戦争遺留品(T019-2))、ご遺族へ返還
去る9月、 「新たな戦争遺留品(T019)」でご協力をお願いしました戦
争遺留品(の手紙のうち、岩館清七様宛てのはがき1通、封書2通に
ついて、このほど厚生労働省の調査により岩舘様の身元が判明し、北
海道のご遺族に無事お返しすることができました。
これらの手紙は、アメリカ・コロラド州の Charles Johnson 氏から
のご依頼によるもので、解体工事中のビルから発見され、30年間以上
も保管されていました。
すんでのところで産業廃棄物になるところを、奇特な方に拾われ、60
数年ぶりにご遺族の手に渡ったとは、まったく僥倖といわざるを得ま
せん。
岩館清七様は北海道のご出身で、横浜海兵団に入団し、ニューギニア
で戦死されたものと思われます。当時は独身だったので、妻子はおら
れませんが、ご高齢のご兄弟が4人もご健在で、たいへん喜んでいた
だきました。
この件につきましては、すでに岩淵春蔵様宛てのはがき9通、封書3通
をご遺族にお返ししており、あと塚本義雄様宛ての封書3通がまだ残
っています。引続き皆さんのご協力をお願いします。
争遺留品(の手紙のうち、岩館清七様宛てのはがき1通、封書2通に
ついて、このほど厚生労働省の調査により岩舘様の身元が判明し、北
海道のご遺族に無事お返しすることができました。
これらの手紙は、アメリカ・コロラド州の Charles Johnson 氏から
のご依頼によるもので、解体工事中のビルから発見され、30年間以上
も保管されていました。
すんでのところで産業廃棄物になるところを、奇特な方に拾われ、60
数年ぶりにご遺族の手に渡ったとは、まったく僥倖といわざるを得ま
せん。
岩館清七様は北海道のご出身で、横浜海兵団に入団し、ニューギニア
で戦死されたものと思われます。当時は独身だったので、妻子はおら
れませんが、ご高齢のご兄弟が4人もご健在で、たいへん喜んでいた
だきました。
この件につきましては、すでに岩淵春蔵様宛てのはがき9通、封書3通
をご遺族にお返ししており、あと塚本義雄様宛ての封書3通がまだ残
っています。引続き皆さんのご協力をお願いします。
強制連行被害者、64年ぶりに大阪へ
今日の朝日新聞大阪本社版は、<第2次大戦中、中国大陸から大阪港
に強制連行され、過酷な荷役労働を強いられた常保貴さん(85)=
河南省原陽県=が21日、大阪市港区の天保山公園内の追悼記念碑前
で開かれた式典に参列した。>と伝えています。
「強制連行された中国人男性、64年ぶりに大阪へ」
大阪市への中国人強制連行については:
「大阪にあった中国人強制連行」
に強制連行され、過酷な荷役労働を強いられた常保貴さん(85)=
河南省原陽県=が21日、大阪市港区の天保山公園内の追悼記念碑前
で開かれた式典に参列した。>と伝えています。
「強制連行された中国人男性、64年ぶりに大阪へ」
大阪市への中国人強制連行については:
「大阪にあった中国人強制連行」
家庭で戦争を語り継ごう
今日の毎日新聞のコラム「記者の目」は、記者が自分の父親に戦争体
験を“取材”した経験から、<戦争を知る世代が高齢化する今、戦時
下を過ごした両親や祖父母から各家庭で聞き書きし、子どもたちに語
り継ぐことを呼び掛けたい>と書いています。
「記者の目:家庭で『戦争』を語り継ごう=大澤重人」
験を“取材”した経験から、<戦争を知る世代が高齢化する今、戦時
下を過ごした両親や祖父母から各家庭で聞き書きし、子どもたちに語
り継ぐことを呼び掛けたい>と書いています。
「記者の目:家庭で『戦争』を語り継ごう=大澤重人」
教科書検定制度の改善を(琉球新報)
先に川端文部科学相は、高校歴史教科書の沖縄戦「集団自決」の記述
に関する07年の教科書検定意見に問題がないとの見解を示しました。
これに対し沖縄では、鳩山政権は県民の期待を裏切ったとの批判の声
が上がっています。
今日の琉球新報の社説も、「歴史ゆがめる制度の改善を」と訴えてい
ます。
「教科書検定問題 歴史ゆがめる制度の改善を」
< この際、鳩山政権は歴史の真実を徹底検証し、特定の思惑による
歴史改ざんを許さない教科書発行制度の確立を目指してほしい。>
文中に<そもそも自公政権下で鳩山由紀夫首相(当時民主党幹事長)
は「日本軍による強制、誘導、関与なしに起こりえなかった」との見
解を示していた>とありますが、その見解は下記のサイトで述べられ
ています。
「沖縄戦『集団自決』に関する教科書検定について(談話)」
に関する07年の教科書検定意見に問題がないとの見解を示しました。
これに対し沖縄では、鳩山政権は県民の期待を裏切ったとの批判の声
が上がっています。
今日の琉球新報の社説も、「歴史ゆがめる制度の改善を」と訴えてい
