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劇団四季の昭和の歴史三部作

今朝の東京新聞のコラム「筆洗」は、戦後60年の今年を振り返り、
<こうした中、ミュージカルの劇団四季(浅利慶太代表)が『李香蘭』
『異国の丘』『南十字星』の、昭和の歴史三部作を年間企画として都
内で連続上演したことは快挙といっていいだろう>と述べています。

この三部作の中でもとりわけ『李香蘭』は中国でも公演され、日中の
相互理解に大きく貢献したと高く評価しています。

http://www.tokyo-np.co.jp/hissen/
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特攻・玉砕―二人の軍人の思い

朝日新聞夕刊の小さなコラム「素粒子」の筆者が、今日の朝刊に今年
を振り返っての一文を載せていますが、その中で二人の軍人の思いを
紹介しています。

その一人は戦艦大和の哨戒長・白淵磐大尉。彼は「敗レテ目覚メル 
ソレ以外ニドウシテ日本ガ救ハレルカ 今目覚メズシテイツ救ハレル
カ 俺タチハソノ先導ニナルノダ 日本ノ新生ニサキガケテ散ル マ
サニ本望ヂヤナイカ」と、自分の死と引き換えに、日本の新生を信じ
ました。

もう一人は硫黄島の死守を命じられた兵団長・栗林忠道中将。皇軍は
国民を守るための軍隊ではなかったといわれていますが、彼は「普通
の人々が普通の生活を送れるようにするために自分たちが存在するの
だ」という強い思いがあったそうです。そして徹底抗戦することで米
国民の厭戦気分を引き出し、終戦に持ち込みたかったといわれます。

戦争末期、特攻、玉砕という不合理な戦いを強いられたこの二人は、
自分が日本新生のための捨石になることで、自らの死を納得させたの
でしょうか?

そして今の日本は彼らの思いに沿うものであるのかどうか、筆者は問
うています。今年もいよいよ最後の日になりました。来年は果たして
二人の期待に応える方向へと加速する年になるのでしょうか、それと
も逆行させる年になるのでしょうか?


記事の切抜きを下記にアップしましたので、お読みになっていない方
はご覧ください。

「戦後60年の悔恨・異常・偽り」

九大生体解剖事件の証言

撃墜された米軍爆撃機B29の搭乗員捕虜を生きたまま解剖したという、
いわゆる“九大生体解剖事件”の最後の生き証人といわれる医師が、
今朝の朝日新聞「私の視点」に、貴重な証言を投稿されています。お
読みになっていない方のために、記事の切抜きをアップしましたので
ご覧ください。

http://www.rose.sannet.ne.jp/nishiha/kirinuki/asahi051230.htm

なおこの事件については、去る27日の九州朝日放送のテレビ番組「許
されざるメス ~九州大学生体解剖事件~」として放送されました。
ご覧になられた方は、ご感想をぜひお寄せください。下記の番組紹介
で、事件の概要が分かります。

http://www.kbc.co.jp/tv/yurusarezaru/

紅白歌合戦で「戦争を語り継ごう」

今年もいよいよ後二日となりましたが、明日の大晦日恒例の紅白歌合
戦では、戦後60年ということで、長崎出身のシンガー・ソングライタ
ーさだまさしさんが、原爆にまつわる思いを描いた「広島の空」を歌
うとのことです。また女優の吉永小百合さんによる「原爆詩」の朗読
も予定されています。

さだまさしさんは従来から、「あなたの大切な人の笑顔を守るため、
何ができるか考えよう」と呼びかけてきましたが、戦後六十年目の国
内も「平和を求めるムーブメントは、思ったより活気がなかった。逆
に、憲法を変えるなんて話が現実味を帯びてくるなんて」、「僕もお
客さんも、一呼吸置き、原点を見つめ直す時期だと思った」と語って
います。

