で、TBS系列のテレビ番組「ニュー
ス23」に出演します。昨夜は筑紫哲也キャスターとの対談で、小泉
政治を批判し、次期首相には、靖国参拝はしない、市場原理主義者を
閣僚にしない、といった注文をつけていました。今夜(22:54~)は
その靖国問題を語るそうです。

http://www.tbs.co.jp/news23/main.html

バターン死の行進:文春記事に元捕虜の米国人が抗議

今日の毎日新聞が次のように報道しています。

<第二次世界大戦中にフィリピンを占領した旧日本軍が捕虜を長距離
歩かせ、多数が死亡したとされる「バターン死の行進」を生き延びた
元捕虜の米国人が13日、米ロサンゼルスで記者会見し、同行進を扱
った昨年12月号の月刊誌「文芸春秋」の記事について「史実をわい
曲しようとする記事だ」と批判、同誌発行元の文芸春秋社に謝罪を要
求した。>
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20060115k0000m040018000c.html

この記事の解説です。

「『文芸春秋』誌に掲載された「バターン死の行進」に関する記事について」

どなたかこの記事を読まれた方は、ご感想をお寄せください。


参考:「バターン死の行進

靖国参拝問題に関する今日の社説(続)

一昨日の、朝日、東京(中日)、産経に引き続き、今日の毎日、神戸、
それに昨日の北海道も、靖国参拝問題を自民党総裁選の争点にすべき
かどうかを採りあげています。

靖国参拝問題 争点隠しの総裁選はごめんだ」(毎日)
< 総裁選では各候補の基本的スタンスをはかる上でも靖国問題は格
好のテーマだ。「争点にすべきではない」は、「批判を許さない」と
同意語になりかねない。総裁選とはいえ、結果としては一国のトップ
を選出する選挙だ。争点隠しは許されない。大いに論争し、行き詰ま
ったアジア外交を再構築する糸口にすべきだ。>
http://www.mainichi-msn.co.jp/eye/shasetsu/

自民総裁選/国民参加を掲げるのなら」(神戸)
<いくら「心の問題」であっても、影響がだれの目にも明らかな以上、
総裁選で素通りしては、内外の懸念を正しく受け止めていないといわ
れても仕方あるまい。>
http://www.kobe-np.co.jp/shasetsu/index.shtml

自民党総裁選*「靖国」外しはおかしい」(北海道)
< 総裁選に立候補しようとの気持ちがある政治家なら、参拝の是非
をはじめ自らの歴史認識を語り合い、冷静に議論する必要がある。
「心の問題」などと逃げないでほしい。>
http://www.hokkaido-np.co.jp/Php/backnumber.php3?&d=20060114&j=0032&k=200601147052

また、沖縄タイムスと中国新聞もコラムで採りあげています。

「大弦小弦」(沖縄タイムス)
<驚いたというより、あきれた。歴史、経済、文化的に交流の深い中
国、韓国と首脳会談はおろか、外相会談の開催すら難しくなるほど外
交関係が悪化した要因は、首相の靖国参拝でなかったか。>
http://www.okinawatimes.co.jp/col/20060113m.html

「天風録」(中国)
<もともと〇一年の総裁選で、靖国参拝の是非を争点にしたのは小泉
首相である。いまさら都合がよすぎる、と言われても仕方がなかろう。
第一、アジア外交に靖国参拝問題は避けて通れない。>
http://www.chugoku-np.co.jp/Tenpu/Te200601140082.html

このように、北海道から沖縄まで、産経を除き、全国の“ほとんど”
の新聞が、靖国参拝を総裁選の争点にすべしと主張しています。

新規リンクのお知らせ

「戦争を語り継ごう -リンク集-」に新しく次の2サイトを追加し
ました。

「彷徨ビルマ戦線」
インパール作戦で敗れ、飢えと戦いながら、ビルマからタイまで敗残の
後退を続けた元陸軍将校の体験記


「Kennさんの記録 1-1 (国民学校世代の戦時中の思い出)」
国民学校の生活や空襲の思い出、戦死者に捧げる短歌

海外から見た「戦争を反省しない日本人」

12日の「森田実政治日誌」は、小泉首相の靖国参拝とその底にある
「戦争を反省しない日本人」への批判が、全世界で高まっていると書
いています。以下、全文引用します。