ます。
「教科書検定問題 歴史ゆがめる制度の改善を」
< この際、鳩山政権は歴史の真実を徹底検証し、特定の思惑による
歴史改ざんを許さない教科書発行制度の確立を目指してほしい。>
文中に<そもそも自公政権下で鳩山由紀夫首相(当時民主党幹事長)
は「日本軍による強制、誘導、関与なしに起こりえなかった」との見
解を示していた>とありますが、その見解は下記のサイトで述べられ
ています。
「沖縄戦『集団自決』に関する教科書検定について(談話)」
故田英夫氏の特攻体験

前参院議員の田英夫氏が去る13日86歳で亡くなりました。田氏は戦争
中、学徒出陣をし、ボートに爆薬を積んで敵艦に体当たりする海軍震
洋特攻隊に配属されましたが、出撃の命令が下る前に終戦となりまし
た。その体験が終生平和を唱える原点になったといわれます。
またお一人戦争の貴重な体験を語り継ぐ語り部が亡くなり、痛惜の念
に耐えません。
2002年に田氏がテレビ朝日の「徹子の部屋」に出演した際語った特攻隊
員としての戦争体験談が、次のサイトに記録されていますので、お読み
ください。。
「徹子の部屋辞典(田英夫・南こうせつ)」
「戦争を語り継ごう −リンク集−」更新のお知らせ
「戦争を語り継ごう −リンク集−」に新しく次の2サイトを追加し
ましたので、ご覧ください。
「見た・聞いた・体験した『戦争の話し』」
マガジン9条が終戦60周年特別企画として読者から募集した戦争体験
記
「電子文藝館:反戦・反核」
日本ペンクラブ電子文藝館の「反戦・反核」篇。多くの文学者の戦争
体験に関わる作品が読める
ましたので、ご覧ください。
「見た・聞いた・体験した『戦争の話し』」
マガジン9条が終戦60周年特別企画として読者から募集した戦争体験
記
「電子文藝館:反戦・反核」
日本ペンクラブ電子文藝館の「反戦・反核」篇。多くの文学者の戦争
体験に関わる作品が読める
被爆歌人・正田篠枝の歌集「さんげ」
被爆歌人といわれる正田篠枝は、35歳のとき爆心地より1.7キロの自
宅で被爆。そして原爆症による乳がんのため55歳でこの世を去りまし
た。
彼女は戦後間もなく、原爆の悲惨な体験を詠んだ歌集「さんげ」を自
家出版しました。GHQの検閲が厳しく、見つかれば捕らわれると家
族が反対するのを押し切ったといいます。
この歌集の一部が下記サイトに掲載されています。ぜひお読みくださ
い。
「さんげ」
この中の一首「大き骨は 先生ならん そのそばに 小さきあたまの
骨あつまれり」は、広島の平和記念公園の一角に立つ「原爆犠牲国
民学校教師と子どもの碑」に刻まれています。
宅で被爆。そして原爆症による乳がんのため55歳でこの世を去りまし
た。
彼女は戦後間もなく、原爆の悲惨な体験を詠んだ歌集「さんげ」を自
家出版しました。GHQの検閲が厳しく、見つかれば捕らわれると家
族が反対するのを押し切ったといいます。
この歌集の一部が下記サイトに掲載されています。ぜひお読みくださ
い。
「さんげ」
この中の一首「大き骨は 先生ならん そのそばに 小さきあたまの
骨あつまれり」は、広島の平和記念公園の一角に立つ「原爆犠牲国
民学校教師と子どもの碑」に刻まれています。
作家・関千枝子さん、被爆体験を語る
広島原爆で高等女学校の同級生を失ったノンフィクション作家、関千
枝子さん (77) が明15日、東京都大田区で開かれる「9条フェスタ2
009」に参加し、被爆体験を語り継ぎます。
「核廃絶への風圧後押し 被爆体験の作家関さん あす9条フェスタ」(東京、14日)
下記のサイトには、関さんの被爆体験および被爆死したクラスメート
が合祀されている靖国神社に対する思いが綴られています。ぜひご一
読を。
<私があの日学校を休むという奇跡がなかったら、私は、まちがいな
く死んでいる。靖国神社の神になっている。それでいいのか。私は
「嫌だ」と思った。>
「原爆と靖国─被害と加害 関千枝子(ノンフィクションライター)」(日刊ベリタ、07年08月26日)
枝子さん (77) が明15日、東京都大田区で開かれる「9条フェスタ2
009」に参加し、被爆体験を語り継ぎます。
「核廃絶への風圧後押し 被爆体験の作家関さん あす9条フェスタ」(東京、14日)
下記のサイトには、関さんの被爆体験および被爆死したクラスメート
が合祀されている靖国神社に対する思いが綴られています。ぜひご一
読を。
<私があの日学校を休むという奇跡がなかったら、私は、まちがいな
く死んでいる。靖国神社の神になっている。それでいいのか。私は
「嫌だ」と思った。>
「原爆と靖国─被害と加害 関千枝子(ノンフィクションライター)」(日刊ベリタ、07年08月26日)
「戦争を語り継ごう −リンク集−」更新のお知らせ