「戦後60年悲劇繰り返すな 紅白舞台に平和の願い」(西日本新聞、
30日朝刊)

http://www.nishinippon.co.jp/media/news/news-today/morning_news026.html

次のサイトでは、「紅白歌合戦には場違いではないかと、初めは悩み
ましたが、スタッフの方達の熱い思いに心動かされて、出演を決めま
した。核兵器の廃絶、平和の願いを込めて、しっかり朗読したいと思
います」との吉永さんの直筆がご覧になれます。サユリストには必見
です。

http://www3.nhk.or.jp/kouhaku/news1215.html

政治に軍隊の記憶が消えた

今朝の朝日新聞のコラム「風考計」 は、国会にはもう軍隊経験者が
いなくなったと次のように書いています。

<こういう政治家は現役にはもういない。国会はいまや戦場を知ら
ぬ者の集まりになった。それだけ平和が長く続いたと考えれば喜ぶべ
きだが、与党も野党も、ハト派もタカ派も、軍隊や戦争をめぐる議論
が薄っぺらになったようで気にかかる。

 中国や韓国の強い反対をよそに、A級戦犯が祀(まつ)られた靖国
神社に参拝を繰り返す小泉首相のもと、結党50年を迎えた自民党は先月、
党の憲法草案を決めた。その第9条に「自衛軍」の保持が明記してある。

 軍隊の経験者が消えたところで、新たな軍隊の登場か……。そこに戦
後60年の一断面を見る思いがする。 >

「戦後60年 政治に軍隊の記憶が消え…」
http://www.asahi.com/column/wakamiya/TKY200512260067.html

山本五十六の報道観

今日の東京新聞のコラム「筆洗」は、琉球新聞社が今年発刊した「沖
縄戦新聞」のことを紹介し、戦時における報道のあり方を論じていま
す。

その中で、連合艦隊司令長官だった山本五十六が報道について語った
次の言葉を紹介しています。

「報道なんか、静かに真相を伝えれば、それで充分なんだ」

「嘘(うそ)を言うようになったら、戦争は必ず負ける…世論の指導
とか、国民士気の振作(しんさく)とか、口はばったいことだよ」

「沖縄戦新聞」については、
http://ryukyushimpo.jp/variety/page-128.html

天皇の「戦争を語り継ごう」

今日は天皇誕生日、新聞やテレビの報道で、天皇と同年生まれの私は
自分の歳を痛感させられます。そして今年の記者会見の「お言葉」に
も、われわれ年代共通の「戦争を語り継ごう」のお気持ちが反映され
ていることを感じました。

天皇は、今年訪問したサイパン島での戦争に触れ、日本軍人、在留邦
人だけでなく、アメリカ軍人、島民の具体的な犠牲者数を上げ、また
朝鮮半島出身の人々の犠牲にも触れています。ここに、自国の軍人の
戦死者だけを祀る靖国神社の思想とは相容れないものを感じます。そ
して次のように語っています。

< 日本は昭和の初めから昭和20年の終戦までほとんど平和な時が
ありませんでした。この過去の歴史をその後の時代とともに正しく
解しようと努めることは日本人自身にとって,また日本人が世界の人
々と交わっていく上にも極めて大切なことと思います。

戦後60年に当たって過去の様々な事実が取り上げられ,人々に知
られるようになりました。今後とも多くの人々の努力により過去の事
実についての知識が正しく継承され,将来にいかされることを願って
います。>

全文は:
http://www.kunaicho.go.jp/kisyakaiken/kisyakaiken-h17.html

この中で「正しく」が2回も使われていることに、注目したいと思い
ます。歴史を「誤って」理解する、あるいは事実を「曲げて」または
「隠して」継承しようとする、昨今の一部の風潮に対する警鐘と私は
受け取りました。

「ヒロシマ」傍受 情報もみ消された

広島原爆の前日、陸軍が「広島を空襲する」とのラジオ放送を傍受し
ながら、参謀に無視されたとの証言を、今朝の毎日新聞(千葉版)が
伝えています。

「街の色・人の詩:/1 『ヒロシマ』傍受 情報もみ消された…自
責の念 /千葉」
http://www.mainichi-msn.co.jp/chihou/chiba/news/20051221ddlk12070212000c.html

亀井静香と中野正剛

今回の総選挙で郵政民営化に反対して、自民党を追われた亀井静香氏、
彼が今坐っている衆議院の端のほうの席は、60数年前中野正剛が座っ
ていたそうです。中野正剛は東條首相を批判して睨まれ、割腹自殺を
遂げました。

日米開戦から半年、東条によって戦争協力の翼賛政治協会が組織され、
選挙も仕切りましたが、中野はその推薦を蹴って当選したごく少数の一
人でした。その“翼賛選挙”が行われたのは1942年、小泉現首相が生
まれた年です。