国際舞台で仕事をし、世界の動向を分析している友人から電話がかかっ
てきた。

 以下、友人Aからの電話の要旨を紹介する。傾聴すべき言葉だと痛感
した。

 《小泉首相の靖国参拝への批判者に対する「理解できない」発言(1
月4日の年頭会見)以来、第二次大戦を少しも反省しようとしない日本
の右翼ナショナリズムへの批判が世界中に広がり始めています。日本の
イメージが悪くなっています。日本は、小泉首相、安倍官房長官、麻生
外相、産経新聞と一部右翼的言論人のために、全世界から相手にされな
くなります。危険水域に入ってきました。》

 「靖国神社の中の資料館を見に行った外国人のジャーナリストや学者
はみな驚いています。外国人ジャーナリストは、靖国神社のことを次の
ように伝えています――靖国神社はこう主張している。「日本が戦争を
やったのは正しかった。悪いのは米国や英国だ。日本は何も悪くない…」
と。》

 《この靖国神社にアジアで戦争を起こし極東裁判で裁かれたA級戦犯
が祀られている。そして小泉首相は、何度も繰り返し参拝している。中
国や韓国の政府が「考え直してほしい」と要請しても、「理解できない」
と突っぱねて参拝を合理化し、居直っている。この小泉首相の姿から、
世界は、日本は第二次大戦のことを何も反省していないのだ、と思い始
めています。》

 《これから、中国、韓国、シンガポールそして米国や英国など第二次
大戦で日本軍と戦った各国は、小泉首相を反省させるために、第二次大
戦中の日本軍の諸々の犯罪的行為の記録や資料を表に出してくるでしょ
う。毒ガス兵器や細菌兵器のことも出してくるかもしれません。日本の
イメージはどんどん悪化するばかりです。日本国民は小泉首相を支持し
てきたために、小泉首相が世界中から相手にされなくなったとき、日本
は世界から孤立します。小泉首相の冷たさと頑なさが、日本のイメージ
ダウンの原因です。おそろしいことです。》

 《日本人は早く気づかないと大変なことになります。森田さん、よく
調べてみてください。これから日本軍国主義への批判が始まります。日
本国民自身が第二次大戦の責任究明を行うべきです。》 

靖国参拝問題に関する今日の社説

首相の靖国参拝問題は、外交問題からさらに政局の問題にまで広がり
つつありますが、今朝の朝日、東京(中日)、産経の各紙の社説がこ
の問題を採りあげています。

自民総裁選 靖国を避けて通れるか」(朝日)
< 自分が首相になっても参拝するというなら、それでもアジア外交
はこう打開するという展望を語る責任がある。参拝しないという人に
も、靖国問題がなくてもただでさえ厄介な隣国関係をどう再構築する
のかを語ってほしい。>
http://www.asahi.com/paper/editorial.html

小泉氏と靖国 その居直りがいけない」(東京・中日)
< 次期総裁候補の一人、安倍晋三氏も小泉氏と同類らしい。先日こ
う言った。「先の戦争をどう評価するかを政治家が言うと、外交的、
政治的意味を持ち、あまり賢明ではない。それは歴史家に任せたい」。
意味が分からない。歴史認識を語れぬ総理総裁候補など、候補たりえ
ない。>
http://www.tokyo-np.co.jp/sha/index.shtml

ポスト小泉 靖国を政争の具にするな」(産経)
< だが、次の日本の首相が靖国参拝をするかしないかを“踏み絵”
のように扱うことの愚かしさを知らなくてはならない。その是非には
外国の政治的思惑や策謀が絡んでおり、総裁選がそれに乗じられてし
まうからである。>
http://www.sankei.co.jp/news/editoria.htm

ナベツネ氏の戦争責任論

今夜の日刊ゲンダイは、例の渡辺(読売)・若宮(朝日)対談を一面
のトップ記事にしていますが、その記事でも紹介されていますように、
ナベツネこと渡辺恒雄氏は対談の中で、戦争責任の追及を強く主張し
ています。以下、同氏の発言から戦争責任に関する部分を抜書きしま
す。

「僕は戦争責任を考えるのは、満州事変前後からが対象だと思う。満
州事変は最初関東軍参謀だった石原莞爾のある種の理想主義があって、
王道楽土をつくるなんていっていた。しかし、石原莞爾は柳条溝での
鉄道爆破事件など非合法な事件に絡んでいるのですよね。だから、石
原莞爾がその後、戦争非拡大論者になったからといって許されるとい
うわけにはいかない」