「戦争を語り継ごう −リンク集−」に新しく次の2サイトを追加し
ましたので、ご覧ください。
「戦争体験文庫」
奈良県立図書情報館所蔵の戦中・戦争直後の体験に関する資料群
「かみふらのの郷土をさぐる会機関誌」
北海道上富良野町の郷土史研究の機関誌。戦争体験の記事も数多く掲
載されている
ましたので、ご覧ください。
「戦争体験文庫」
奈良県立図書情報館所蔵の戦中・戦争直後の体験に関する資料群
「かみふらのの郷土をさぐる会機関誌」
北海道上富良野町の郷土史研究の機関誌。戦争体験の記事も数多く掲
載されている
慰問文(続)
戦時中、政府の国策グラフ雑誌として発行された「写真週報」の昭和
18年3月17日号 P17-19に「送れ 心の弾丸 慰問文」という見出しの
記事が掲載されています。慰問文は「銃後の者のなすべき責務」とし
て、その送り方や注意点を解説しています。
http://www.jacar.go.jp/shuhou/DjVu/A2704801/YA104801/0183/index.djvu
また慰問文は兵士だけでなく、満州開拓団にも送られました。当時の
農村向け雑誌「家の光」では昭和18年に満州開拓慰問文の募集を行い、
入選者を満州見学旅行に招待しています。
5月号には義勇隊訓練本部長賞を受賞した奈良県の国民学校1年生男
児の「ボクモ マンシウヘ」が掲載され、10月号には男児の渡満日記が
掲載されています。
< 僕は国民学校の一年生です。…お父さんがもう3年も兵隊に行っ
ているので、お母さんは毎日もんぺを履いて、田や畑の仕事をしてい
ますが、晩御飯が済むと勇ましい兵隊さんのお話を聞かせてください
ます。そして「お前たちも、大きくなって立派な日本人になるのです
よ」といつもおっしゃいます。…本当に僕も満州に行ってみたくてな
りません。僕もそんな所へ行きたいなあ」と言うと、お母さんは「早
く大きくなって広い広い所で力一杯働いてちょうだい。お母さんも一
緒に行くかもしれないよ」といわれるが、ほんとかしらん。僕の大好
きな先生やお母さんも一緒に行けたらいいんだがなぁと思います。>
http://www.library.pref.nara.jp/event/booklist/W_2009_01/hitosyo06.html
原文はカタカナだそうですが、それにしてもとても1年生とは思えな
い文章ですね。
そういえば戦時中の標語として人口に膾炙した「ほしがりません、勝
つまでは」も、国民学校5年生の女児の入選作として話題になりまし
たが、戦後父親の代作であることが判明しました。
このようにわれわれ子供たちも、戦意高揚や国策遂行に一役も二役も
買わせられていたのです。
18年3月17日号 P17-19に「送れ 心の弾丸 慰問文」という見出しの
記事が掲載されています。慰問文は「銃後の者のなすべき責務」とし
て、その送り方や注意点を解説しています。
http://www.jacar.go.jp/shuhou/DjVu/A2704801/YA104801/0183/index.djvu
また慰問文は兵士だけでなく、満州開拓団にも送られました。当時の
農村向け雑誌「家の光」では昭和18年に満州開拓慰問文の募集を行い、
入選者を満州見学旅行に招待しています。
5月号には義勇隊訓練本部長賞を受賞した奈良県の国民学校1年生男
児の「ボクモ マンシウヘ」が掲載され、10月号には男児の渡満日記が
掲載されています。
< 僕は国民学校の一年生です。…お父さんがもう3年も兵隊に行っ
ているので、お母さんは毎日もんぺを履いて、田や畑の仕事をしてい
ますが、晩御飯が済むと勇ましい兵隊さんのお話を聞かせてください
ます。そして「お前たちも、大きくなって立派な日本人になるのです
よ」といつもおっしゃいます。…本当に僕も満州に行ってみたくてな
りません。僕もそんな所へ行きたいなあ」と言うと、お母さんは「早
く大きくなって広い広い所で力一杯働いてちょうだい。お母さんも一
緒に行くかもしれないよ」といわれるが、ほんとかしらん。僕の大好
きな先生やお母さんも一緒に行けたらいいんだがなぁと思います。>
http://www.library.pref.nara.jp/event/booklist/W_2009_01/hitosyo06.html
原文はカタカナだそうですが、それにしてもとても1年生とは思えな
い文章ですね。
そういえば戦時中の標語として人口に膾炙した「ほしがりません、勝
つまでは」も、国民学校5年生の女児の入選作として話題になりまし
たが、戦後父親の代作であることが判明しました。
このようにわれわれ子供たちも、戦意高揚や国策遂行に一役も二役も
買わせられていたのです。