17日の毎日新聞の「近聞遠見」に、岩見隆夫氏が現在を当時になぞら
えて書いていますので、お読みください。
http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/iwami/kinbun/news/20051217ddm003070173000c.html

開戦日を風化させるな(日野原重明氏)

朝日新聞の土曜特集「be」に連載中の「94歳・私の証 あるがまゝ
行く」という随筆の最新号で、筆者の日野原重明氏が「開戦日を風化
させるな」というテーマで、「太平洋戦争が開戦した12月8日につい
ては、いつ、どのようなきっかけで起こったかを正確に語れる人が、
年々少なくなっていると思います」と書かれています。

<1930年代、世界の強国は国際連盟で軍備縮小の話し合いをしていま
した。日本はこれを脱退して大規模な軍事活動を行いました。これに
対し米国は日本への石油禁止を決めました。こうしたことが日本の陸
海軍を激怒させ、真珠湾攻撃のごとき卑劣な行動に走らせ、太平洋戦
争を引き起こしたのです。日本の独立権が侵されたことが理由とされ
ていますが、日本の自己主張に過ぎないのです。>

今一部の戦争を知らない世代の人たちが、太平洋戦争は国を護るため
の正当な戦争だったと主張していますが、開戦時すでに30歳だった日
野原先生の証言は重いものがあります。

また大学の先輩だった石井四郎軍医中将から、ハルピンの特殊部隊に
おける捕虜の生体実験のフィルムを見せられとことがあり、「見るに
耐えられない行動を映した映像の記憶に、今でも鳥肌がたちます」と
述べておられます。

<日米関係の破綻と不幸な戦争が始まった12月8日を日本人はもっと
深刻に受け止めるべきです。同時に平和憲法に従って行動するという
約束を、どう実践してきたか、厳しく反省すべきだと私は思うのです。


読んでおられない方のために、下記に切抜きをアップしました。

http://www.rose.sannet.ne.jp/nishiha/kirinuki/asahi051210.htm

おばあちゃんが孫に伝える戦争体験

インターネット新聞“JANJAN”に、元従軍看護婦で、終戦後は
中国人民解放軍の病院で働かされたおばあちゃんが、孫のために書い
た体験記が掲載されていますので、ご紹介します。

「おばあちゃんが孫に伝える戦争体験」
http://www.janjan.jp/living/0512/0512066035/1.php?PHPSESSID=1732d89ad7d42cccda9c0e945f2192ae

開戦の日

64年前の今日、太平洋戦争が開始されました。昨夜のNHKテレビ番
組「真珠湾への道(後編)」では、連合艦隊は第一次攻撃の後、第二
次攻撃はせずに引き返したと説明していました。

このことについて、「私の十二月八日」で小林靖二さんは次のように
書かれています。

<そのころ私は旅順工科大学にいた。 大部分の日本人はハワイ港の
戦艦を全滅させたと騒いでいた。 冷静な中国人は言った。 浮きド
ックを破壊していませんね。 浮きドックが残っていれば、撃沈され
た戦艦は修理できます。半年もあれば生き返ってくるでしょう。 浮
きドックが破壊されていれば戦艦の修復はかなり困難です。 日本が
勝ち戦にみえるのは半年でしょう。>

「私の十二月八日」
http://www.rose.sannet.ne.jp/nishiha/senso/19411208.htm

今朝の主要紙で、開戦の日のことを社説で採り上げたのは朝日だけで
す。

< 真珠湾攻撃の印象があまりにも強烈だからだろう。太平洋戦争は
64年前の今日、ハワイの真珠湾で口火が切られた、と思われている。

 しかし、実際に戦端が開かれたのはこの奇襲の1時間ほど前、英領の
マレー半島に日本軍が上陸した時だ。>

「開戦の日 真珠湾だけではない」(朝日)
http://www.asahi.com/paper/editorial.html

その他コラムでは数紙が採り上げています。この日当時の国民の多く
が浮き立っていた様がうかがえます。

「天声人語」(朝日)
http://www.asahi.com/paper/column.html

「卓上四季」(北海道)
http://www.hokkaido-np.co.jp/Php/kiji.php3?j=0033

「春秋」(西日本)
http://www.nishinippon.co.jp/media/news/news-today/syunzyu.html

「正平調」(神戸)
http://www.kobe-np.co.jp/seihei/index.shtml

愛媛の高校生とB29元搭乗員がメール交換

今日の朝日新聞(大阪本社版)夕刊は、愛媛県の高校生たちとアメリ
カのB29元搭乗員とが、「無差別攻撃の空襲は国際法違反ではなかっ
たのか」「日本の真珠湾攻撃だって同じだ」などと、メール交換をし
ていることを報じています。