「そして、その後、太平洋戦争に進むに当たって、首相だった近衛文
麿は相当悪いと思う。(略)その後登場した近衛さんは、そうした状
況(政党の衰退)を正常化すべきところだが、逆に大政翼賛会をつく
ってしまった。(略)さらに、東条を首相に引っ張り出したのは、木
戸幸一内大臣です。東条を首相にしたら国がどうなるかわからなかっ
たのだろうか。そういう意味で、木戸内大臣の責任は重大だと思う」

「(南京虐殺について)そりゃあ、当時の兵器の性能からしても30万
人というのは物理的に不可能なんですよ。ただ、犠牲者が3千人であ
ろうと3万人であろうと30万人であろうと、虐殺であることには違い
がない」

そしてこう述べています。

「僕も79歳です。僕らがいなくなると、あの残虐な戦争の実態を知ら
ない人ばかりになって、観念論争になっちゃうんじゃないかと心配だ。
中国や韓国の人たちだって、極端な歴史を博物館や何らかの形で残し
て、子孫に伝え、反日運動をあおっている面がある。
僕は自分の実体験を語り、残しておかないといけないと思っている。
日本軍というのは本当にひどいものだったんだということを、どうし
ても言い伝え、書き残しておかなきゃいかんと思っているわけですね」

戦争を体験した人は、いくら保守派だ、右派だといっても、やはり過
去の戦争への見方は厳しいものがあります。最近の、戦争を知らない
政治家たちの言動に、危機感を募らせているのでしょう。

読売新聞では、約1年間にわたって「戦争責任を明らかにする」とい
うシリーズを続け、そして今年の8月15日をめどに、軍、政府首脳ら
の責任の軽重度を記事にするそうです。注目したいと思います。

旧日本兵がフィリピンに遺した手紙

拙サイト「旧日本軍人の遺留品」に、フィリピン在住のアメリカ人・
Peter Parsons氏から、旧日本兵が遺した手紙を持っているので、そ
の兵士の家族を探してほしいとのメールが来ました。戦地で家族宛に
書いたが未投函のままのものもあり、ぜひ家族に届けたいとのことで
す。

これら手紙(封書・はがき)の差出人および宛名は次のとおりですの
で、もし何かお心当たりがありましたら、ぜひお知らせください。

(1)野村萬吉(京都市下京区)から小川治郎(比島派遣垣6555部隊
中村隊)あて(小川様は京都・鳥羽の出身と思われる)

(2)辻清(垣6555部隊中村隊)から辻らおよび辻静江(舞鶴市南
濱扶桑町)あて

(3)勝部勝造(垣6555部隊中村隊)から川村治郎吉および草津川幸
三郎
(滋賀県野洲郡河西村)、大野武次(呉市)あて 

(4)城戸口新(呉局気付)から城戸口彦四郎および城戸口照子(山
形県東村山郡大曽根村)あて

詳しくは、下記サイトの「手帳・日記・手紙」のページT009をご覧
ください。

「旧日本軍人の遺留品」


なおこの手紙を保管していたのは、Peter Parsons氏の亡父・Chick
Parsons氏ですが、彼は戦後まもなくモンテンルパ刑務所に収容され
ていた日本人戦犯の留守家族に食品などの支援を行っておらたそうで
す。そしてB級戦犯の和知鷹二元陸軍中将の夫人からの礼状も貰って
おられます。

Peter Parsons氏は、和知元中将のご遺族も探してほしいと言ってお
られますので、お心当たりの方はお知らせください。

和知元中将については、
http://www.h2.dion.ne.jp/~sws6225/zinbutu/wati.html

元A級戦犯・賀屋興宣氏の証言

日米か戦時に東条内閣の蔵相を務め、敗戦後A級戦犯として終身刑を
受けた賀屋興宣の証言が13日から公開されます。その中で、彼は自ら
の戦争責任について「日本人として最も重大な責任を感ずべき一人だ」
と述べているとのことです。詳しくは、次の今朝の朝日新聞の記事を
ご覧ください。

http://www.rose.sannet.ne.jp/nishiha/kirinuki/asahi060111.htm

「論座」2月号の渡辺(読売)・若宮(朝日)対談でも、若宮氏が賀
屋興宣について次のように述べています。

<(前略)それで私は右派政治家の代表者だと思っていたのです。と
ころが彼は閣僚時代、外相だった東郷さんと二人で開戦に反対してい
る。軍と対立しながら、あの手この手を尽くしたが、最後はあきらめ
ざるを得なかった。

その賀屋さんは自伝の中で、自分は戦争に反対だったからといって
責任を免れることはできず、切腹ものだと書いている。東京裁判は勝
者の裁判で自分は東京裁判に納得がいかないが、やはり開戦の責任は
重かったと。ましてや、東条英機をはじめ本当に戦争を主導した者た
ちの責任は、万死に値すると言いたかったのでしょう。>

共同通信および時事通信によりますと、この証言の中で賀屋は東条英
機を次のように評しています。

「陸軍を多少でも抑えられる可能性を持つ、ただ一人の人物という理
由から総理大臣に起用された」
「歩兵の中隊長的性格。良く言えば即断即決、悪く言えば熟慮的でな
い」
「感情としては、(対米戦争を)やりたい気持ちがあったのではない
か」

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060111-00000000-kyodo-soci
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060111-00000009-jij-pol

Re: 「産経抄」の誤植?

去る7日、次のように書きました。

> 昨日の産経新聞のコラム「産経抄」が、5日の朝日新聞の社説を批判
> して、<「全国の新聞のほとんどが参拝をやめるよう求めている」と
> いうのは誤植ではないかと何度も見直した>と書いていることは昨日
> ご紹介しました。

> 発行部数からいえば、9割以上の新聞が参拝反対で、賛成は僅か4%で
> す。私のような一市井人でも分かるのに、専門家である産経の論説委
> 員がこういう数字も分からないとは不思議です。
http://nishiha.blog43.fc2.com/blog-entry-32.html

さすがに産経抄子もこの事実を認めて、今日は次のように書いていま
す。

< 朝日新聞夕刊のコラム「窓」から貴重な事実を教えていただいた。
昨年十月の小泉首相の靖国神社参拝について、「もろ手をあげて支持
したのは産経だけである」そうだ。>

<▼「窓」のおかげで、そんな意見が新聞界では少数派だとわかった。
それがどうしたというのだ。そもそも多数派を誇るなんて、少数意見
の尊重を謳(うた)ってきた朝日新聞らしくもない。>
http://www.sankei.co.jp/news/column.htm

自分たちが少数派と認めたのは潔いが、間違いを謝るどころか、逆に
多数派だと威張るな、少数意見も尊重せよと開き直っています。朝日
の「窓」は別に多数派を誇って書いたのではないと思います。

「産経抄」は35年間も執筆し続け、名物記者といわれた石井英夫氏が
一昨年末交代し、複数の記者が交替で書くようになってから、どうも
レベルが落ちたような気がするのは私だけでしょうか?

次期首相候補の遊就館観

安倍官房長官は、8日民放の報道番組に出演しましたが、その時の話
を朝日新聞は次のように伝えています。

<安倍氏は、(靖国参拝批判に対する)中韓両国の批判は「誤解に基
づくものだ」とし、靖国神社の展示施設内容を引き合いにした国内の
靖国参拝批判に対しては「ただ単に誤解を世界中にまき散らしている
動きではないか」と反論した。>
http://www.asahi.com/politics/update/0108/002.html

私も“遊就館を引き合いに出して靖国参拝を批判”している一人です。
03年に遊就館を見学したとき、まるで60年前の軍国少年時代にタイムス
リップしたかのような感じを受けました。同年代の人たちの感想を見て
も、同じようなのが多いようです。

そこからは、まるでかつて耳にタコができるほど聞かされた、「撃ち
てし止まむ」や「一億一心」などのスローガンが今にも聞こえてきそ
うで、それに躍らされて、何百万もの国民、何千万もの外国の人たち
が殺されたことへの反省は見られません。

先にご紹介しましたように、麻生外相も次のように語っています。

「(遊就館は)戦争を美化する感じではなく、当時をありのままに伝
えているだけ。当時はそうだったと事実を述べているにすぎない」
http://nishiha.blog43.fc2.com/blog-entry-20.html