「愛媛の高校生が戦争問うメール B29元搭乗員と50通」
http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200512080022.html

開戦時外相の波乱の生涯

今朝の朝日新聞のコラム「時の墓碑銘」に、太平洋戦争の開戦時と、
終戦時に外務大臣であった東郷茂徳のことが紹介されています。

東郷は戦後A級戦犯として拘留された獄中で、他のA級戦犯のことを
次のように詠んでいます。

<此人等国を指導せしかと思ふ時型の小さに驚き果てむ>
<此人等信念もなく理想なし唯熱に附するの徒輩なるのみ>

また開戦時の反省として詠んだ和歌。

<唯一つ妥協したるがくやしくも其後のわがつみ凡てはこれに>

読んでおられない方のために、下記に切抜きをアップしました。

http://www.rose.sannet.ne.jp/nishiha/kirinuki/asahi051205.htm

ミュージカル・李香蘭

現在京都劇場で、劇団四季による「ミュージカル・李香蘭」が上演さ
れていますが、これを見た14歳の中学生が、「思い知らされたのは私
の無知です。見終わって、なぜ日本がアジアから嫌われているのかが
理解できました」と、今朝の朝日新聞(大阪本社版)の「声」欄に投
稿していました。

改めて、「戦争を語り継ごう」の必要性を感じました。読んでおられ
ない方のために、切抜きを下記にアップしましたので、ご覧ください。

http://www.rose.sannet.ne.jp/nishiha/kirinuki/asahi051204.htm


「劇団四季 ステージガイド 李香蘭」
http://www.shiki.gr.jp/applause/rikoran/

「遊就館は戦争美化でない」麻生外相

麻生外相は11月21日、米通信社ブルームバーグ・テレビのインタビュ
ーに答え、靖国神社の「遊就館」について「戦争を美化する感じでは
なく、当時をありのままに伝えているだけ。当時はそうだったと事実
を述べているにすぎない」と語りました。

「『遊就館』戦争美化でない 事実を展示と麻生氏」(11月21日、産
経)
http://www.sankei.co.jp/news/051121/sei051.htm

この発言について、24日の参院拉致特別委員会で共産党の緒方靖夫議
員が質問したところ、外相は発言は正しかったとの考えを示し、「私
の場合はあなたと違って戦前生まれ。そういった意味で私の方が記憶
は正確」「見解の相違だ」と答えました。

「<「遊就館」肯定発言> 戦後の原点否定は重大 緒方氏批判、麻
生外相が居直り」
http://www.ogata-jp.net/kokkai/column/now/1132883302.html

麻生太郎氏は、戦前生まれといっても昭和15年生まれ、終戦の時は僅
か4歳、「記憶は正確」と祖父張りの大きな顔をするほどのことはな
いでしょう。それほど記憶が正確ならば、当時の麻生鉱業が1万人を
超す朝鮮人労働者をどのように使っていたかも知っているはずです。

中国外交部は、この発言に対し、「麻生外相が、正しく歴史と向き合
う勇気がないことを証明した」と批判しています。

「外交部:麻生外相を非難『歴史を正視する勇気がない』」
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2005&d=1123&f=politics_1123_001.shtml

ブログ開設にあたって

私は「戦争を語り継ごうML」というメーリングリストを
運営していますが、そこへ投稿したメールのうち、新聞や
ネットから得られた情報を広く一般にも公開するという目
的で、このブログを新しく設けました。

「戦争を語り継ごうML」には、多くの戦争体験者が参加
され、ご自身の戦争体験やこのような戦争に関連する情報
についての意見を投稿されています。

まだメンバーでない方は、ぜひご参加ください。

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プロフィール

西羽 潔

Author:西羽 潔

・1933年生まれの軍国少年OB。
・メーリングリスト「戦争を語り継ごうML」主宰。
・ウェブサイト:「戦争を語り継ごう -リンク集-」
・著書:「むかし、みんな軍国少年だった」(共著)

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