太平洋戦争開戦の前年に生まれた麻生氏がはたして当時のことをどれ
だけ覚えているかは疑問ですが、まさにそのとおり遊就館は当時の雰
囲気をそのままに伝えています。

先の渡辺(読売)・若宮(朝日)対談で、ナベツネ氏はこう語ってい
ます。

「(遊就館の)中を見てきた子供が、『日本はこの前の戦争で勝った
んだね』と言うんだな」
http://nishiha.blog43.fc2.com/blog-entry-31.html

この言葉を思い出して、お二人の次期首相候補の顔が浮かんできました。

__________________________

西羽 潔  Kiyoshi Nishiha

新規リンクのお知らせ

「戦争を語り継ごう -リンク集-」に新しく次の2サイトを追加し
ましたので、ご覧ください。

「父のシベリア抑留記」
旧満州の会社に勤務中、1945年5月、41歳で現地召集を受け、敗戦後
シベリアへ送られ、炭鉱で重労働と飢えの生活を送り、1947年帰国す
るまでの体験記
http://www.geocities.jp/hanegao/Yokuryuki/Yokuryuki.htm

「シリーズ・戦後60年」
西日本新聞の特集シリーズ。「私の8・15」「まくとう沖縄戦」に21
人の体験談
http://www.nishinippon.co.jp/news/2005/sengo60/index.html

731部隊隊長の「日記」初公開

先ほど夕方のTBS系列テレビで、

< 細菌兵器を開発し、使用していた旧日本軍731部隊の石井四郎
隊長が、敗戦直後に書き記していた直筆の日記が、60年ぶりに発見
されました。JNNは発見者のノンフィクションライター・青木冨貴
子さんの協力のもと、初めてこの日記のすべてを撮影しました。ナゾ
に包まれていた石井隊長の戦後・・・その姿が浮かび上がりました>

というニュースが放映されました。下記で録画も見ることができます。

http://news.tbs.co.jp/headline/tbs_headline3199696.html

昭和天皇はA級戦犯合祀に反対だった?

靖国神社に問題のA級戦犯がなぜ、どのような経緯で合祀されたのか、
それを詳しく解説したサイトがありました。これによりますと、昭和
天皇はどうも合祀に反対だったようです。ひじょうに詳細な説明です
ので、以下ポイントのみ引用します。

<こうして国と靖国神社の共謀により、着実に戦犯の合祀が進んでき
たのですが、歴史学者の秦郁彦は、これには「厚生省引揚援護局」の
旧軍人グループと、靖国神社宮司松平永芳の役割が大きかった、と主
張しています。>

<1966年引揚援護局はA級戦犯の「祭神票」を靖国神社に送り付けま
した。しかしこの当時の宮司筑波藤麿は、山階宮家から臣籍降下した
元皇族であり、東大国史学科に学び欧米にも留学した広い視野を持つ
歴史家でした。筑波は、これまでの経緯と天皇家や宮内庁内の空気を
熟知していたので、それに配慮し、合祀を差し止めていました。>

<青木氏(注、一男、東条内閣大東亜相)は、「合祀しないと東京裁
判の結果を認めることになる」「戦争責任者として合祀しないとなる
と神社の社会的責任は重いぞ」と迫りました。事態が急変したのは、
その筑波宮司が急逝し、後任の宮司に東京裁判否定派の松平永芳(自
称「無免許宮司」)が就いてからのことです。>

<この松平永芳は幕末の福井藩主、松平春獄の孫にあたる軍人でした。
自衛隊を一佐で定年退官して郷里の博物館長に引退していた松平を強
く推したのは、元最高裁長官でその退官後「英霊にこたえる会」の会
長、明治神宮総代をつとめいた石田和外でした。
 石田氏は同じ福井県出身である旧藩主の松平氏とは親交があり、下記
平泉思想に共鳴し合う間柄にありました。だが口添えした高松宮は、
「うってつけだが、ただではすまないよ」と洩らしたともいう。その
心配は的中しました。>

<1978年松平は宮司預かりとなっていたA級戦犯合祀を行うことを決
意し、合祀者名簿を天皇のもとへ持って行きます。(中略)
それを受け取った徳川侍従次長は、天皇の意向に基づき「相当の憂慮」
を表明しました。特におかしいと思われたのは病気でなくなった、永野
修身、松岡洋右らの合祀です。しかし松平はそれを無視し、独断で合祀
を強行してしまいました。徳川らの側近たちの不満は天皇の意を汲んで
なされたことは、間違いありません。「昭和天皇独白録」は戦時指導者
に関する辛口評で読者を驚かせましたが、なかでも松岡については「恐
らくはヒトラーにでも買収されたのではないか」とまで酷評を加えてい
ます。そもそも松岡は戦死ではなく裁判中に病死した人間ですが、これ
まで平時の病死者・暗殺者・事故死者が合祀されることはありませんで
した。恣意もここにきわまれりということだと思います。>

「A級戦犯合祀は自らやめるべきである

一昨日ご紹介しました渡辺(読売)・若宮(朝日)対談でも、若宮氏
が次のように述べています。

<A級戦犯の合祀について昭和天皇は、「山階(注、筑波宮司のこと)
ならああいうことはしなかったろうな」と語ったという話を、ある有
力政治家から聞いたことがあります。松平宮司になってA級戦犯を合
祀したことへの、不快感の表明だったのではないですか。現にその後
天皇陛下は四半世紀以上も靖国神社に参拝していないですね。だから
私も国民統合の象徴である天皇陛下がはれて追悼に行けるような、新
しい国立施設をつくったらいいと主張しているんです。それなら、外
国の元首にも来てもらえる。>

これに対し、渡辺氏も「まったく同感です。」と答えています。

A級戦犯の合祀に反対するのは“反日”とする輩がいるようですが、
彼らにとっては昭和天皇も“反日分子”なのでしょうか?

旧米軍人の遺留品

ご承知のように、ウェブサイト「旧日本軍人の遺留品」では、旧連
合国の人からの情報もお願いしていますが、昨日二人のアメリカ人か
ら、逆に「旧米軍人の遺留品」を探してほしいとの依頼がありました。
このような遺留品にはかつての敵味方はありませんので、サイトにこ
ういう情報も載せることにしました。

依頼があったのは次の2件です。これに関する情報がありましたら、
些細なことでも結構ですから、お知らせください。
--------------------------------------------------------------
日本軍の旧福岡捕虜収容所に収容されていた元米軍捕虜が、日本に残
した遺留品の返還を望んでいます。

旧福岡捕虜収容所に収容されていた元米軍捕虜については下記サイト
をご覧ください。
http://home.comcast.net/~winjerd/POWCamp1.htm

依頼主:Wes Injerd (USA)
--------------------------------------------------------------
フィリピンでアメリカ兵として戦った祖父の「ロデオベルトの銀製バ
ックル」を探しています。祖父は、鴨緑丸および江之浦丸で日本へ移
送中、1945年1月9日に死亡しましたが、このバックルはそのとき持っ
ていたものです。目撃者によれば、バックルは日本軍の警備兵に押収
されたか、食べ物と交換されたかです。

依頼主:Kurt Jordan (USA、アトランタ州)
--------------------------------------------------------------
またその他、旧連合国軍人の遺留品に関する情報がありましたら、ぜ
ひご教示ください。

満蒙開拓青少年義勇軍

満蒙開拓青少年義勇軍(日中戦争開始で、旧満州への成人の農業移民が困難になったため、国が募集した青少年の武装移民)の体験に関する記事を二つご紹介します。

「父の15年戦争(1)―関東軍の特攻」 (JANJAN)

「満蒙開拓青少年義勇軍 『腰抜け』呼ばわり嫌で手を挙げた 宮崎静夫
さん」
(西日本新聞)

「産経抄」の誤植?

昨日の産経新聞のコラム「産経抄」が、5日の朝日新聞の社説を批判
して、<「全国の新聞のほとんどが参拝をやめるよう求めている」と
いうのは誤植ではないかと何度も見直した>と書いていることは昨日
ご紹介しました。

それに対し私は、<小泉首相の靖国神社参拝を支持しているのは産経
のみです。全国の新聞の記事も、誤植ではないかと何度も見直す必要
があるのではないでしょうか?>とコメントしましたが、今日の朝日
新聞夕刊のコラム「窓 論説委員室から」も、同じような趣旨で反論
しています。

昨年10月の小泉首相の靖国神社参拝について、全国48の新聞が参拝反
対の社説を掲げた、もろ手をあげて賛成したのは産経だけであるとし
て、次のように書いています。

<いまや朝日新聞の言説に「ほとんどの新聞」が肯く時代ではないと
いう指摘だ。それに異論はないが、各紙の論調が結果として一致する
ことはある。靖国参拝がそれだ。

産経の1面を飾る名物コラムである。正論も辛口もいいが、事実だけ
は正確にお願いしたい。それとも誤植だったのでしょうか?>

全国の日刊紙の発行部数約4600万部(2003年1-6月)の内、読売、朝
日、毎日、日経、産経の全国紙を除く地方紙の合計シェアは約4割も
あります。産経は全体の約4%に過ぎず、地方ブロック紙の中日より
も少ないのです。目の仇にする朝日でも18%で、地方紙全体には遥か
に及びません。

しかも朝日を含め、政府迎合の傾向が強くなっている全国紙に比べ、
地方紙では地方の立場から政府に批判的な新聞が多いように思われま
す。

発行部数からいえば、9割以上の新聞が参拝反対で、賛成は僅か4%で
す。私のような一市井人でも分かるのに、専門家である産経の論説委
員がこういう数字も分からないとは不思議です。

ナベツネ氏と朝日が「共闘」宣言?

ronza.jpg



先に読売新聞の渡辺恒雄主筆と朝日新聞の若宮啓文論説主幹が初めて
対談したとご紹介しましたが、その内容が雑誌論座」2月号に掲載
されています。

この雑誌の表紙や広告には「渡辺恒雄氏、朝日と『共闘』宣言」とい
うキャッチコピーが躍っていますが、靖国、戦争責任、アジア外交な
どについて語り合っている二人の意見はよく一致し、若宮氏が「どっ
ちが朝日新聞か分かりません」と苦笑するほどです。

その中で、過去の軍国主義を礼賛する施設として二人が批判している
靖国神社の遊就館について語っている部分をご紹介します。

-------------------------------------------------------------
渡辺 (前略)その後、僕は靖国神社の近くに引っ越して、よく靖国
神社を散歩するようになりました。だけど、いまだに参拝したことは
ない。靖国神社本殿の脇にある、あの遊就館がおかしい。あれは軍国
主義礼賛の施設で、中を見てきた子供が、「日本はこの前の戦争で勝
ったんだね」と言うんだな。軍国主義をあおり、礼賛する展示品を並
べた博物館を、靖国神社が経営しているわけだ。そんなところに首相
が参拝するのはおかしい。

その後、靖国神社の宮司が、「なぜA級戦犯を合祀したか」「なぜ
A級戦犯を分祀できないか―などについて話しているのをいろいろ勉
強してみて、僕はもう、とんでもないと思った。それで、新たに追悼
施設をつくるべきであると考えたわけだ。

若宮 遊就館は2002年に新しく建て替えられて、非常に立派な施設に
なりましたが、内容はとても現代のものとは思えません。確かに特攻
隊員の遺書などは涙を誘います。しかし、日清、日露はおろか、満州
事変から太平洋戦争まで一貫して、栄光のアジア解放や自存自衛の戦
争というトーンで、忸怩(じくじ)たるものがまったくない。

1階にはゼロ戦が展示してありますね。その説明を見ると、ゼロ戦
は中国の重慶でデビューしたと書いてあるんですよ。重慶の空中戦で、
当時のソ違製中国機を大半撃墜して、世界にその名を知らしめたとい
うようなことが書いてある。だけど、重慶ではゼロ戦で制空権を取っ
たあと、爆撃機で市内を空爆して多くの市民を殺した。ここに蒋介石
の国民党政権の臨時政府があつたからですが、世界的にも無差別爆撃
のはしりといわれて悪名が高い。そういうものを靖国神社に得意げに
展示していながら、中国に対して「首相の参拝に文句を言うな」とい
うのは、本当に失礼な話です。
--------------------------------------------------------------

«  | HOME |  »

最近の記事

カテゴリー

カレンダー

12 | 2006/01 | 02
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

月別アーカイブ

最近のトラックバック

ブログ内検索

リンク

このブログをリンクに追加する

「戦争を語り継ごうML」ご案内

このブログの記事は、主としてメーリングリスト「戦争を語り継ごうML」へ投稿したものです。このメーリングリストは、世代間の交流を通じて戦争を正しく語り継いでいく場として、設けたもので、10代から90代まで、多数の人が参加しています。

参加を希望される方は、上の「リンク」の「戦争を語り継ごうML」をクリックしてください。

コメントをどうぞ

このブログについてのコメントは、下記へお寄せください。

名前:
メール:
件名:
本文:

プロフィール

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。